第140話:☆メイドのリリィ⑤
近づいて来る男の正体はこの国の国王――ギルバートであった。ギルバートは背はあまり高くなくやや小太り気味であるが、その服装は王に相応しいほど豪華である。
ギルバートは2人に近づくと、すぐ近くで立ち止まった。
そしてリリィを見るなりジロジロと眺め始めた。
「…………ほう。見ない顔だな。新しく入ったメイドか」
「はい。彼女は昨日雇われたばかりの新人でございます。まだ教育中の身ですので、多少の無礼はお許しくださると助かります」
「うむうむ。やはりメイドが多いと華やかになっていいな。シシシ……」
ギルバートはリリィの胸元に視線を集中し、それを隠そうともせずにニヤついていた。
「しかし……ここまで
「……彼女はまだ雇って間もないので大した仕事はできません。殆どお役に立てないかと……」
「なら余が教えてやってもいい。わざわざメイド長から教わる必要は無い。その方が負担が減っていいのではないか? 他とは違う仕事を覚えるチャンスだぞ?」
「………………陛下。御戯れを。まだ仕事中ですので……」
「シシシ……冗談だ。堅苦しいのぅ……」
メイド長は慣れた表情で顔色ひとつ変えずに受け答える。ギルバートもそんな態度に全く気にした様子は無かった。
そんな会話を聞いていたリリィは、ふとあることを閃く。
ずっとリーズに会う方法を考えていたが、未だに思いつかず現在まで至る。いくら考えても全く思いつかず長い時間悩んでいた。
しかしこの状況でそんな悩みを吹き飛ぶようなアイディアが浮かんだのだ。
まさに天から降り注いできたかのような閃き――
「……アタシやってもいいぞ。身の回りの世話?ってやつ」
「ほう?」
「……ッ!? リリィさん!?」
ギルバートは嬉しそうな表情で、メイド長は驚きの表情でリリィに振り向いた。
「今言葉、本当か? ちょっとした冗談のつもりだったんだが、本気で余の世話をしてくれるのか?」
「うん。いいぞ。アタシで役に立てるならやってもいいぞ」
「ほう! やる気があって素晴らしい! 実に素晴らしい! その熱意が気に入った! 安心しろ。余が一から教えてやる。他のメイドでも知らないようなことも――」
「でもさ。まだ不安なんだ。うまくできるか自信無いし」
口ではそう言ったが、あまり不安そうにしていないリリィである。
しかしギルバートはそんなことには気づかずに舞い上がっていた。
「だからさ。まず練習したいんだ。リーズって子でさ」
「……なぬ?」
「同じ王族なんでしょ? だからまずはその子の世話をして慣れてからにしたいんだ。ダメか?」
「………………」
ギルバートからニヤけ面が消え、リリィを見つめる。
そんな中、リリィの言葉に驚愕して固まっていたメイド長が慌て始めた。
「リリィさん! いい加減にしてください! 何度言えば分かるんですか! アナタでは許可されないと言いましたよね!? もう忘れたんですか!? そこまで固執する理由は何なんですか!?」
「………………」
「申し訳ありません陛下! 彼女はここにやってきてから日が浅くて常識を知らないんです! 私も自分の仕事で手一杯なのでまだ全て教え込んでいません! 後で厳しく叱っておくのでどうかこの場はご容赦ください……!」
「………………」
メイド長は深く頭を下げて謝るが、ギルバートは悩んだようにアゴを撫でている。
そんな状態がしばらく続き、ギルバートがリリィに向かって話しかける。
「……いいだろう。貴様はこれからリーズの世話をするがよい」
「本当か!? やったー!」
「リーズはずっと平民以下の暮らしをしていたらしいからな。まだまだ王族としての立ち振る舞いを身に付けておらん。だから普段通りに接しても不敬とみなしたりせんから安心するがよい」
「うん! がんばる!」
リリィは嬉しさのあまり子供のように喜ぶ。
若干オーバー気味のリアクションがメイドとしてあるまじき行動だったが、メイド長はそれをとがめる余裕もなくギルバートに向けて声を上げる。
「!? 本気ですか!? 彼女はまだ何もできませんよ!?」
「だからこそだ。リーズがいい練習相手になるだろう」
「し、しかし、まともに仕事はできませんよ! 教育を始めたばかりなので素人同然です! 御考え直しください!」
「なら貴様が付きっきりで教えればいいだろう。丁度リーズの清掃を担当しているのだからな」
「…………ッ!」
メイド長は何とかして止めさせるように必死に考えるが、そんな暇を与える間もなくギルバートの言葉が続く。
「実はな。リーズはここに来てからあまり口を開いてくれんのだよ。1人にしておけばその内慣れるだろうかと思っていたが、どうもそんな気配がせんのだ。他にいい手が無いか悩んでいたところなのだ」
「で、ですが……」
「仕事が慣れない内はリーズの話し相手なってくれんか」
「アタシが?」
「そうだ。堅苦しいやつよりも、能天気な性格のほうがかえって心を開いてくれるかもしれん。仲良くなって元気なれば口数も増えるはず。成果次第では今後は優遇してやってもいい。どうだ?」
「し、しかし……」
メイド長は必死に考えるが、それよりも早くリリィが答えた。
「うん! やる! 話し相手やってみる!」
「おおそうか! なら本日からリーズの部屋に入る許可を出だそう。メイド長と一緒に行動するがよい。そしてじっくりと仕事を覚えていけばいい」
「ああ……そんな……」
がっくりと肩を落とすメイド長。普段のメイド長からは想像できない非常に珍しい光景であったが、この場にはそれを気にする人は居なかった。
「本気なのですか……? どうして彼女のような素人に任せるなどと……」
「リーズならいい練習相手になるはずだ。多少の失敗程度ならとやかく言うつもりはないから安心しろ。それに……」
「……?」
「楽しみが増えたと思えばワクワクするだろう? このくらいならじっくり待つさ。どうせこれからもっと楽しいことが起きるだろうしな。シシシ……」
「…………」
もはや言い返す気力も無くなったメイド長。
「では後は任せたぞ」
「はい……」
そしてギルバートは上機嫌のままこの場から去っていった。
「なぁなぁ。これでアタシも一緒にリーズの部屋に入れるんだろ?」
「……こうなってしまった以上、仕方ありません。今後はリリィさんも部屋の清掃を手伝って頂きます。荷物運びが終わり次第取り掛かるので早く終わらせますよ」
「やったー!」
「はぁ……どうしてこんなことに……」
喜ぶリリィとは対照的に、頭を抱えるメイド長であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます