第99話:勧誘

 離れた所に居る人は見たことの無い男だった。

 そんな奴が俺達を見て叫んできた。


「なぁ。お前らも冒険者なんだろ?」

「……それがどうした? 何か用なのか?」

「やっぱりな。武器持ってこんな森に近づく奴なんて冒険者ぐらいだしな」


 明らかに怪しい男だったためか、皆も警戒しつつ男の方を見ていた。


「さっきから何が言いたいんだ? 俺達に何の用だ?」

「まぁまぁそう睨むな。何もしねぇよ。話がしたいだけだ」

「話? 俺達と?」

「ああそうだ」


 襲われても常に対処できるように警戒しつつ、男の話に耳を傾ける。


「単刀直入に言おう。おれ達の仲間にならないか?」

「……は?」


 出てきた言葉はあまりにも意外なものだった。

 これはさすがに予想してなかった。


「仲間って……どういうことだ? パーティに入れってことか?」

「いやいやそうじゃない。おれ達が所属している集団――『エンペラー』の一員になれって言ってるんだ」

「なっ……」


 エンペラーって確か、大規模な盗賊集団だとブライアンが言っていた。

 ということはつまり……


「ね、ねぇ……エンペラーって聞き覚えがあるんだけど。何だっけ……?」

「馬車が襲われた時に聞いたことあるよ! ブライアンさんが言ってた盗賊集団のことじゃない?」

「! ってことは……!」


 間違いない。視線の先に居る男も盗賊だってことになる。


「も、もしかしてアイツって悪い奴なのか!?」

「きっとそうよ! だって盗賊なのよ! あたし達を襲うつもりなんだわ!」

「! だったらアタシがぶっ飛ばしてやる!」


 リリィが大剣を構えて男の方を睨む。

 そんな光景を見たからか、男は少し焦り出した。


「おいおい。待ってくれよ。だから話がしたいだけなんだよ。襲うつもりはない」

「う、嘘よ! 油断させといて襲うつもりなんだわ!」

「襲うつもりだったら最初からやってるさ。話しかけたりせずに不意打ちすればいいしな」

「そ、それはそうだけど……」


 男が言ってることは一応筋が通ってはいるな。

 俺達に危害を加える気なら、姿を現す必要もないしな。それこそ警戒されてない時に不意打ちすればいい。

 となると……本当に勧誘がしたいだけなのか……?


「だろ? エンペラーは盗賊集団とか言われてるけどさ。別にやりたくてそんなことしてるわけじゃねーんだ」

「……どうだかな」

「それによ、お前らならおれらの気持ちを分かってくれるはずなんだ」

「へぇ?」


 賊の心理なんて知りたくないんだけどな。

 しかし、男は俺達を指さして話を続ける。


「お前らはさ……孤児院出身なんだろ?」

「…………」

「そ、それが何よ?」

「だったら尚更エンペラーに来るべきだ。お前らと同じような思いをした奴らがいっぱい居るぜ?」


 イマイチ話が見えてこない。

 孤児院出身だから賊がお似合いだとでも言いたいんだろうか。


「ど、どういうこと?」

「なぁ。こう思った事は無いか? 『理不尽だ』と……」

「理不尽……? 何が言いたいの……?」

「だってよ。孤児院出身ってだけでまともな職に就けない。どこへ行っても断られる。あるとしても奴隷に近いことをやらされる。納得いかないだろ?」

「…………っ!」

「その顔は経験したことがあるって表情だな? どうだ? 理不尽に思わないか?」


 初めてラピスとフィーネに会った時にことを思い出す。

 ロクに職に手をつけることが出来ず、仕方なく冒険者になったと言ってたっけ。孤児院出身というだけでまともに稼ぐことが出来ない立場なんだろうな。

 となればやれることは2つ。誰でもなれる冒険者となって稼ぐか、賊に堕ちるか。これぐらいしか選択肢が無いんだろうな。


 ラピスもフィーネも心当たりがあるのか、黙ってしまった。

 だが男の話は終わらない。


「おれも孤児院から出てきたからその気持ちはよく分かるぜ。まともに働こうとしてもどこも門前払い。孤児ってだけでどいつもこいつも見下しやがる……!」

「…………」

「だからといって惨めに乞食をしても野垂れ死ぬのが目に見えてる。ならばやれることは限られてくる。そうだろ?」

「まぁな……」

「となればやることは1つ。冒険者となって命がけで稼ぐことしかねぇ。お前らもそうだったんだろ?」

「う……」


 まさにラピスとフィーネに当てはまるパターンだった。


「不公平じゃないか? 何でおれらがそんな思いをしなければならない? 王や貴族共は何をしている? そんな惨めな思いをしているおれたちを何故見捨てるんだ?」

「別に見捨ててるわけではないじゃないか?」

「だったらどうしておれたちみたいな人間が後を絶たないんだ? 底辺に居る人間なんてどうでもいいと思ってる証拠だろうが!」

「そんなことは……」

「つまり王族共は最初から見捨ててるんだよ! 裕福な生活で良いものばかり食ってるくせに何もしようとしねぇ! 自分達さえよければどうでもいいと思ってる腐った連中ばかりなんだよ!」


