第170話:その後の情報

 居間でくつろいでいると、玄関からノック音と共に声が聞こえてきた。声の主はレオンさんだった。

 玄関へ向かいドアを開けると、レオンさんが綺麗な姿勢で立っていた。


「レオンさんどうしたの?」

「例の件で新たな情報が入ってきたのでお伝えに参りました。よろしければすぐにでもお話いたしますが、いかがでしょう?」

「例の件…………あっ」


 やっべ。忘れてた。

 レオンさんにリーズのこと探すように頼んでいたんだった。


「そのことなんだけど、こっちも伝えたいことがあるんだ」

「では馬車の中で話しましょうか。こちらにどうぞ」


 レオンさんが手を差し伸べた先には豪華な馬車があった。相変わらず金が掛かってそうな立派な馬車だ。

 そのまま外に出ていこうとした時、奥からテレシアの姿が見えた。


「あ、テレシア。ちょいと外に出てくるから、もし誰か俺に用があったらこのこと伝えといてくれないか」

「え、あ、はい。承知しました」

「テレシア……?」


 外に出て馬車に向かおうとするが、レオンさんはその場で固まっていることに気が付く。


「ん? どうかしたの?」

「………………あ、いえ。何でもありません。こちらにどうぞ」


 一瞬真顔になっていたレオンさんだったが、すぐにいつもの営業スマイルで馬車まで案内してくれた。

 馬車の中に入り、互いに向き合うように座る。


「これから話す内容はゼストさんにとって衝撃的かもしれませんが――」

「そのことなんだけど、もう大丈夫になったんだ」

「? というと?」

「既に解決済みなんだ。だからもう情報を集める必要は無いってことさ。もっと早く伝えるべきだったんだけど、つい忘れてたんだよね……。ごめん」

「……はい?」


 笑顔を崩して困惑するレオンさん。なんかこんな表情するレオンさんは珍しい気がする。


「解決というと、探していた人物は見つかったということですか?」

「うん。無事に見つかって安心してたせいか、伝えるの忘れたんだ。申し訳ない……」

「い、いえ。それはいいんですが、本当に発見できたのですか?」

「間違いなく本人だよ。実際に会えて確認もした」

「そう…………ですか…………」


 どうしたんだろう。驚いているというか、複雑そうな表情をしている。


「ど、どうしたの?」

「その、何といいますか、僕が知る情報と照らし合わせても納得いかない部分がありまして……」

「あ、そういえばどんな情報だったの? 一応聞いておきたいかな」

「そうですね。僕が集めた情報は全て話しておきますか」

「お願い」


 せっかく集めてくれた情報なんだ。聞いておいて損は無いだろう。


「まず王都リヒベルに居たリーズという王族ですが、なんと攫われたらしいのです。攫ったのはメイドのようで、どうやらメイドに変装して内部に忍び込んでいたとか」

「へ、へぇ……」


 間違いなくリリィだな。

 俺としてもあんな大胆に連れ去るとは思わなかったしな。


「しかも攫った犯人はエンペラーの一味だったそうです。外に待機させていた仲間と合流してそのまま逃走。これが王都で起きた流れみたいです」

「ん? エンペラー?」

「以前にお話しした大規模な盗賊集団のことです。連れ去るまで流れが巧妙で、計画的に行われたと噂されています」

「…………」


 おかしい。なぜエンペラーの仕業だと思われたんだろう?

 リリィはエンペラーなんかと関係無いし、仲間だと思われるような行動はしていないはずだ。

 エンペラーと繋がりが疑われるような根拠は何だろうか。


 いや待て。そうだあいつだ。ランドールが居た。逃げる時にランドールが現れたんだった。

 あの時はランドールが馬車を操っていたからな。それも街中を走り回っていたらしいからかなり目立っただろうな。

 ランドールは元々エンペラーの一味だった。そのせいか街の誰かがランドールの顔を覚えていたんだろう。

 そしてリリィ含む俺達もランドールの馬車に飛び乗って逃走したからな。だからエンペラーの仲間だと勘違いされたんだろうな。


「王族を攫われた報復として、国王は腕の立つ者にエンペラーへの襲撃を命じたらしいのです。しかし攫った王族を連れ戻せず失敗。けれどもエンペラーのトップを暗殺することには成功。これが一連の騒動の流れのようです」

「…………」


 リヒベル国がエンペラーに襲撃? しかも暗殺に成功?

 どういうことだ。なぜリヒベル国が暗殺したことになってるんだ?

