第152話:☆ネズミ

 キングは密集した人々に向かって歩き出す。その場に居る人達はキングが近づくと、モーゼの如く道を開けていった。

 そのまま進み続け、キングはとある1人の男の目の前で立ち止まった。


「……? キング様? どうかしましたか?」


 男は困惑気味の表情でキングを見つめる。


「アティラリも完成したことだし。いいタイミングだと思ってな。せっかくだから俺様の手でやることにした」

「は、はぁ……?」


 キングが言っている意味が分からずさらに困惑する男。

 すると、キングは腰に指していた剣を引き抜いたのだ。


「……!? な、何を……?」


 キングが持っている剣は刃の部分が黒く、あまり見ない外見をしていた。


「このまま放っておいてもうざったいだけだからな。ドブネズミはエンペラーには要らないんだよ。汚ねぇドブネズミは退治するに限る」

「? それはどういう――」


 次の瞬間……


「ッ!?」


 キングの持っていた剣が男の腹部を貫いた。


「ガハッ……! な、何を……」

「テメェはもう用済みってことだよ。リヒベル国の首輪が付いたドブネズミスパイさんよぉ」

「なっ……!?」


 キングの言葉に衝撃を受ける男。


(バ、バカな……!? バレている!? 一体いつから気づかれていたんだ……!?)


 そう。この男はリヒベル国が放ったスパイなのである。

 エンペラーの仲間のフリをして、リヒベル国に情報を流していたのだ。


「リヒベル国から信用を得る為に泳がせていたんだが、もう必要ねぇ。どうせアティラリが完成したら奪うつもりだったんだろ? そうはいかねぇ。アレは俺達の物だ」

「ぐはっ……」


 キングが剣を引き抜くと、男の腹部から大量の血が噴き出る。

 男はフラついて意識が遠のき、その場に膝から崩れ落ちる。


「き……貴様……。こんなことして……どうなるか……分かっている……のか……」

「知らねぇよ。元よりリヒベル国なんざ信用してねぇ。アティラリを作るための便利な道具程度にしか思ってねぇよ」

「おのれ……キング……」

「それにアティラリは既に手に入れたんだ。リヒベル国相手だろうが敵じゃねぇよ。文句があるならかかってこいよ。できるもんならな」

「…………く…………くそっ…………」


 男は言い返す力も残されておらず、その場に倒れ……動かなくなった。

 キングは地面に倒れている男を踏みつけてから顔を上げる。


「おいテメェら。こいつと特に仲が良かった奴も始末しとけ。どうせネズミはこいつ一匹じゃねぇからな」

「あ…………は、はいっ……」


 目の前の出来事に周囲の人は唖然としていたが、キングの言葉に我に返る。

 そしてキングが剣を振って収めようとした時だった。


「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「おっと」


 密集した集団から1人の男が飛び出してキングに切りかかったのだ。

 キングはすぐに反応して剣で防いだ。


「よくも……よくもセスを殺したなぁぁぁ!」

「あん? 誰だよそいつ」

「お前が今殺した人の名だ! キング! 貴様だけは絶対に許さん!」

「へぇ。テメェがもう一匹のドブネズミか。探す手間が省けたな」


 キングは驚くことなく平然と答えた。それに対して男は怒りを露わにしてキングを睨む。

 そんな光景に周囲の人達がざわつき始めた。


「お、おい! お前! キング様から離れろ!」

「キング様に何をしている!」

「よくもキング様を!」


 周囲の人は動き出し、キングと対峙している男に向かって武器を向ける。

 それをすぐ反応し、男はその場から飛び出して離れた。そして軽やかな動きで少し離れた所まで移動した。


「ゾルさんからは目立つような行動は控えるように言われていたが、こうなった以上はやむを得ない。オレが貴様らエンペラーをまとめて始末してやる!」

「おいおい。ネズミの分際で随分と強気だな。飼い主に従わなくていいのか?」

「黙れ! 貴様には関係ないことだ! リヒベル国の脅威となるエンペラーはオレが止める!」

「やれやれ……」


 男は剣を握りなおしてキングに振り向く。


「もう正体を隠す必要もないか。オレはバイス。リヒベル国からエンペラーの監視するように頼まれて潜入していた。そしてセスの親友でもある」

「そらご苦労さんなこった。あんなクソみてぇな国のためによく体張れたもんだ。金のためか? それとも弱みでも握られてんのか? まぁどうでもいいがな」

「貴様には関係ないことだ。どっちみちこんな危険な盗賊集団は放っておけない。いずれ壊滅させる予定だった」

「へぇ。随分と自信たっぷりだな。まさかテメェ1人でやるつもりなのか?」

「オレだけでやるつもりは無かったが、こうなっては仕方ない。まとめて始末してやる」

「ハハハ! おいおいマジかよ! たった1人でエンペラーと戦うってか? 頭湧いてるんじゃねーのか?」


 あざ笑うキングに対し、バイスと名乗った男は危機感を感じさせない様子で落ち着いていた。


「だったら見せてやるよ。無策でこんな場所に来たわけじゃないってところをな」

「……何?」


 キングの眉が動いてバイスを睨む。

 バイスは1歩下がって詠唱を始めた。


「その目に焼き付けろ。そして後悔しろ。これがオレの切り札だ! 《召喚》!! 来い! ベヒモス!」


 バイスの前方から大きなモンスターが出現。

 そのモンスターは前方にいる集団に向かって大きく吠えた。


「ブォォォォォォォォォ!!!」

「「「ひぃぃぃぃ……!」」」


 出現したのはベヒモスという強力なモンスターである。その四足で立つ獣は人の何倍もあり、姿を見ただけで大抵の人は戦意喪失するだろう。2本の大きな牙が恐怖心を加速させる。

