第14話 雑居ビル




 シヴァが入って行った雑居ビルを眺める修誠と真琴。



 それはバブルの頃に建てられたと思われる年季の入った建物ではあるが、この辺りにはそういった古い建物が多いため特に目立っている事も無く街並みに溶け込んでいる。



「……あのビルに入って行きましたね。あそこが奴らの巣なんでしょうか?」


 修誠はそのビルを見て思った事をそのまま真琴に投げかけた。



「どうだろ……? 署に戻って詳しく調べてみないと何とも言えないね……」


「そうですね……。とりあえず他にゴブリンの姿は見えませんけど……」


 そう言いながら周囲を見渡す修誠。



「とりあえず榊君は署に連絡を。私はあのビルの出入口があそこ以外に無いか調べてくる」


「わかりました」


 修誠の返事を聞くや否や真琴は周囲を警戒をしつつそのビルの方へと足を向けた。


 その姿を目で追いながら、修誠は懐からスマホを取り出し署へと連絡をするのだった。







 一方、その雑居ビルの中。


 その中は、何処にでもあるようなオフィスや店舗などが混在している、まさにバブル時代によく見られたものだ。長い不況の続くこの国ではこうしたビルが今も現役で残っている。


 セキュリティの面に不安を抱える施設であるが、それが逆に好都合な者にとってはこういったビルが重宝されるケースがある。


 そんなビルの中に入ってきたシヴァは、まず最初に目に付いた男を捕まえてある質問をぶつけていた。



「えーと、チョウだったかな? そのチョウとかって奴がここにいるだろ。どこにいるんだ?」


 シヴァは男の首を掴んで壁へと押し付け、男の恐怖心を煽るようにその手の力を徐々に強めていく。


「うっ…。し、知らな…い」


「知らない訳ないだろ、お前らのボスなんだろ? 早く喋らないとお前死ぬよ?」


 さらに首を絞める力が強くなる。


「ぐぅ…。ほ、ほんとに、し、知らない…。お、俺は、ここを、借りてる…だ…け…で」


「ああ? 何だ関係者じゃないのかよ」


 どうも男が嘘を言っているようにも見えない。


 これ以上この男を尋問をしても無駄かと、そう判断したシヴァは首を絞めていた手をぱっと離した。


「かはっ! ごほっごほっ!! はぁはぁ……。く、くそっ…! 何だお前は! こんな事してただで済むと思ってんのか! 俺を誰だと、うぐっ!」


 手を離した途端に男が騒ぎ始めたので、シヴァは再び男の首を握り絞める。


「喚くな。死にたくないだろ?」


「ぐ……あぁ……」


 さっきよりも強い力で首を絞めれている為に、男は声を出す事が出来ない。


 それでも何とかその意思を伝えようと、男は首を何度も縦に振った。



「よーし、従順な奴は嫌いじゃないぞ」


「がはっ! かっ、かはぁっ! ぜぇぜぇ……」


 シヴァが手を離すと、男は四つん這いになって必死に呼吸をする。



 しかし男がその苦しさから解放されたと安心したのも束の間だった。


 シヴァはその苦しそうに息をしている男の髪を掴み、無理やりにその場に立たせるとその頬を軽く打った。


「があぁっ!! あ、ああ…!! ううぅ……。は、はひを……?」


「俺の質問に正直に答えろよ、いいか?」


「は、はい……」


 男の態度が明らかに変わったのを見て、シヴァは「よし」と一つ頷いた。


 その男が従順になったのも当然である。シヴァが打った頬は大きく紫色に腫れあがり、まるで鈍器ででも殴られたような衝撃で奥歯が二本折れてしまったのだ。シヴァにしてみれば軽く撫でるような感覚だったのだが、男にとってはそうではなかったのだった。



