剣豪対決

 飛び降りる信貴姫を、藪の中より監視していた者がいる。

 魚鱗のあしらわれた兜。

 京極十勇士、早川鮎之助だ。

 早川の目的はまさしくこれだった。

 天津風に敗北し落ちる信貴姫の隙を狙い、確保する。

 今の信貴姫は筒も長刀も帯びてはいない。迅雷奥義を持っているとはいえ、例えば電撃で機能を停止させてしまえばそれも使えなくなる。

 訓練された隠密とはいえ、迅雷奥義持たぬ京極十勇士が松永信貴を捕獲する数少ない機会が訪れた。

 報告の為近江へ帰った山中鹿之助を除き、自分と荒波碇之助、その他名も捨てた甲賀者達が各所に散らばりその機を窺っていたのだ。

 しかし、落下点へ向かおうとする早川の足を、止めた者がいる。

「やはりお前が邪魔立てするか、稲田六兵衛!」

 剣客、稲田六兵衛。

 迅雷甲冑越しでも分かる、宿敵の剣技。

 稲田はただ一振りの刀を霞に構え、早川を睨んだ。



「稲田、このすくたれ者めが。またぞろ戦場より逃げ出したか」

 早川は稲田よりも僅かに長い刀を正眼に構える。

 剣豪の名に恥じぬ、一部の隙も無い構えだった。

「し、失敬千万! このような事もあろうかと姫様を見守り申し上げていたのだ!」

 稲田もまた、冷や汗すら兜の下に浮かべているというのに、剣先はまるで揺れていない。

 両者ともに剣の道に生きる者。

 宿命の立ち合いは、稲田が先手を打った。

 京六流の低身の構えは既に見破られている。

 やや切っ先を下げた霞より踏み込み、下方に突いた。

 早川の使う諏訪神流、極意は受け流し。

 正眼より左に傾け、自らの刃に稲田の刀を沿わせた。

 刃と刃が密着した状態。剣の威力は殺されている。

 稲田の突いた切っ先は、早川の鍔に受け止められた。

 ここから早川が逸らすも弾くも自在――その筈だったが。

「ふん!」

 気合一喝。稲田の剣は停止状態より更なる加速を果たし、早川の鍔を欠いた。

 右肩を過たず狙う刃を辛うじて避ける早川。

 そのまま二人はすれ違い、再び構えた。

 今度は両者正眼。いかなる手にも派生しうる、基礎にして自在の構え。

「相も変わらず、すくたれ者の分際で剣の鬼よ。先の船上では鈍ったかと思ったが……」

「すくたれ者は余計じゃ。船上の立ち合いでも、鶴法師殿の介入有無に関わらず俺が勝っていた」

「言い訳がましい泣き言は負けたときに言えよ、稲田六兵衛」

「泣き言かどうか、剣で明かしてみろ。出来るものならな、早川鮎之助」

 両者同時に飛ぶ。

 狙いはやはり両者同じ右小手。早川の左手は義手だ。狙うならば右しかない。

 十字に刃を交差させ、より速いものが勝つ。

 その速度は同時。刹那の差も無く、交差は鍔迫りに発展した。

 早川の欠けた鍔が軋んだ。このまま鍔が割れれば稲田の剣は早川の身に到達するだろう。

 しかし、不利な筈の早川鮎之助が微笑む。この瞬間を狙っていたかのようだった。

 その右目が、不気味に光った。

 かつて稲田六兵衛に斬られた右目、ただで治した筈も無い。

 軽金属燃焼式の発光装置を仕込み、水晶で極一点に集中。強烈な熱と光で相手の視界を潰す策を仕込んでいた。

 早川鮎之助は最早剣士に留まるものでは無かった。その身は甲賀の忍、京極十勇士が一角。故に忍法を使うも至極道理。

 だが、

「何だと!?」

 稲田六兵衛は、その策を読んでいた。

 鍔迫りを外した早川の太刀を肩で受け、早川が策を起こすより速く己の刀を眼前に掲げる。

 光線は反射され、早川自身の視界を奪った。

「目が!」

 同じく稲田にかつて斬られた左腕に仕込んだ、対迅雷甲冑用の電磁加速槍が宙を刺す。五分もある硬質ヒヒイロカネ装甲だろうと穿つ逸品だが、当たらなければ隙でしかない。

「剣を疑い、剣以外のものに恃みを置こうとする剣士のやる事などそう多くは無い! 太刀筋より読みやすかったぞ、早川!」

「稲田ああああ!!」

 脇腹を、稲田の剣が貫通した。肋骨を突き破り、心臓を裂いている。致命傷だ。

 早川鮎之助はどうと斃れ、そのまま動かなくなった。



 血を払った稲田六兵衛は信貴姫の落下地点を見やった。

 ひとまず彼女を連れて那古屋城まで撤退しなければならない。

 続いて自走車の方を向くと、張り裂け煤やら泥やらで汚れた直垂れの子供が、稲田の車を盗み出すところだった。

「誰だお主!?」

「危急の用故暫し借りるぞ、浪人!」

「浪人では無いわ小童――良く見ると斯波の嫡子か? 何故このような場所に――って待たんかコラ!」



 斯波寿太郎は浪人より借りた自走車を起動し、清須城へ向かう。

 那古屋城三の丸の爆発で生きていたのは必然と言えた。

 あの松永信貴が、自分に迅雷甲冑を首より下だけ着せていたのだ。

 運良く頭だけ無事ならば、打撲で済む。

 何故あの悪鬼めいた復讐者が仇の息子である寿太郎を助けたのか分からない。

 ともあれ、鶴法師を一人にしては置けない。彼を弔うためにも清須城へ急ぐ。

 それは、主としての最後の務めだ。

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