第107話:心配性

 あれから何処にも寄ることなく家に戻ってきた。家の中には3人がそれぞれノンビリと過ごしていた。

 俺は椅子に座ってから一息つく。それからずっと座ったまま時間だけが過ぎていった。

 ずっとそうしていると、ラピスが近づいてきた。


「どうしたの? さっきから元気ないみたいだけど……」

「ん? 別に何でもないよ」

「そう……? いつもと様子が変だったから何かあったのかと思って……」

「まぁ……ちょっとな……」


 リーズの居場所の捜索については任せてはいるんだが、それでも妙に落ち着かない気分だった。

 レオンさんのことは信頼しているしディナイアル商会も相当大きい企業だから、俺が探すよりは何倍も効率がいいだろう。だからこそ依頼したわけだ。

 とはいえ。それでも落ちない気分だった。


「大丈夫なの? どこか具合でも悪いの?」

「平気だって。別にどこも悪くない。ただ今日は気分が乗らない日だっただけさ」

「……?」

「本当に何でもないから。心配すんなって」

「そう……」


 ラピスは納得していなさそうだったが、それ以上は追及してくることは無かった。




 夜になりそろそろ寝ようかと思っていたところだった。

 ドアをノックする音が聞こえてきたのだ。


「ゼスト? 入っていいかしら?」

「どうしたんだ? こんな時間に」

「ずっと気になってたのよ。ゼストの様子がおかしかったから……」

「……そうか? 別になんともないんだけど……まぁ入れよ」

「うん」


 そしてラピスが心配そうな表情をしたまま部屋に入ってきた。


「…………」

「どうした? そんなに心配なのか?」

「うん……。だって帰って来てからずっと様子が変だったもの。気になって眠れないわよ……」


 そんなに顔に出ていたのかな?

 自分ではそこまで変わったようなことはしてないはずだったんだがな。


「さっきも言ったけど、別に何でもないんだって。ラピスが心配するようなことはないさ。だからそこまで気にしなくてもいいって」

「でも……」

「少し寝不足気味だっただけだよ。明日になれば元通りなるから大丈夫だって」

「…………」


 いかんな。ラピスがここまで気にするぐらい顔に出ていたか。

 リーズのことが気になって仕方なかったが、もうレオンさんに任せてあるし俺に出来ることは無い。無事を祈りつつ待てばいい。

 きっと大丈夫なはずさ。


「というわけだから、もう戻っていいぞ。心配かけて悪かったよ」

「…………」

「ラピス?」


 ラピスがジッっと俺の方を見つめる。


「……おーい? どうした?」

「…………ちょっとそこに座って」

「へ?」

「いいから。座って」

「あの……急にどうしたんだ?」

「早く」

「お、おう……」


 どうしたんだろう急に。ラピスは怒ってるような悲しんでるような……?

