第127話:迷い

 家に帰ってからは椅子に座りずっと考えてごとをしていた。

 さっきレオンさんが話していた内容がずっと頭の中か駆け巡っている。


 リーズが……王族……?


 そんな馬鹿な……


 いやいや。まだ決まったわけじゃない。あくまで似た名前の人物が存在するってだけだ。

 しかしレオンさんの情報によれば、その人物も可愛らしい女の子とのことだ。リーズも俺から見たら可愛い女の子だ。

 だが名前以外の共通点といえばこれぐらいだ。まだ断定するのは早い。

 だから俺の知っているリーズのはずが無いんだ。


 99%違うといっていい。別人なはずなんだ。


 だがもし……もし残りの1%だったら……?


 仮に、仮にだ。俺の知っているリーズ本人だとしよう。

 どうして他国の、しかも孤児院なんかに居るという疑問はひとまず置いておく。


 王族だというのならそれはそれで喜ぶべきことなんじゃないか?

 孤児院にいるよりかは遥かにいい暮らしができるはずだ。大半の人が羨むような贅沢な生活が送れるのは間違いない。

 だったら本人にとっても嬉しいはずなんだ。


 今さら俺が会いに行っても迷惑に思われないだろうか……?


 冒険者になった俺は会いに行けるような立場なんだろうか……?


 王族となれば冒険者なんかよりずっと身分は上だ。そんな子相手に会う事すら叶わないんじゃないのか?

 そもそもリーズも俺の事なんて忘れているかもしれない。孤児院から出る時の約束なんて覚えていないかもしれない。


 ならば俺ができることは……何も無いんじゃないのか……?


 つまりこのまま何もしない方が最善なのではないだろうか。

 そもそもリーズ本人だと確定したわけじゃないし、レオンさんが本物のリーズの居場所を特定してくれるかもしれない。

 だったらそれに期待するべきなんじゃないのか。


 俺よりもずっと情報網が広い商人なら見つけてくれるはずさ。

 ならやはりいつも通りに過ごしていけばいい。今回の伝えてくれた内容は忘れよう。

 そもそもレオンさんだって憶測混じりの内容だって言ってたもんな。あの人だって直前まで伝えるか迷ってたぐらいだし、俺が無理やり聞き出したほうが悪い。


 だから今回のことは忘れよう……


 …………忘れたい。


 だがもし本物のリーズだったら……?


 リーズが王族だったとしたら……?


