那古屋城航空戦

 那古屋城。

 もうじき夜が明ける。

 信貴姫は織田伊豆守と作戦の最終確認を終えたところだ。

「人質を兼ねていた鶴が殺されたのだ。即座に清須を攻めねば面目が立たん。天津風奪取の成否に関わらず決めていたこと。上様の御首を頂戴するに十全な戦力は準備してある」

 織田豆州は淡々と物事を進める。

 自らの息子の死までも利用して国を盗らんとする男の姿は、一種魔物めいていた。

「鶴は良く死んだ。斯波と違い儂は子宝に恵まれておるからな。次男有楽郎も、その下のお谷も健全そのものに育っとる。跡目には不自由せんわ」

「血を分けた子が死んだというのに、牛馬でも殺されたかのような言い草だな」

 信貴姫は怒りを見せるでもなく冷淡に言う。

「巫座戯んじゃねえぞ!」

 崩国丸姿の信貴姫に、伊豆守が殴り掛かった。

 信貴姫は生身の拳を掌で軽く受け止める。

「鶴はちと放蕩な奴だったが、誰よりも織田の末を案じていた! どこに出しても恥ずかしくない出来息子だったわ! 儂が怒っていねえように見えるか!? 腸が煮えくり返ってんのが分かんねーか!? 知った風な口を利くんじゃねえぞ、糞餓鬼が!」

「……」

「斯波刑部……三月は熱田の市に晒し首にしてくれる。蛆が集り、そこらの餓鬼に馬糞を投げつけられるのを以て鶴の弔いにしてくれるわ!」



 払暁、夜半の間に三河湾に備えていた蜻蛉が飛び立った。

 斯波に不服を持つ水軍の下駄履きの蜻蛉が、あらん限りの砲や爆弾を積み込んで清須への先制攻撃に向かう。

 その砲の何割かは、織田鶴法師が諸国を巡り密かに買い付けた品だった。

 その中の一機、後部銃座の中に信貴姫はいた。

 突然の謀反に戦闘準備も碌に立たぬ中、高射砲の攻撃を掻い潜り斯波の飛行施設や砲台が打撃を受けていく。

 那古屋城に備え付けられた平撃ちの城塞砲が、ほんの数里離れた清須の壁を穿つ。

 積年の不満を投げつけるように破壊の渦に晒される城から、一機の飛翔物が飛び出した。

 鳥では無い。

 蜻蛉では無い。

 尋常の迅雷甲冑でも無い。

「我が迅雷甲冑、天津風――斯波刑部大輔義瑞なり!」

 白筋威。流線型をした異形の異形の鎧。

 蜻蛉の上の信貴姫にも聞こえる、朗々とした声だった。

「我が迅雷甲冑、崩国丸――松永信貴! その汚らわしき首、わたくしの胴より落としに参った!」

 背に刻まれた『七生崩国』。剣の兜飾りに赤筋威の復讐者が瞬く間に上昇した敵を追い、砲を構えた。

 名乗りの口上を置き去りに、天津風が加速する。



「逃げるか、刑部!」

 雲上。一里もの高度差を付けて天津風がすれ違う。

 信貴姫は固定式の連射砲を頭上に向け、偏差射撃を行った。

 しかし、打ち上げの弾丸は音速超過の超兵器にいとも容易く回避されてしまう。

 操縦手が尾翼を操作し横転。高度を上手く利用し失速の危険を避けつつ、百八十度旋回した。

 斯波刑部が向かった方角には那古屋城がある。

 信貴姫一人より本拠地を叩くが賢明と判断したのだろう。

「舐められたものだ」

 だが、狙い通りだ。

 那古屋城には仕掛けが施してある。

 斯波義瑞には覿面の仕掛けが。



 義瑞は敵の拠点である那古屋城を、高度一里半の高所より見た。

 持ち前の超高空性能を生かして地上攻撃を行うには、生憎の曇り模様だったが、速度だけでも十分に対処可能だ。

 対空弾頭が炸裂し、花火の様な広がりを見せる空域を大旋回する。

 高射砲より炸薬を詰められ、破片で蜻蛉を落とす兵装。

 しかし、例え命中したとしても、迅雷甲冑の硬質ヒヒイロカネ装甲相手には役不足だろう。

 所詮蝋引きの布を木製の内殻に張り付けたに過ぎない蜻蛉と、迅雷甲冑たる天津風ではものが違う。

 炸裂の煙の向こう側、見知った姿があった。あまりに見知った。

「じゅ、寿太郎!」

 那古屋城最外殻、三の丸。

 縄で括り付けられ、石垣に吊るされているのは、斯波義瑞の愛息、寿太郎だった。

「おのれ豆州! 卑劣千万な!」

 取り急ぎ、清須城に電報通信を飛ばす。

「砲撃止めよ! 寿太郎が盾にされておるぞ!」

 砲台を破壊しつつ接近し、救助するより他無い。

 しかし、

「く!」

 清須上空よりこちらを追い縋ってきた者がいる。

 一般的な下駄履き複葉の蜻蛉。その後部の銃座より連射砲を旋回しこちらの進路に狙いを付けるのは。

「邪魔はさせんぞ、崩国丸!」

 一瞥すると、螺旋軌道で弾を避けつつ那古屋城へ向かう。

 目的はあくまで寿太郎だ。

 斯波の血を絶やすわけにはいかない。

 と、背後の信貴姫が何かを言ったような気がした。

 天津風の強化聴覚が捉えた言葉は――

「崩せ!」

 瞬間、寿太郎を吊るしていた三の丸の石垣が崩れた。発破を掛け、自壊させたのだ。

 斯波寿太郎もろとも。

「動きが止まったぞ?」

 聞こえる。

 迅雷甲冑を着込んだ女の声。

「松永信貴!!」

 その姿は、息子の仇へと変わった。



 信貴姫は敵が動揺に囚われた瞬間を逃さない。

 四分口径の連射砲を、蜻蛉の動きを鈍らせぬよう三点射撃で敵の進路に叩きこんでいく。

 確実に捉えた。

 弾道を見て確信する。

 命中すれば迅雷甲冑とて無事では済まない。

 この高所より落ちれば、甲冑そのものはともかく中の人間は血の水風船だ。

 だが、斯波刑部は回避した。

 思いもよらぬ方法――推進斥力を真横方向へ射出しての九十度急速回避。

 絶対的な高所の守りを持つ敵を引きずり下ろし、弾丸をも寄せ付けぬ足を止める策を弄して尚、天津風は孤高だった。

「死ね、松永の悪霊!」

 あえてその速度を停止させた天津風が、信貴姫の頭上を越えた。

 その大ぶりな身より放たれる焼夷弾の一斉射を受け、信貴姫の乗った蜻蛉が燃え上がる。

 信貴姫の不死身に対する斯波の策が焼夷弾頭だった。

 確かに、延々燃え続ける弾を食らえば再生能力も追い付かなくなるやも知れない。

 信貴姫は、あえて落下しつつある蜻蛉より飛び降りた。

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