第4話 衝突




 ゴブリンの群れの強さは、その個体数により変化する。


 個体数が増えて群れの規模が大きくなると、そのゴブリンの群れの長はさらに魔力を増す。そうなればゴブリンの群れはさらに組織化され、それぞれにクラスと呼ばれる役割が出来上がるのである。


 クラスを持ったゴブリンは、そのクラスに応じて体躯が変化し、魔力や頭脳も変化する。例えば攻撃に特化したソルジャーや、魔力に特化したメイジといった具合に群れの中でのクラスがそのままゴブリン一個体の強さとなってくる。


 ちなみにシヴァの所属する群れには五十程の個体がいるのだが、その中でクラスが与えられているのは、メイジが五匹、ソルジャーが五匹、あとはヒーラーが三匹いるだけである。その他のゴブリン達に関しては、特に何かに特化しているという事もない普通のゴブリンということになる。


 クラスを持ったゴブリンが少ないのだが、シヴァたちの群れは比較的に小さい、それ故このような群れではこの程度のクラスの数が限界なのである。


 ちなみに、シヴァもムトもクラスは持っていない。



 さて、話は戻して。


 コンビニの中でシヴァがこの世界の唐揚げに舌鼓を打っていた時の事である。またもや、あのパトカーのサイレンの音が鳴り響いてきた。しかも、その数は先程よりも圧倒的に多い。それは、その音の意味を知る人間達にとっては、その数の多さに誰もが恐怖感を抱くほどだった。


 そのサイレン音はそれほどの異様な雰囲気を、このコンビニ周辺にもたらしたのである。



「あの音…、さっきの連中か。弱いくせに行動だけは早いな」


「かなりの数…、どうする…?」


 シヴァは少し考えながら、口の中の唐揚げをごくりと嚥下した。



「族長、いかが致しましょう? あれはこの街の兵士のようですが、かなりの数を集めてきています」


 族長の方に向き直ったシヴァは、その判断を族長に訊ねた。


「…うむ、どうだシヴァ? やれそうか?」


 族長の体躯は群れの中でも一際大きい。シヴァをも見下ろすその目線は現在パトカーへと向いている。


 族長はその多くのパトカーを眺めながら、群れの存亡をシヴァへと問う。



「はい、この街の人間はそれほど強くありませんので、それは問題はありませんが……」


 言い淀むシヴァに族長は眉をひそめる。


「申せシヴァ」


「はい、この街は人間の数がかなり多い上にどれだけの広さがあるか判りません。このまま此処に留まっていると、いつまで戦わせられるか」


「ふむ、早めにここを離れよと…。しかし、その為には外の兵士が増える前に素早く片付けねばならぬな」


「はい……」


 族長は顎を触りながら惟みると、何かを決断したように目を見開いた。


「よしシヴァよ、お前にメイジとソルジャーを任せる。お前が指揮をとってさっさとここを抜けるぞ」


 クラスを持ったゴブリンというのは、基本的にその群れの長の意思によって動く。それは、その群れの長の魔力によってそのクラスを得た事に起因している事なのだ。しかし長は自分の意思でその指揮権を他のゴブリンに移譲する事ができる。そして移譲された者は、長の代わりとなってゴブリンを指揮する事ができるのである。


「はっ」


 族長のその言葉を聞き、シヴァの口角は上がる。



「シヴァ…、俺もやる…」


「ムト…、いやお前は族長をお守りしろ。ここは俺の腕の見せ所だ」


 ムトにそう言うと、シヴァは他のゴブリン達に檄を飛ばす。


「よし、お前らよく聞け! ソルジャーそれぞれに他の者が四匹付いてそれで一つの班にし、全部で五つの班に別れろ。メイジは俺と一緒に後方から攻撃だ。残りの者はここで怪我を負った者との交代要員として待機。ヒーラーはその治療に専念だ」


 族長から指揮権が移譲されたシヴァの言葉は、他のゴブリンの闘争心を駆り立てる。


 そして――



「いいか、今こそ群れが一丸となるときだ! 気張れよお前ら!!」


「「「ギギャギャギャァァ!!!!」」」


 そのシヴァの声に、ゴブリン達が呼応して雄叫びを上げた。


「いくぞぉぉ!!」



 そのシヴァの声に続くように、ゴブリン達は奇声を上げながらコンビニを跳び出していった。







 コンビニを出たシヴァたちの前には、ずらりと並んだパトカーと警官隊。


 ぱっと見て50人以上の警察官が、コンビニの駐車場を挟んでゴブリン達と対峙している。通報の内容と警察官に死傷者が出た事に事件の大きさを覚ったようで、この一、二時間の間に出来る限りの人員を集めたようだ。