 存在するだけで強い威圧感を与えるのには十分であった。まさに巨大な獣である。


「ほぉ。ベヒモスか。こいつはAランク冒険者でも手こずるモンスターらしいな。こいつを召喚できる奴は初めて見たぜ」


 しかしキングはその場から動かず平然とベヒモスを見上げていた。


「これで分かっただろ? 元からオレ1人で十分なんだよ。エンペラーを潰すことぐらいはな」

「なるほどな。その自信はどこからくるかと思ったらこういうことか。ドブネズミのくせになかなかやるじゃん」


 ベヒモスを見て次々と逃げ出す人々。

 そんな中近くに居た男がキングに向かって叫んだ。


「キ、キング様! おれ達がアレを足止めするので逃げてください! あんなデカいモンスターは絶対やばいですって!」

「テメェらだけで逃げてろ。アレは俺様1人で十分だ」

「!? ほ、本気ですか!? キング様が戦うんですか!?」

「邪魔だから離れていろって言ってんだ。それとも俺様が負けるとでも思ってんのか?」

「い、いえ……そういうわけでは……」

「じゃあ退いてろ。うぜぇだけだ」

「は、はい……」


 男は不安そうな表情でキングから離れていく。

 そしてキングはベヒモスを見上げた後にバイスを睨んだ。


「さぁて……とっとと終わらせるか。俺様も暇じゃないんでね」

「まさか貴様1人で戦うつもりなのか……? 舐められたものだな……!」

「召喚スキルに頼るような雑魚は俺様だけ十分なんだよ。テメェこそ俺様を甘く見てんだろ? その見下したような目が気に入らねぇ」

「賊の分際でほざくな。まぁいい。何れにしろエンペラーは壊滅させるつもりだ。まずは貴様から葬ってやる!」


 バイスは召喚したベヒモスに向けて叫ぶ。


「いけベヒモス! 奴を仕留めろ!」

「ブルォォォォ!」


 すぐにベヒモスは動き出し、キングを攻撃しようとする。

 だが……


「フンッ!」


 キングは素早くベヒモスの側面に回る。

 それと同時にベヒモスの右前足を斬り刻んだ。


「ブギィィィィィ!?」

「!? ベヒモスの装甲を貫いた!? そんな馬鹿な!?」


 バイスは出血しているベヒモスを見て驚く。

 ベヒモスの防御力は高く、並大抵の攻撃は弾いてしまうのだ。ある程度性能の優れた武器でないとダメージを与える事すら困難だろう。

 そのベヒモスの体にスキルを使うことなく容易に斬り裂いたのだ。そんな光景にバイスは驚きを隠せなかった。


「余所見してんじゃねぇ」

「ッ!? しまっ――」


 バイスがベヒモスに視線を移していた隙に目の前まで接近していたキング。

 咄嗟に防ごうとするが間に合わず……


「おらよ!」

「がはっ……」


 キングの放った剣がバイスの腹部を貫いた。


「テメェはさっきの奴と親友とか言ってたな。だったら仲良く同じ死に方で逝かせてやるよ」

「がふっ…………キ、キング…………貴様…………」


 キングが剣を引き抜くと、バイスはよろけて地面に倒れてしまう。

 だがまだ意識はあり、地面に倒れたままキングを睨んでいた。


「く………………くそっ………………こ……こで…………死ぬわけ……には…………」

「おっと。まだデカブツが残っていたか」


 ベヒモスは前足こそ負傷したものの、まだ戦える余裕は残っていた。

 キングはそんなベヒモスの巨体を見てため息をついた。


「ベヒモス…………奴を……キングを…………殺せ……」

「めんどくせぇな。やっぱり今すぐ死ね」

「――!?」


 キングは地面の倒れているバイスの頭を突き刺した。確認するまでもなくバイスは絶命した。

 それと同時にベヒモスの姿が薄れ、消え去ってしまったのだ。


「召喚スキルの最大の弱点がこれだ。召喚者が死ねば召喚したモンスターも消えちまうんだ。面倒なら直接本人を狙うほうが早い。どれだけ強力なモンスターを召喚できても、テメェ自身が弱かったら意味ねーんだよアホ。これだから召喚スキルに頼ってる奴は雑魚ばかりなんだよ」


 言い終わると剣を引き抜く。


「ま。俺様ならモンスターごとぶった斬れるがな!」


 そして剣を振って軽く血を払い、その黒い刃を見せつけるように掲げた。


「俺様のこの剣……神器に匹敵する魔剣〝アスタロト〟でな……!!」

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