「よし。じゃあまず、お前は何もんだ? チョウってやつの手下じゃねぇのか?」


「お、俺は、ここの二階でグッズ販売をしてて……。二月前にここを借りただけで…、だ、だからそのチョウってのは本当に知らない……うっ、いたたた!」


 男の髪を掴む手に力が入る。


「…本当か?」


「ほ、本当です!」


 シヴァが恐怖心を煽るような低い声を出した為、男は震える声を絞り出す。


「んん。じゃあその二階に借りてる所ってのは誰に借りた? そいつは今何処にいる?」


「えと、ここの最上階に管理している事務所がありまして、そこで…。あっ!」


 男が急に変な声を上げたのでシヴァが「何だ?」と訊き返す。


「そういえば、このビルのオーナーがそんな名前だったような…。外国人の名前だったんで、あまり覚えてなくて……」


「知ってんじゃねぇか」


 シヴァはぱしりと男の頭を叩いた。


「あああ!! す、すすすいません!」


「んで、その最上階にいるのか?」


「そ、それは分かりませんけど。そこで訊けば分かるんじゃないかと……」


 シヴァは少し何かを考えた後、「ふむ」と言って納得した。


「よし、お前に訊きたい事はこれだけだ。役に立った褒美に殺さないでやろう」


「あ、ありがとうございます…」


「暫く寝ておいてもらうけどな」


「――へっ? がっ!!」


 シヴァがそう言うや否や、ゴンッという音がそのフロアに響き渡る。


 そして男はその場で力無く倒れ込み、そのまま気を失った。



「さて、行くか」


 シヴァはこのビルの最上階へと向かうために、その場を後にする。



 一階廊下の突き当り、そこにエレベーターがあるのを確認したシヴァは足早にそのエレベーターに乗り込んだ。そして目的階を押し、現在の階数をじっと見詰める。


 その所作はいかにも慣れた雰囲気を醸し出している。



 シヴァが何故こんなにも慣れたように行動しているかというと、この一か月余りの間にこの世界の事を随分と学んでいたからである。


 この世界に転移してきた日に捕まえた人間の男から、この世界の常識や生活様式まで色々と聞き出していた。なのでこのエレベーターの事はもちろん、この世界の文明についても十分に理解しているのだ。ちなみにその男は現在はポチという名前を付けられ、ゴブリン達の食事係をしている。


 そのポチから、武器を手に入れたいなら非合法組織から奪うのが表沙汰にならなくて良いのでは、という意見が出たのでゴブリン達は非合法組織を狙って武器収集を行うようになった。


 そんな中から、今は国内の非合法組織は警察に見張られているため簡単に武器が手に入らなくなっている。大陸系のマフィアの方が武器を持っているという情報を得たのだ。


 そして、張という名の男が浮上した。


 この張という男は表向きには外国人労働者や留学生の支援を行っているとなっているという事になっているのだが、その実は大陸マフィアとのパイプ役となっている。金に困った外国人たちはこの張を頼ってやってくるのだが、そこで大陸マフィアや某国家の工作活動となるような仕事をさせられるという訳である。


 そんな張であるがこの男は武器の密輸も手掛けており、その情報を聞きつけてシヴァはここへとやって来たのだ。



 エレベーターは最上階へと着き、その扉が開く。


 そのフロアは長い廊下が存在しているが、オフィスは一つしかない。


「分かりやすくて良いな」


 シヴァはそう言ってにやりと口角を上げる。


 ドアの前までやって来たシヴァは、静かに息を整えて中に物音がするか聞き耳を立てた。


「……んー、けっこういるな。まあ、いいか」


 ドアノブに手を掛けるシヴァ。しかし、鍵が掛かっているようでノブが回らない。



 シヴァは一つ舌打ちをすると。


「さて、ここにチョウはいるのか――」


 そう言いながら、思いっきりそのドアに蹴りを入れた。


「――なっと」



 激しい音と共に蹴破られたドアに、中にいた人間たちは驚いて皆がその動きを止める。


 そして静まり返るオフィス内は、それぞれが互いに目を配らせながらその蹴破られた入口に意識が集まるのだった。


「な、何だ……?」

「殴り込みか?」

「おい、誰か見て来いよ…」



 そうこうしている間に、やがてそれは姿を現した。


「よーし、お前らそこから動くなよ。動くと死ぬよ~」


 そう言って微笑を浮かべるシヴァ。


 人間たちはその見た事もない男にさらに困惑する。得体が知れない相手なだけにどう動いて良いのか判断しかねていたのだ。



「…な、何だお前は!? 警察か?」


 一人の男がシヴァにそう訊ねる。


「警察? んなわけないだろ、つか勝手に喋んなよ」


 それを聞いた人間たちは一瞬沈黙した。


「あ? 警察じゃねぇのか。何だテメェ、ここが何処だか分かってんのか? ああ!?」


 警察では無い事に安堵したのか、一人の男が威圧するように声を張り上げながらシヴァへと歩を進め始めた。



「おいおい、動くと死ぬって言ったろ。それとも死にたかったのか?」


「ああ!? んだこら!」


 その挑発のような言葉に、男は怒りを顕にしながらシヴァへと詰め寄っていく。


 そして彼我の距離が手を伸ばせば届くほどの距離となった時、男はシヴァの胸倉を掴もうと手を伸ばす。



 すると――



「ぐあああああ!!」


 男の右腕、その肘から先が宙を舞ったのである。


 苦しみの声を上げる男。


 しかし男が絶叫するのとは裏腹に他の人間たちはしんと静まり返っている。


 それもそのはずで、その切り飛ばされた右腕を見ても、その場にいる誰もが何が起こったのかは分からなかったのである。シヴァはその場をぴくりとも動かずに魔法で真空を発生させ、その腕を切り飛ばした。それが、あたかも勝手に腕が飛んでいったかのように見えたのだ。


