第2話 昼休み
―――眠れない学校のお昼休み。
私立天蓋高校の二年二組の教室で、
昼食は食べ終わったばかり。昼休みの残り時間は15分ほど。クラスメイト達もほぼ昼食を食べ終わっており、食後の雑談タイムで賑やかだった。
羅刹の前の席を借りている少年が話しかけてきた。
「この後、初めてのプールだったよな?」
彼の名前は
頼丸と羅刹とは昨年同じクラスで仲良くなった。二年になってもこうしてつるんでいる。
「そう言えばそうだったな」
午後の一発目の授業は体育。六月と七月は水泳である。今日は今年初めてのプールの授業。どこかクラスが浮ついていたのも納得だ。男子たちが少しソワソワして女子に下心丸出しの視線を向けている。
幸い、今日は天気も良く気温も高い。寒さに震えることはないだろう。
「他のクラスの奴が言ってたんだが、最初の授業はオリエンテーションで自由時間も多いし、女子と一緒に渦も作るんだとよ」
「俺たちは小学生か」
「でも、楽しみだろ? あわよくば、女性の体に触ったり」
「まあ、少しは?」
「ならもう少し感情をこめて言え。棒読みだぞ」
それも仕方がない。羅刹は高校入学前まで超絶美人の姉妹と一つ屋根の下で暮らしていたのだ。
スタイル抜群で色気ムンムンの姉たち。下着姿で動き回る姿も、お風呂に裸で突撃してくる姿も、水練での際どい水着姿も見たい放題だったのだ。というか、彼女たちが見せつけてきた。
だから、今更幼さが残る同年代の女子を眺めてもあまり心が靡かない。
枯れているなぁ、と自分でも思う。
「なあ羅刹?」
「なんだ?」
「お前の狙いの女子って誰だ?」
「いないよ」
「そうか? ウチのクラスの二大美少女の一人であるマドンナちゃんを見ても何も湧かないのか?」
頼丸の視線を追って、マドンナと呼ばれる少女を見た。
友人たちとお喋りしてクスクスと笑っている、笑顔が可愛らしい印象の少女だ。ブルネットの髪はショートボブ。スタイルは同年代の女子に比べたら良い方だろう。
ちょこちょこ動く小動物を連想させる。
「
「まあ、そうだな。可愛いとは思うさ」
「俺のパイ神眼によると、彼女は隠れ巨乳だぞ。去年の水泳の時で女性の平均であるCはあった。一年して成長した彼女はDに至っているに違いない!」
「どぉーでもいい情報ありがとう」
まったく気持ちの籠っていない感謝を述べる羅刹。というか、パイ神眼って何だよ、とツッコミたい。
皮肉も含んでいたのだが、目の前の友人には伝わらなかったらしい。おう、と嬉しそうに返答されただけだった。
「もう一人、ウチのクラスで人気のある女子がいたよな? 二大美少女って言ってなかったか?」
羅刹は教室を見渡して、男子たちの噂になっていた女子生徒を探した。
すると、見つけた。教室の中央付近の席に座って読書をしていた黒髪ロングの女子だ。
彼女はまたタイプが違って、クールな綺麗系女子。鋭利な刃物を連想させ、近寄りがたい雰囲気を感じる。
その女子を見て頼丸は露骨に顔をしかめた。
「キジョか」
「キジョ?」
「鬼の女って書いて
「当たり強いな。幼馴染だっけ?」
「そっ。旧家繋がりでな」
頼丸が鬼女と呼んだ彼女の名前は
お互いに旧家だったことで交流があり、頼丸と紅葉は小さい頃からの知り合いだった。仲はまぁまぁといったところ。良くもなく悪くもない。まぁまぁ。
「アイツ、鬼だよ鬼! 力は強いしすぐに暴力を振るうし胸は小さいし。いや、鬼よりもゴリラか?」
「……おい、頼丸」
「そっか、そうだよな。アイツをゴリラって言ったらゴリラに失礼か。ゴリラって滅多に人を襲わないらしいからな」
「頼丸!」
「うん。やっぱりアイツは鬼でいいや。鬼婆!」
「だぁ~れが鬼婆ですか?」
「そりゃあお前……って、紅葉!?」
いつの間にか、頼丸の前に冷え冷えとした怒気を纏い、青筋を浮かべた紅葉の姿があった。薄っすらと口に笑みを浮かべ、こめかみはピクピクと痙攣している。
明らかに激怒している。猛烈に怒っている。
クール系美人を怒らせると実に恐ろしい。
彼女の背後に般若が浮かんでいるのは気のせいか。
「よくも言いたい放題言ってくれましたね」
「な、なんでお前が……」
「あれだけ大声で喋っていればいやでも聞こえます!」
綺麗で細い指で頼丸の顔をガシッと鷲掴みした。そのまま万力の如く、頼丸が馬鹿力と揶揄った怪力で強烈なアイアンクローを喰らわせる。
指が喰い込み、頭蓋骨からミシミシと不気味に軋む音がした。
「いだだだだだだだだ!」
「阿曽媛さん、お見苦しいものをお見せして申し訳ございません。この男を処しているところですので」
「……ああ、うん。ごゆっくり」
「いえ、早急に潰しますので―――」
「みぎゃぁあああああああああああ!」
一体何を潰すのだろう。脳みそだろうか。
目が笑っていない暗い笑顔でアイアンクローを行い続ける紅葉に、羅刹は思わず寒気を覚えた。冷や汗が一筋流れ落ちる。
姉二人に耳に胼胝ができるほどきつく言われていたのだが、改めて女性の悪口を言ってはいけないと心の奥底まで深く刻みつける。言うなら褒め言葉だ。
いつの間にか、頼丸の悲鳴は聞こえなくなっていた。白目をむき、脱力した口からは魂が抜けている。ビクンビクンと不気味に痙攣もしている。
そして、フフフ……と、暗い笑い声を漏らしながら一切アイアンクローを止めない紅葉。
「あ、あのぉ~、鬼無里さん? そろそろ離してあげたら?」
「そうですね。では最期に全力で」
「ぴぎゃっ!?」
ミシリ、と音を立てるほど全力で顔を握りつぶした紅葉はスッキリとした表情だ。だが一方で、頼丸は苦悶に満ちた死に顔。ご愁傷様だ。
紅葉は絶対に怒らせてはいけない人物だと羅刹の脳内メモに書き綴る。
「そろそろ移動しなければ授業に遅れますよ?」
昼休みも終わりに近い。この高校は朝掃除なので、昼休みの後はすぐに授業だ。更衣室に移動して水着に着替えなければ水泳の授業に遅れてしまう。
颯爽と水着のバッグを置いている自分の席へ向かいかけたところで、紅葉は立ち止まって羅刹のほうを振り向いた。
彼女の瞳に宿るあまりに冷たい輝きに心臓がドクンと飛び跳ねる。
「阿曽媛羅刹さん。貴方も言動には気を付けなさい。私は容赦しませんから」
「……気を付けるよ」
どこか真剣で冷たく鋭い彼女の警告に羅刹は素直に頷くしかなかった。
返事に満足したのかわからないが、そう、と一言だけ呟くと、紅葉はバッグを手に取って教室を出て行った。
教室に残るクラスメイトは数少ない。遅れないように移動しなければ。
自分も水泳のバッグを持ちながら、あまり紅葉に関わらない方が良いな、と羅刹は心に決める。そして、もう一つ。
―――隣で伸びている友人はこのまま置いて行こう、と。
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