 かなり感情のこもった叫びだった。

 怒りと憎しみが混じったような感情が伝わってくる。


「そんな腐った連中を野放しにしてるから、いつまで経ってもおれたちみたいなのが居なくならねぇんだ! だったら誰かが変えるしかねぇ! あんな屑みたいな奴らの目を覚ませるような存在が必要なんだ!」

「それがお前みたいな集団だと?」

「その通り! おれ達『エンペラー』ならやれる! 腐った連中を裁くために集まったんだ! 自分だけいい思いをして、おれ達を見下すような貴族共も同じように後悔させてやる! どうだ? お前らもエンペラーに来ないか?」


 なるほどなぁ。

 つまりこいつは革命者気どりってわけか。

 要するにエンペラーってのはテロリスト集団ってわけだ。その為に人材が欲しいってことなんだろうな。


「同じ冒険者ならこの気持ち分かるだろ? なら一緒に王族共を見返してやろうぜ!」

「たかが盗賊ごときがそんなこと出来るとは思えんけどな」

「ははは! そこらのチンケな盗賊団と一緒にすんな! エンペラーはちげぇ! あの方・・・なら国が相手でも勝機を見出せる! だからおれ達は集まったんだ!」


 すげぇ自信だな。国相手にケンカ売るってのに勝つ気でいやがる。

 というかあの方って誰だ?


「あの方が誰だか知らんけど、所詮は賊は賊だろ。どうせ丸め込まれただけだろ?」

「いいや違うね! そんな単純な話だったら、エンペラーはここまで成長してねぇよ! そろそろ千人は行きそうなぐらい集まってるんだ! おれですら、どれだけ集まってるか把握しきれてないからな!」

「せ、千人!?」


 たかが盗賊団に千人も集まってるのか。

 大規模な盗賊団とは聞いていたけど、本当にデカい組織だったんだな。


「チンケな盗賊団と一緒すんなって言っただろ! ここまで成長した集団は他に聞いたことあるか?」

「……さぁな」

「疑うならおれについてこい! お前らもあの方に会えば分かる! おれ達ならできるんだ! 国を……いや、世界を変えるんだ! おれ達みたいなのが安心して暮らせるような理想の世界を!!」


 こいつ本気で世界を変えられると思ってるのか。その自信はどこからくるんだろうな。

 あの方とやらがそれだけカリスマ溢れているのか、それとも相応の実力の持ち主なのか……


「お前ら全員エンペラーにこいよ! 仲間もみんな似たような境遇を味わってるし。なかなか居心地いいぞ?」


 さてどうするかな。

 ぶっちゃけ最初から断るつもりだったんだけどな。けどつい話を最後まで聞いてしまった。

 とはいえ、賊になる気なんて全くないが。

 これ以上は面倒事になりそうだし、さっさと終わらせるか。


「一応聞くが、皆はあんな奴の仲間に入りたいか?」

「嫌だ! 盗賊って悪い事してる人達なんだろ? そんな奴は大嫌いだ! 仲間になんてなるもんか!」

「リリィの言う通りよ! 確かに辛い思いはしたけど、盗賊になろうなんて思ったことは無いわ! 盗賊になるぐらいなら死んだ方がマシよ!」

「私だって同じです。犯罪者になってでも生き延びたいとは思いません!」


 答えは聞くまでもなかったな。

 ま、分かりきってたけど。


「というわけだ。俺達全員の意見は聞いての通り。盗賊になるつもりなど無い」

「なんだと……!」

「いくら説得しても無駄だ。何回聞かれても同じ返答しかしないからな。分かったならさっさと立ち去れ」

「…………」


 男の表情が徐々に不機嫌になっていく。

 そして周囲を見渡して大声を上げた。


「チッ! おいテメェら出番だ!」


 そう叫んだ瞬間、茂みからガラの悪そうな男達が次々と姿を現し始めた。


「そういうことなら容赦しねぇ。せっかく誘ってやったのに馬鹿な奴らだ。後悔しても、もう遅いからな!」


 やっぱりこうなるのか……!

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