 …………


 何度も思考がループしている。


 忘れたいのに気になって何度も同じことを考えてしまう。


 俺は一体どうしたら……


 ………………


「……ちょっと! ゼストったら!」

「…………」

「ねぇ聞いてるの!? 大丈夫なの!?」

「……え?」


 顔を上げると、すぐ近くにラピスが立っていた。


「もう! さっきから変よ? どうしたのよ?」

「具合でも悪いんですか? 戻って来てから様子がおかしいですよ?」

「どうしたんだ? 暗い顔してるぞ?」


 よく見たらフィーネとリリィまでもが俺のすぐ近くに居た。

 いつの間にか3人に囲まれていたのか。


「な、何でもないよ……」

「そう見えないけど? 帰ってくるなり座り込んで黙ったままだし。いくら声かけても返事してくれないし。どうしたのよ?」

「本当に何でもないんだ。これは俺の問題だから……」


 言った瞬間、ラピスが顔を近づけてきた。


「もう! なら話してみなさいよ。あたしだと頼りにならないかもしれないけど、話相手ぐらいにはなるわよ?」

「私も心配なんです。せめて何が起きたのか話してくれませんか? もしかしたら私でも手伝えるかもしれませんし」

「ゼストにはいつも助けられたんだし、アタシもゼストの役に立ちたいんだぞ。少しは頼ってくれてもいいんじゃないか?」

「お前ら……」


 そっか……そうだよな。

 俺には頼りになる仲間が居るんだったな。

 一人で悩んでいたせいで無駄に心配させてしまった。これからは皆にも頼ることにしよう。


「すまん。皆には心配させちゃったな……」

「本当に心配したんだからね! あんなにも様子がおかしいゼストなんて初めて見たんだから」

「それで、何があったんですか?」

「実はな……」


 3人に全て話した。

 俺が孤児院に居た頃に仲が良かった子が行方不明になっていること。その子の消息が掴めたかもしれないということ。しかし別人かもしれないということ。

 話し終えると、3人は納得したような表情になった。


「なるほどね。つまりそのリーズって子が心配なのね?」

「ああ。孤児院の時は特に仲が良かったからな」

「そういえば以前にも様子がおかしい時がありましたよね? あれももしかして……」

「その通りだ。リーズのことが気になってたんだよ」

「やっぱり……」

「もしかしてみんなでゼストの部屋で寝た時のことか?」

「うん。そうだ」


 あの時もみんなに心配させてしまったんだよな。

 どうせならその時に話してしまったほうがよかったな。


「それでゼストはどうしたいの? 見つかったんなら会いに行けばいいじゃないの」

「だからまだ本人だと確定したわけじゃないんだよ。レオンさんの情報によると王族らしいからな。いくらなんでも非現実的すぎる。リーズは孤児院に居たんだから王族なはずがない」

「でも本人かもしれないんでしょ? だったら確かめればいいんじゃない」

「いやでもなぁ……」


 もし本当にリーズが王族だったらそれはそれで会い難いんだよな。


「何か事情があるんですか?」

「だってさぁ。相手は王族だぞ? 冒険者の俺とは身分が違いすぎる。そもそもの話、リーズだって俺のこと忘れているかもしれないし……」

「それは本人が言ったの?」

「いや言ったわけじゃないけど……」

「だから! それを確かめにいけばいいんじゃない! 何でそんなに悩んでるのよ!?」

「え……?」


 ラピスの顔がさらに近くなり……


「本人かどうか直接見に行ってみれば分かることじゃない! もし本物ならそこで聞けはいいじゃないの! 別人だったとしてもそれはそれで無駄足にならないでしょ? だって他の場所に居るってことになるわけだし」

「…………」


 …………ああそうか。そうすればいいんだ。


 そうだよ……何を迷っていたんだろう……?

 普通に会いに行けばいいじゃないか。


 どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。

 レオンさんから聞いた内容が衝撃的すぎて気が動転していたのかもしれない。もっと冷静になればよかったんだ。


「ああ。ラピスの言った通りだ。直接確かめればいい。少し考えればこの程度のすぐ分かることだったな。どうかしてたな……」

「よかったわ。やっと調子が戻ってきたようね」

「マジで助かったよ。ありがとうラピス」

「役に立ててよかったわ。これで元通りね」


 話してみるもんだな。頭の中がスッキリしてきた。

 自分一人で抱え込んでいたら変にネガティブな方向にいってしまった。皆が心配するわけだ。


「それにお前らもありがとな」

「わ、私は何もしてませんよ。お姉ちゃんがすごかっただけで……」

「それでもこうして親身に相談してくれたし。それだけでも十分ありがたいよ」

「そ、そうですか。ゼストさんのお役に立てて嬉しいです……」

「よく分かんないけど元通りになったし、もう大丈夫だよな?」

「ああ。心配かけて悪かった。リリィもサンキューな」


 マジで俺らしくなかった。

 さっきまで馬鹿な妄想をしてた自分が恥ずかしい……


「それでこれからどうするの?」

「もちろん会いに行く。本人かどうかはこの目で確かめる。別人だったなら笑い話で済むだけだしな」

「なら私達も付いていってもいいですか?」

「いいのか? もしかしたら何も成果得られないかもしれないんだぞ?」

「それでもです。少しでもゼストさんのお手伝いがしたいんです」

「もちろんアタシも付いていくぞ!」

「お前ら……」


 3人の視線が俺に集中する。その目には迷いが無かった。


「そっか……じゃあ全員で行くか!」

「そうこなくっちゃ!」

「はい!」

「おう!」


 後は実際に確かめに行くだけだ。


 だがもし……リーズが本当に王族だったのなら……


 その時は――

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