 エンペラーのトップといえる人物はキングしかいないだろう。あいつがエンペラーの頭らしいからな。

 奴と戦ったのも間違いなく俺だ。リヒベル国の関係者ではない。


 だがどうしてリヒベル国の仕業になっているんだ?

 リヒベル国が手柄を横取りしようとしたのか?

 そもそもどこから暗殺に成功したのはリヒベル国だと結び付けたんだ?


 俺達が脱出した後でリヒベル国の連中が攻め入ったんだろうか。そして既にキングが亡き者になっていたことが発覚し、自らの手柄としたんだろうか。

 ありえなくはないが、違う気がする。そもそも暗殺に成功したとしても、目的の王族を奪還できていないからな。

 リヒベル国としてもあまり誇れることじゃないし、嘘だとバレたら恥をかくだけ。そんなことするメリットが無い。


 ……いや待てよ?


「ちょっと聞きたいんだけど、国王が命じた腕の立つ者ってどんな人か分かる?」

「いえ。実はそれに関してはかなり曖昧で、そもそも人数すらあやふやなんですよ。単独なのか複数なのすら不明で、正直言って疑わしい部分ではあります」

「つまり国王がそんな指示を出したのかすら不明だと?」

「そうなりますね」


 やはりそうだ。逆だったんだ。

 リヒベル国が暗殺に成功したと言い広めたわけじゃない。

 エンペラーの連中が暗殺したのはリヒベル国の仕業だと勘違いしてたんだ。


 ふと思い出したが、キングも俺のことをリヒベル国の関係者だと勘違いしてたっけ。だからエンペラーの連中はリヒベル国の関係者が暗殺しにきたと思い込んだんだろう。

 国王が指示したと勝手に思い込んだのはエンペラーの方。つまり国王は濡れ衣を着せられたわけだ。

 恐らくエンペラー側が暗殺されたと騒ぎ、その噂が広まったんだろう。


 リヒベル国はリーズを攫ったのはエンペラーだと勘違いし、エンペラーは暗殺したのはリヒベル国の仕業だと勘違いした。

 つまり俺達がやったことなのに、両方に罪を擦り付けてしまったわけか。


 これはかなり泥沼化するだろうな。

 エンペラー側としてもリーズ誘拐の件は否定はするだろう。だが連中は嫌われ者盗賊。盗賊の言うことなんて誰も信じないだろうな。

 まさかこんな展開になるとは予想外だ。ワザとではないとはいえ、ほんの少しだけ良心が痛む。


「しかし1つだけ妙な点があるんですよ。これだけは何度考えても理由が思いつきませんでした……」

「気になること? まだ何かあったの?」

「リヒベル国のことなんですが、やけに大人しいみたいなんです。まだ王族は取り戻してはいないはずなのに、取り返そうとする動きが無いみたいなんです」

「それは確かにおかしいな……。仮にも王族が攫われたってのに取り戻そうとしないなんて……」

「報復に成功したので鬱憤が晴れて落ち着いたのか、それとも別の理由があるのか。こればかりはリヒベル国の考えが読めません」


 いや違う。報復に成功なんてしていない。やったのは俺だからな。

 つまりエンペラーの仕業だと思っているのも関わらず、取り戻そうとしていないということになる。


 ということはやはり、リーズは王族ではないということなのか?

 王族でもない赤の他人なら取り戻す気は無いのは肯ける。しかしそれで国民達は納得するんだろうか。

 何もしないとなると世間体的にまずいと思うんだけどな。


 気にはなるがそこまで追及はするつもりはない。レオンさんですら分からないのなら俺が分かるはずがないだろうしな。


「色々と話を聞けてよかったよ。ありがとう」

「いえいえ。これもゼストさんの頼みですからね。お役に立てて光栄です」

「それじゃあ俺は戻るよ」


 動いて馬車から出ようとするが、すぐに引き留められた。


「あ、1ついいですか?」

「?」

「探していた例の子ですが、どこで発見されたんですか?」

「あー……えっと……」


 こればかりはレオンさん相手でも秘密しといたほうがいいかもしれない。

 あんまり言いふらしたくないというのもあるし、なるべく隠していたほうがいいだろう。


「まぁその、内緒ってことで。色々と複雑なことがあったしね」

「…………そうですか」


 それ以上は追求してくることなく、レオンさんの表情はいつもの営業スマイルでニコニコとしていた。

 まぁこの人のことだ。大体の事情は察していそうだ。

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