第122話:族長の想い

「………………………………え?」


 あまりにも予想外すぎる言葉に脳がフリーズしていた。


 待て待て待て待て待て待て待て……今なんて言った?

 リリィの母親を殺したのは自分だって?

 ……嘘だろ?


 衝撃的過ぎて理解が追い付かない。

 どうして殺したのとか、なぜこんな状況でそんなこと話すんだとか、色々と聞きたかったが、うまく思考が働かなくて何も話せなかった。


 それから1分ぐらいずっと沈黙が続いてた。

 俺にしてみたら10分ぐらい経過したような感覚だった。


 ようやく落ち着きを取り戻せたので、詳しく聞いてみることにした。


「…………あ、あの……それって……事故か何かで……?」

「いや。事故なんかじゃない。アタイのせいだ」

「他の要因で実質そうなったとか、責任を負わされたとか……?」

「違うね。確かにアタイがこの手で殺したんだ」

「………………」


 ますます訳が分からない。

 どうしてそんなことをこの状況で話すんだ?


 リリィが母親を失った原因は、本当に族長のせいなのか……?


 だったらどうしてそんなことを……


「安心してくれ。この事は里の皆が知っているさ」

「そ、そうなの?」

「もちろんリリィもその内の一人だ。なんせその場に居たからな」


 どういうことだ?

 犯行現場にリリィが居たのか?

 まさか決闘でもしたってのか……?


 …………ダメだ。

 理解が追い付かない。

 衝撃的のあまり頭がうまく働かない。


「その……なぜそうなったのか聞いても……?」

「あー、そういや君はこの里のこと知らないんだっけ?」

「今日初めて来たわけだし、リリィも教えてくれなかったから……」

「そっか。ごめんよ。そりゃあ混乱するよね。最初から説明するよ」


 そしてグイッっと酒を飲んでから話始めた。


「この里では5年に一度、次の族長を決める武術大会が開かれるんだ。そこで最後に勝ち残った人が次のおさになるわけさ」

「へぇ~」


 完全実力主義ってわけか。

 何となくリリィの一族らしいやり方だと思ってしまった。


「そんでその大会にサリィとアタイが出ることになった。他にも何人か出場していたが、その中ではアタイ達が注目されていたんだよ。次の族長はサリィかカルラのどちらかに決まるだろう。そう期待されていたぐらいだ」


 やはりこの人は相当強いんだろうな。

 それに匹敵するぐらい、注目されていたリリィの母親も実力があったに違いない。


「予想通りというか、アタイ達が最後まで勝ち残ったんだ。あとはお互いに戦って勝ったほうが次の長になる。そういう状況になった」

「強かったんですね」

「強かったさ。サリィは強かった。何度も近くで見ていたから腕前は知っていたが、試合でのあいつは予想以上の強さだった。アタイも必死に戦ったさ。試合はかつてない程に長引いた。日が暮れそうなぐらい長引いた」


 そんな長時間戦っていたのか。

 さすが竜人。凄まじい持久力をしてやがる。


「だが勝負はいつかは決着がつくもの。いつまでも戦えるわけじゃない。長引いたせいでお互いに体力はとっくに限界を迎えていた。一度倒れたら二度と起き上がれないだろうと思ってた。だから必死に耐えていたよ。それは相手も同じだったはずだ」


 いくら竜人とはいえさすがに限界があるか。


「そしてその時がやってきた。アタイは最後の力を振り絞って突撃した。サリィは攻撃を防ごうとしたが…………アタイの武器が直撃したんだ」

「……!」

「普段なら防げそうな攻撃だったはずなんだ。しかしあの時はお互いにフラついててまともに動ける状態じゃなかった。だから避けられなかったんだろう。それが致命傷だった。」

「つまりそれで……」

「ああ。もう二度と立ち上がることは無かったよ……二度とな……」


 そういって当時のことを思い出したのか、うつ向いてしまった。


 なるほどな。そういうことなのか。

 族長を決める戦いで命を落としたわけか。確かに自分が殺してしまったという発言にも納得がいく。

 確かに結果的には殺したことにはなるが……でもこれは……


「で、でもそれはある意味、事故みたいなものなんじゃ……」

「やり方がやり方だ。この大会で死人が出ること自体は珍しくは無い。出場してる皆もそれは覚悟の上だ」

「やっぱり……」

「でもな……これは言い訳に聞こえるかもしれないが、アタイは殺すつもりは無かったんだ。試合自体は別にトドメを刺す必要は無いからな。降参するか立ち上がれなかった時点で負けが決まるんだ。わざわざ息の根を止める必要は無い」