「さて、どうするか…」


 警官たちはさっきのシヴァの魔法対策なのか、大きな盾を構えている。


 確かに前面を盾で覆われていては、先程の魔法は効果を発揮しない。しかも、あの盾で一斉に体当たりでもされてしまえば、体重差でゴブリン達のほうが当たり負けしてしまう。


 シヴァはその警官隊を眺めながら、これをどう料理してやろうかと思案した。



 そうしてシヴァがあれこれと思案している時だった。


 警官達はまたもやスピーカーを使ってシヴァに対して呼びかけてきたのである。


 

「そこの男性。君がその動物の飼い主なら大人しく投降しなさい。君にはもう逃げ場はない、大人しく投降しなさい。繰り返す――」



 閑静な住宅街に鳴り響く警察官の声。


 相手を威圧するように殊更大きく鳴らすのだが、シヴァにはそれが滑稽に見えた。


「くくく、何とも呑気な連中だな。あれで自分達が優位に立ってると思ってるのか。それとも、やっぱり単なるバカなのかな?」


 シヴァがそう思うのも無理もない。自分達ゴブリンに対する対策として警官隊が用意したのは、人間の身体が隠れるほどの大きな盾のみ。それ以外に、装備の変わった所は見受けられないのである。


 そんな姿を見せつけて投降しろと言うのだから、シヴァにとっては呑気と言わざるを得ない。


 しかし、警官たちが呑気に見えるのはこの国の事情によるものなのだが、今のシヴァにそれを知る術はない。



「繰り返す。早く投降しなさい――」


「メイジ、あいつらの上から氷柱の雨を降らせろ」


「ギギッ」


 メイジ達はそのシヴァの指令を受け、両手を前面に掲げ魔力を練り上げ始めた。


 すると、メイジ達がぎぃぎぃと何かを呟く度に、警官隊の頭上にその氷柱の元になる物が無数に形作られていく。氷柱が出来上がるまで少しゆっくりなのだが、魔法というのはその発動までに時間を要するのが致命的な弱点といえる。


 そんな弱点を抱える魔法だが、今回それは問題にならなかった。


 警官隊は目の前のゴブリン達に注目してしまい、自分達の頭上の異変には気が付いていなかったのである。



「やれっ!」


 シヴァの掛け声を切っ掛けに、上空の氷柱はその円錐形の先端を警官隊へと向け。


 勢いよく落下した。


「な、なんだ!?」

「上から何かが降ってくるぞ!!」

「こ、氷だ、氷の矢が降ってくるぞ!!」

「痛っ!! ぐあぁっ!!」


 いきなり自分達の頭の上から氷柱が降ってきた事で、警官達は半ばパニック状態に陥った。


 そして。


 堪らず持っていた盾を上に上げて、自分の頭を防御し始めた。


 それまで盾を壁のようにして並べて防御の姿勢をとっていた警官隊であったが、氷柱が降ってくるその痛みに耐えきれなくなり、遂には盾の壁を崩してしまったのだ。


 そこをすかさずシヴァが突く。


「ふっ、バカめ。ソルジャー隊、前が開いたぞ! 突撃だっ!!」


 シヴァのその声を待ちわびていたように、ゴブリン達は一斉に駆け出した。



 巣穴に居たところを急に転移させられた為に、ゴブリン達は武器など持っていない。なのでクラスを持たない普通のゴブリンは、警官たちに纏わりつき、噛みついたり引っ掻いたりと獣のような攻撃方法である。


 だが、それでも警官隊には効果を発揮している。


「ぐああぁ!!」

「こ、こいつ、離れろっ!」


 そして、必死にゴブリンを振り払おうとしているところを、ソルジャーの爪の一撃が警官の体を襲う。普段は剣を用いてた闘うソルジャーではあるが、その爪は石よりも堅く攻撃の手段として十分に発揮するのである。


 そのソルジャーの爪は次々と人間の肉を裂き、血しぶきを上げていく。


 それを見るシヴァの口角は、魔獣のように引きあがる。



「ははっ、脆いな。これで終わりか?」


 歯応えの無さに物足りなさを感じるシヴァではあるが、自分達の驚異を示すには素早く圧倒的に終わらせた方が効果的であるということも理解している。


 ここを離れるときは、勝ち戦の上でなければならない。逃げるように離れてしまっては、いつまでも追手がこの群れをつけ狙ってくる。ある程度の武威を示し、迂闊には手出しが出来ないようにする。