 それに呆気にとられる人間たちだが、ようやく事態に頭が追い付くのは男が血を噴き出しながらその場に蹲ったときであった。


 シヴァはその男を表情も崩さずに見詰め。


「だから言ったろ、死んじゃうよって」


 そう言いながら、シヴァは他の人間たちへと視線を移した。



 オフィス内の人間たちはその視線に背筋の凍るものを感じたのだが、そこで怯むような連中ではない。


「何やったんだテメェ!!」

「ふざけんなコラァ!!」

「おい、こいつ殺るぞ!」


 場は騒然となり、あちらこちらから怒号が飛んでくる。


「おいおい、ちょっと落ち着けよ。お前らに訊きたい事があるんだ――」


「ふざけんなテメェ!!」


 一人の男がシヴァの言葉を遮るように叫び声を上げる。


 そして机の中から拳銃を取り出したかと思うと、その銃口をシヴァへと向けた。


「銃か、芸の無い連中だ」


「死ね!」


 そして――


 耳をつんざくような発砲音がそのフロアに鳴り響く。



 しかし、シヴァの体には傷一つ付いてはいなかった。



「残念でした。お前の腕では俺には当てられないみたいだなぁ」


 拳銃というのは命中度の低い武器で、少し距離が離れただけでもその命中率はかなり下がる。それこそ練度が必要となってくる武器であるが、今回の場合はそうではない。男の拳銃の腕はさることながら、シヴァの方でも少し細工をしていたのである。


 弾丸というのは真っ直ぐ飛ぶというイメージがあるが実はそうではなく、それは重力や空気の抵抗を受けてその軌道は若干の曲線を描く事になる。そこを利用し、シヴァは風の魔法を使いその軌道をずらしたというわけである。


 もちろんこれは至近距離での発砲には対応できない、なので拳銃の腕が悪いからだとシヴァは男の思考を誘導したのだ。



「く、くそ! 何やってんだ、お前らも撃て!」


 男に言われてはっとなった他の人間たちは、すかさずその手に銃を取る。


 各々の人間たちはシヴァへと狙いを定め、その銃口を突き付けていく。


「はっ、させねぇよ」


 シヴァは不敵に笑い、右腕をさっと一度振り回した。


 するとシヴァの手から何本ものかまいたちが発生し、オフィスの照明は全て音を立てて破壊された。


 そして、一瞬にして真っ暗になるオフィス内。


「な、明かりが!?」

「おい、何も見えないぞ!」

「何が起こったんだ!?」


 急に暗闇になったことで人間たちは大いに混乱する。


「ははは、これで拳銃は使えないな。下手に撃つと同士討ちになるぞ」


 ゴブリンは明かりの少ない洞穴に巣を作って暮らしてきたために、その視力は暗闇にも強くできている。


 一方の人間たちは暗闇に目が慣れるまでにはかなりの時間を要するため、人間にとっては極めて不利な状況が出来上がったのだった。



「よーし、お前ら入って来い!」


 シヴァがそう声を発した瞬間、オフィスの窓が割れる音がその部屋に鳴り響く。


 それと同時に窓から侵入してくる沢山の小さい影。


 そうその影とはゴブリン達である。


 ゴブリン達は監視カメラに映るのを避ける為に建物の屋上を伝ってこのビルへとやって来た。そしてシヴァの合図をその窓の外から窺っていたのである。



「お前ら、まだ殺すなよ。この中にチョウってやつがいるかもしれないからな。甚振る程度に抑えとけ」


「「「ギギギ!!」」」










 そしてビルの外。


 修誠と真琴はそのビルの入り口をじっと見つめている。


 外からでは中がどうなっているのか分からないが、署からの応援が来るまでそこに動きが無いか見張っているしかないのである。


「遅いですね……」


「だね……」


 警察署へは修誠が出動を要請するために連絡を入れた。


 しかし。


「もう二十分くらい経ってますが、何で来ないんですか……?」


「うーん……」


 いくら待っても警察の来る気配というものが無いのである。


「…どうします? これ、このままじゃ逃げられるかもしれませんよ」


「見に行きたい所ではあるけど、勝手な行動をとるのもなぁ……。榊君、もう一度署に連絡してみて」


「分かりました」


 言われて修誠がスマホを取り出そうとしたその時である。



「「ん?」」



 二人の耳に微かにその音が飛び込んできた。


 それは、最上階で男が放った発砲音である。



「森さん、今のって……」


「銃声…かな?」


「ですよね…」



 二人は生唾を飲みながらそのビルへと視線を移す。



 すると――



 最上階からガラスを破る音と共に、その破片が降ってきたのである。


 




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