「な、なるほど……」

「しかしあの時はそんな余裕が無かった。手加減できるような状態じゃなかったんだ。そんな体力は残って無かったしな」


 ずっと戦ってたんだから、そら冷静に判断できるような余裕は無かっただろうな。


「結果的にアタイが優勝して族長に選ばれた。しかし全然嬉しく無かった。皆は祝福してくれたが、気分は晴れなかった。一番祝福してほしかった人がもう居なくなってたからな……」

「それって……」

「もちろんサリィのことだ」


 一緒に大会に出るぐらいだし、やはり相当仲が良かったんだろうな。


「アタシにとってサリィは同胞であり、同世代であり、ライバルであり、ケンカ仲間であり、親友であり………………家族だった……」


 本当に……仲が良かったんだな……

 お互いに認め合ってたからこそ、全力で戦ったんだろう。


「だから族長になっても虚しさだけが残ったな。本来ならば名誉ある地位なんだからもっと喜ぶべきなんだろうけど、そんな気は全く無かった。もしアタイが負けてサリィが族長になっても祝福するつもりだったし、普段と変わらずに接するつもりだった。不慣れだろうからサポートもしてやろうかとも思ってた」

「…………」

「でもそうにはならなかった。アタイは族長になったが、親友を失った……」


 そういう経緯があったのか。

 この人もとんでもない経験をしてたんだな。


「それで……俺に聞きたかった事と、どういった関係があるんです?」

「……おっと。すまない。話が反れてしまったな。そういえば聞きたいことがあったんだ」


 そしてこっち振り向いて続けて話してきた。


「アタイが聞きたかったのは……その……」

「……?」

「リリィに関してなんだ。リリィはアタイのこと何か言ってなかったかい?」

「いや……特には……」

「そうなのか? アタイのことを……恨んでたりしてなかったか……?」

「………………ああ。なるほど」


 そういうことか。

 リリィにとって族長は母親を殺した張本人。恨む動機としては十分すぎる。

 だからこそずっと気になっていたんだろう。


 そういえば最初に族長と会った時に、リリィとは気まずそうな雰囲気してたっけ。あれはこういう経緯があったからだったんだな。

 家の近くで立っていたのも同じ理由だろう。直接聞いてみたかったけど、勇気が出ずに家に入れなかった。だからずっとあの場所で立ちっぱなしだったんだろう。


 そこに仲間である俺が姿を現したから、つい声をかけてしまった。

 ……ってところか。


「大丈夫ですよ。リリィは恨んでなんか無いですよ」

「ほ、本当か……? 何も言ってなかったか?」

「俺が保証しますよ。リリィは誰も恨んでなんかない。そもそもあいつは恨んでることを隠しながら平然としているほど器用じゃないだろうし。というかそんな態度してたらすぐに分かるし」


 リリィとはそこそこ付き合いになるが、裏表無い性格してるせいで隠し事なんてできるはずがないしな。

 誰かを恨むような素振りは一度も無かった。


「リリィは恨みを糧に強くなろうとするタイプじゃない。純粋に母親との約束のために強くなろうとしている。それはずっと見ててもそう思いますよ」

「本当か……?」

「ええ。間違いないですよ。だから族長を恨むようなことは無いと言っていいんじゃないですかね」

「そうか…………」


 カルラさんはすごくホッっとしたような感じで体の力を抜いていた。

 まるで今までずっと気にしていた事が分かって安心したかのように見えた。


「よかった……恨んでなかったんだな……」

「やっぱりずっと気にしていたんです?」

「当たり前だ。ジークからは気に病むなと言われていたんだが、やはりどうしても気になってな。当時のリリィはまだ幼くて聞けるような状態じゃなかったからな。いつかは聞こうと思っていたんだが……なかなかそんなタイミングが無くてな……」


 かなり気まずい話題だし、本人に聞くのに相当勇気がいるだろう。


「仮に恨んでいたのなら責任は取るつもりだったさ。そのつもりでジークにも相談したんだが、どうこうするつもりは全くないって言われたよ。それでも気は晴れなかったが……」


 そうか。嫁を殺されたからジークさんにも恨む権利はあるのか。

 でもそうはしなかった。本当に優しい人なんだな……


「ありがとう。君のお陰で楽になったよ。長年の悩みが晴れた」

「俺は何にもしてないですよ。ただ話しただけだし」

「それでも十分だよ。勇気をもらった。やはりリリィには直接話すことにするよ。今さらながら卑怯かもしれないけどね……」

「明日には帰る予定なんで、それまでに会ったほうがいいかと」

「そうするよ」


 そしてスッキリした表情で笑顔を向けてくれた。

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