 それが、今シヴァが考えている理想の形なのだ。



 しかし人間達も、このまま黙ってやられてはいなかった。


「落ち着けっ! 冷静に対処しろ!! シールドを持っている者は二列に別れ、後列は上に掲げ、前列は害獣を隊列から排除せよ!」


 それは警官隊の一人から発せられた檄だった。


 その檄が飛んだことにより、警官隊の動きが一気に変わる。それまでパニックに陥りソルジャー隊に一方的にやられていたが、その一声で形勢はがらりと変わってしまったのだ。


 警官たちにしがみ付いていたゴブリンは振りほどかれ、ソルジャー達も警官の盾の前に隊列から弾かれてしまい、メイジ達の魔法も上に掲げられた盾の前に功を成さなくなった。


 シヴァの采配による最初の攻撃は、警官隊のより強固な防御態勢により完全に防がれてしまったのだ。



「ふんっ、良い指揮官がいるようだ。よし、メイジ魔法を止めよ。ソルジャー隊も一旦戻れっ!」


 シヴァは仕切り直そうと一旦ゴブリン達を退らせる。


 しかし――


「総員、前進!! 相手が退いた所を狙う! 総員、前進せよ!!」


 ゴブリン達を休ませない為か、これを攻め時と見たか、警官隊は前進を開始した。


 足音まで揃った警官隊の綺麗な動き。それだけでも、かなり訓練された兵士達であることが見て取れる。


 そんな警官隊がシヴァたちとの距離をぐんぐんと詰めてくる。



「はっ、こっちに余裕を与えないつもりか。ソルジャー隊、早く戻れ!」


 その声にソルジャー隊は素早くシヴァの下へ戻ってきた。


 ゴブリンたち全員が戻った事と、全員それほど怪我は無い事を確認したシヴァは次の手を打つ。



「よし、お前たちは横に隊列を組んで相手に備えろ」


「「「ギャギャギャーー!!!」」」


 シヴァの声を聞いてゴブリン達は横一列に並んで身構える。そして、今にも飛び掛かりそうな程の威嚇の声を警官隊に向けて発したのだ。



 警官隊はその様子を警戒し、その身を少し強張らせる。


 そして盾を持つ手に一層の力を入れ、より防御態勢を強めてシヴァ達に迫ってくるのだった。



 その一部の隙などは無いように思われる警官隊に、得体の知れないゴブリン達が待ち受ける。


 この両者の激突を予感したそのその場には、まるで空気が張り詰める様な重たい緊張感が走った。



 しかし、これはシヴァによるブラフである。 



「へへ、そんなに縮こまってていいのかね」


 シヴァはそう呟くと自身の魔力を練り上げた。



「亀のように盾で身を守ってるけど、案外盾ってのは脆いんだよ!」


 その言葉と同時にシヴァは片手を警官隊へと向けた。


 すると、警官隊の中心部から突風が吹き荒れ出したのである。


「な、きゅ、急に風が!?」

「うわぁぁ!!」


 その風を受けて、警官隊の隊列は乱れ始める。


 竜巻のように螺旋を描くその強風に、中には体を飛ばされる者や警官同士でぶつかり合う者も出始め、その場は一気に混乱が生じ始めた。



「どうよ、これが盾の弱点ってやつだ」


 盾というのがなぜ弧を描くような形となっているかというと、前面の攻撃を受け流す為である。なるべく盾にダメージを与えないようにそのような構造となっており、そうして盾の性能を上げている。


 しかし、それは前面に対してである。


 前面が攻撃を受け流す構造であるということは、裏面は攻撃を吸収する構造になっているということなのだ。


 つまり、シヴァの放った風の魔法を横や後ろからと受けた警官隊の盾は、その力をもろに食らってしまった事になる。さらに、ゴブリン達が身構えた事により警官隊の盾を持つ力も強まってしまい、急な突風にその盾を手放すことが出来ずに体ごと風の影響を受ける羽目になってしまったのだ。


 しかも、警官隊の装備している盾はかなり軽量化されたもので風に飛ばされやすい。この事も、シヴァの策を成功させる一因になったと言える。



「よし、予想以上に上手くいったな」


 風によって慌てふためく警官隊を見てシヴァは自身の策の出来にほくそ笑む。



 そして、この戦の詰めに入った。



「ソルジャー、メイジ、総攻撃だ! 思いっきり――」



 と、ゴブリン達に指示を飛ばそうとした。


 そのときだった。



「撃て!」



 そんな声が聞こえたかと思うと、強烈な破裂音が辺りに響き。




 シヴァの隣にいたゴブリンが肩から血を噴き出して、その場に蹲った。





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