 俺は言われるがままに、近くのベッドに座った。するとラピスが近づいてきた。

 そしてそのまま目の前までやってきて――


「……!?」


 俺を抱きかかえてきたのだ。

 座った状態だったせいか、ラピスの胸元に顔が埋まるような恰好になってしまう。


「ラ、ラピス……?」

「……何があったのか知らないけど、少しぐらい相談してくれたっていいじゃない……」

「へ?」

「あたしだと頼りにならないかもしれないけど、これくらいなら出来るから……」

「…………」


 そこまで心配していたのか……


「わ、悪かったよ……。でもここまでしなくても……」

「フィーネが落ち込んでいる時にね、こうすると安心するらしいのよ。だからやってみたんだけど……嫌だった?」

「嫌じゃないけど……」

「そう。じゃあしばらくこのままにしとくわ。だから落ち着くまでこうしているから安心していいわよ」

「…………」


 抱かれたまま頭まで撫でてきた。ここまでされるとさすがに恥ずかしいが……でも心地いい。

 確かにこれは安心できるな。こんなに体温が感じられるほど抱かれたことは少ないけど、ここまでリラックスできるとはな。


 ……ラピスがこんな行動に出るぐらい心配かけてしまったわけか。

 いかんな。もっとしっかりしないと。


 しかしこうしているのも悪くは無い。

 もうしばらくこのままでも――


「あの。ゼストさん居ますか?」

「……え!? まさかフィーネ!?」


 ドアの向こうからフィーネの声が聞こえてきた。

 さすがに驚いて急いで離れてしまう。


「あ、あれ? もしかしてお姉ちゃんも居るの!?」


 そしてドアが開かれると、やっぱりフィーネが入ってきた。


「ど、どうしたのよ……ゼストの部屋に来るなんて……」

「それは私のセリフだよ……どうしてゼストさんと一緒に居るの……?」

「だ、だって……様子が変だったから気になって……」

「……! お姉ちゃんも!?」

「ってことはフィーネも?」

「うん」


 なるほどね。心配で気になっていたのはフィーネも一緒だったわけか。

 さすが姉妹だ。


「そうだったんだ……お姉ちゃんもゼストさんのことが心配だったんだね」

「そうよ。だってあんなに落ち込んでる姿は初めて見たもん」


 そこまで落ち込んでいるように見えたのか……


「私も同じ気持ちだったよ。だから気になって見に来たんだけど……お姉ちゃんも居るなんてビックリだよ~……」

「そうね。どうせなら2人で一緒に来た方がよかったかもね」

「ふふっ。そうだね」

「あっ。そうだわ! せっかく揃ったんだし、どうせなら3人で一緒に寝ちゃう?」

「は?」


 とんでもないこと言い出しだしたぞ……


「お、お姉ちゃん!? 急になんてこと言うの!?」

「だってゼストのこと心配なんだもん。それにゼストだって不安で眠れなかったんじゃないの?」

「いやそういうわけじゃないんだけど……」

「もしかして嫌だった……?」


 そんな悲しそうなそうな表情で見ないでくれ……


「嫌じゃないけど………というかフィーネはいいのか?」

「わ、私は嫌じゃないです! 全然平気です!」

「ほらフィーネもこう言ってるじゃない。だからいいわよね?」

「え、あ、うん……」

「じゃあ決まりね! ほらフィーネもこっち来なさいよ」

「う、うん……」


 半ば強引な感じだったが、ラピスに言われるがままに3人でベッドに入ることなった。

 そうすると当然……


「…………やっぱり狭いんじゃないか? 部屋はみんなの分あるんだから一緒のベッドに使わなくてもいいだろうに。これじゃあ家を買った意味が無いだろ……」

「いいじゃん! 部屋は広くて落ち着かないのよ。このくらい狭い方がいいわ」

「もうお姉ちゃんったら……」


 左にはラピス、右にはフィーネが俺の腕に抱き着くようなサンドイッチ状態になっている。

 前にもこんなことあったな。


「そういや宿屋に泊まった時もこんな感じだったな」

「懐かしいわね。あの時の事はよく覚えているわ。あの時はすごく嬉しかった……」

「私も覚えています。もしゼストさんと出会わなければ、こうして安心して暮らすことも出来なかったですから……」

「そうね……」


 両腕から強く抱きしめられる感覚が伝わった。あの時の事を思い出して不安感に襲われたんだろう。

 もしかしたら2人は不定期にあの時のことを思い出していたのかもしれない。一緒に寝たいと言い出したのはそのせいかもな。

 だからこそ俺の様子がおかしいと感じた時、余計に気になったのかもしれない。

 うん。明日からは心配かけないように気分を変えよう。落ち込んでる場合じゃない。


 そんなことを思っている時だった。


「ゼストー。やっぱり気になるからちょっと話を――ってあれ?」

「なっ……リリィ!?」


 勢いよく入ってきたのはリリィだった。


「えっ!? リリィ!?」

「リリィさん!?」

「あれー? なんでみんな一緒なの?」

「え、あ、その……これは……」


 まさかリリィまで来るとはな。

 予想外な展開に2人もビックリしているし。


「これはね……その……ゼストが落ち込んでたから安心させようとして……」

「……ずるい」

「?」

「アタシもみんなと一緒に寝たい! 仲間外れなのは嫌だ!」

「え、ええええ!?」


 おいおい。これはまさか……


「ちょ、ちょっと待て! まさかリリィも同じベッドに入るつもりか!?」

「みんなと一緒がいい! だからアタシも一緒にここで寝る!」

「なっ……」


 待て待て待て。これ以上は無理だ。

 3人でもギリギリだってのに、4人はどう考えても人数オーバーだ。


「う、う~ん……あたしとしてはリリィが一緒でもいいんだけど……」

「やっぱりスペース足りないですよね……」


 ベッドで寝るのは諦めるしかないな。

 というわけで結局、床に布団を敷いて4人で寝ることになった。


 しかしリリィにまで心配されるとはな。

 ……うん。明日からは気持ち入れ替えて頑張ろう。

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