第112話:☆とある娼婦の驚愕

 道の端に派手な格好をした女性が居た。胸元をアピールするような服装をしていて、男の視線を集めそうな格好だ。

 彼女は行き交う人々を目で追っていて、道行く男達を見定める為に立っているのだ。そして良さそうな男を見つけては引き留め、近くにある店まで誘導する。

 いわゆる客引きの為に立っている娼婦である。派手な格好をしているのもそのためだった。


(ん~……誰にしようかしら……)


 行き交う人々から男だけを見つけては目で追っていく。


(良さそうな男は…………あっ。あの人ならイケそう)


 娼婦の視線の先には、男が近づいて来る姿が見えた。

 見渡す限り連れは居らず1人で行動していた。今回の狙いはあの男に決めたようだ。

 ターゲットをロックオンして視線を送り続け、近くを通り過ぎようとした時に話しかけた。


「はぁ~い。ちょっといいかしら?」

「……ん? 俺か?」

「そうよ。今暇かしら?」

「まぁ……暇と言えば暇かな……」

「そう! なら丁度いいわ! 私と一緒に遊ばない?」

「……え?」


 娼婦は男の元へと近寄っていく。

 そしてワザとらしく胸を強調するようなポーズのまま猫なで声で話し始めた。


「もしかしてアナタは冒険者だったり?」

「そうだけど……」

「きゃーすごい! 道理で強そうだと思った!」

「はぁ……」


 男の正体はゼストである。

 この道を通ったのは偶然であり、そこで娼婦に捕まってしまったというわけだ。


「ねぇねぇ。よかったら一緒にお話しない? 冒険者の話聞きたいな! 私ぃ、近くにいいお店知ってるの! 一緒に行かない?」


 ゼストは困惑しながらも目の前の女性の正体を察した。

 娼婦も相手が察したことを察したが、構わず続けた。


「どう? どう? アナタのこともっと知りたいなぁ~」

「いや……でも……」

「大丈夫よ。初めてならサービスするわよ。それにぃ……」


 娼婦はさらに近づき、ゼストの腕に抱きついて胸が当たるぐらいまで近寄った。


「私のことを気に入ったら……個人的にもっとサービスしてもいいわよ?」

「……!」


 手馴れたやり方で男を誘惑する娼婦。何人もの男を虜にしてきた娼婦にとっては動きに迷いが無かった。


「いや……だから俺は行くとは言ってないけど……」

「いいじゃない。後悔させないつもりよ? それとも嫌だった?」

「そうじゃないけど……」

「ならいいじゃない。今日は雰囲気だけでも楽しんでいってよ。本当に嫌ならすぐ帰ってもいいから」

「でも……」

「ねぇねぇ。私ぃ、アナタのこともっと知りたいなぁ~」


 そしてさらに近づいて胸元を押し当てる。


「どう? 一緒にお店に入らない?」

「……ッ!」


 さすがに引き剥がそうとするが、それでも娼婦は離れようとしなかった。


「ふふっ……そんなに怖がらなくてもいいわよ。初めてなら不安になるのも無理ないわ。でも最初はみんなそうよ。慣れたら楽しくなるわ!」

「そういうことじゃないんだけどな……」

「一度でいいからお店に入ってみない? きっといい思い出になるはずよ!」

「うーん……」


 少しだけ焦る娼婦。何故ならいつもはこの流れで店に連れていけたからだ。


(おかしいわね……。私がここまでしてもオチないなんて……)


 娼婦は自分のスタイルにも自信があったし、それを商売道具にして今まで稼いでいた。今までの経験からしてこのくらいすれば男は落ちると思っていた。

 しかし目の前の男はなかなか誘いに乗ってくれない。少し強引に迫ってみても乗ってくれない。

 今までにあまりない事態に焦りを見せていた。


「ん~……しょうがないわね。じゃあ……今夜は私の事……独り占めにしていいわよ?」

「……え?」

「だから~。今夜だけ私の事を好きにさせてあげる。きっと気持ちいい体験が出来るはずよ~?」

「いやだから、俺は付いていくとは言ってないって……」

「ダメなの~?」

「今日はそういうつもりで出歩いていたわけじゃないしな」


 ここまで拒否されて女のプライドに少し傷がついたのか、娼婦は引けに引けなくなっていた。


「じゃあ、また今度なら来てくれるの~?」

「う~んどうだろう。たぶん無理だと思うけど……」


 自分に魅力が無いと思われてそうな態度にカチンときた娼婦。


(もう……! こうなったら意地でも落としてやるんだから……!)


 もはや目的と手段が逆転していて、何のために客引きしているのか忘れそうになっていた。

 どうやったら目の前の男を誘惑できるのか頭を働かせて食らいつく。


 そんな時だった。


「……! あっ! 居た! おーいゼスト!」


 遠くから女の声が聞こえてきたのだ。

 声の主はゼストを見るとこちらに近づいてきた。


 娼婦は声をした方向を向くと、女の子の胸元を見て驚愕した。


(……ッ!? な……なんなのあの大きさ!?)


 声の主はリリィであった。

 リリィは近寄るとゼストのすぐ隣までやってきた。


「ん? リリィか。どうしたんだ?」

「んとね。ゼストが居なかったからみんなで探してたんだよ」

「あー悪い悪い。ちと遠出しすぎたな」

「…………」


 娼婦はリリィの胸元から目が離せなかった。


(あ、ありえないわ……私よりも大きい……! 店の中では一番大きい私よりも大きい……ッ!)


 自身の武器おっぱいが相手より劣ってしまっている事実にヘコむ娼婦。

 しかしそれだけではなかった。


(この子……よく見ると顔も整ってて綺麗だわ……。しかもスタイルもいい……)


 ようやく胸元以外に目を向けたが、どこを見ても欠点らしい欠点は見当たらなかった。同性であるにも関わらず、リリィの姿に見惚れていた。

 そんな娼婦の心情も気にせず2人は会話を続ける。


「もう服は見終わったのか?」

「うん。なんかね、アタシに合うサイズの服が見つからなかったから諦めたって言ってた」

「ああ……うん。そっか……。それは仕方ないな……」


 ゼストはリリィの胸元に目線を向けると一瞬で察してしまった。


「だからゼストと一緒に別の場所に行くことになってさ。それで探してたんだよ」

「そっか。それは悪かったな。すぐに戻るよ。というわけだから俺は行くよ」

「…………」

「……あの? どうかしたのか?」


 ゼストの呼び声でハッと我に返る娼婦。


「あ、う、うん。そうね。引き留めてごめんなさいね」

「気にしてないよ。んじゃ俺はこれで」

「ええ……またね」


 そして2人は小走りで離れていった。

 その場に残された娼婦は、離れていくリリィの背中を眺めながらため息をついた。


(なるほど……そういうことね。あんなにいいモノ・・を持った子が身近にいるんですもの。私に魅かれないのも納得ね……)


 謎の敗北感を感じつつ落ち込む娼婦であった。

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