第90話:☆折れた心

「……はっ!?」


 地面に転がっていたダイーザが勢いよく上半身を起こす。

 起きたばかりで現状を把握していないのか、キョロキョロと周りを見回した。


「し、勝負はどうなった!?」

「貴方の負けですよ! 何をやっているんですか! Dランクなんかに負けるなんて!」

「…………」

「ちょっと! 聞いてるんですか!? 貴方のせいでせっかくのミスリルを手に入れる機会が無くなったんですよ!」

「…………」


 ダイーザにはポイルの声が届いていないらしく、その場でボーッっとしていた。

 しかし何があったのか徐々に思い出してきたようで、ポイルに振り向いた。


「……なぁ。奴が何をしてきたのか説明できるか?」

「はい? 何を言っているのですか!? そもそも貴方が1人で転んだりしてただけじゃないですか! 相手は動いてすらいなかったというのに! これ以上どう説明しろと!?」

「他の奴からでもそう見えたのか……」

「さっきから何が言いたいんですか!?」

「…………」

「ちょっと!? 聞いているのですか!?」


 再びダイーザは黙りこくってしまう。

 もしかしたらダイーザだけ何かの幻覚を見ていたのかと思っての質問だったが、ポイルも同じ光景を目にしていたことで否定せざるを得なかった。


(つまり、誰にも奴の攻撃が見えなかったということになる……。じゃあ奴は何をしてきやがったんだ……!? そもそも本当に攻撃だったのか……?)


 考えれば考えるほど泥沼にハマっていく。

 今までにないタイプの相手だったためか、経験則が全く役に立たないことで答えを導き出せずにいた。

 さすがに一歩も動かず、正体不明の攻撃をする相手は初めてであった。


(…………ダメだ。オレには理解できねぇ……。これ以上は考えるだけは無駄かもな……。理解の範囲を超えてやがる……)


 もはや正体がつかめないと悟ったダイーザは、ゼストの攻撃方法を見出すことを諦めて別のことを考えることになった。


「……そうだ。確か奴はDランクとか言ってたな? あれは本当なのか?」

「そんなこと知りませんよ。向こうの自己申告ですからねェ……」

「そうだったな……」


 ゼストはランクを偽っていたのではないか?

 ……という発想に至るダイーザだった。


「まさかとは思うが、奴は嘘を言っていたんじゃねーか? 本当はAランク……ひょっとするとSランクもありえるんじゃねーのか?」

「何ですか急に。相手が虚偽のランクを申告してきたとでも言うんですか?」

「ああそうだ。その可能性は無いのか?」


 Dランクではなく、もっと格上のランクなら未知の攻撃をしてくることも納得できる。ダイーザはそのような考えに至った。

 むしろそのほうがダイーザにとっても都合がよかった。

 何故なら……


(オレがDランクなんかに負けるはずがねぇ。奴はもっと上のランクだったに違いない)


 という、負けた自分への言い訳にもなるからだ。

 しかし……


「それはありえませんね」

「な、何故だ!? どうしてそんなハッキリ言い切れる!?」

「だってメリットが全くありませんからねェ」

「そうなのか……?」

「はい。少なくとも、私なら絶対にしませんね」


 自信たっぷりで言い切るポイルだった。

 そんな態度にダイーザは納得のいかない表情で見つめていた。


「教えてくれ。どうしてそう断言できるんだ?」

「簡単です。嘘をつく理由がないからですよ。仮にAランクとかだったとしたら、普通に言えばいいだけです。わざわざ自分の評価を下げてまで嘘をつく必要はないでしょう?」

「それはそうだが……。だがもし、オレと同じBランクだったとしたら?」

「同じですよ。それだけの実力を持っているなら、そのまま伝えたらいいだけです。ランクを偽ってでも自分を弱く見せる必要が無いでしょう?」

「あ、ああ……」


 ポイルの自信ありげな態度に納得するしかないダイーザ。


「それに加え、相手も専属契約している身です。そんな人がランクを偽っていると知れたら、信用が無くなるだけですよ」

「そうだったな……」

「無名の弱小商会だったならともかく、名の知れたディナイアル商会ですからねェ。ランクを偽るような卑怯な真似をするメリットが一つもありません。そもそもそのような方と契約しないでしょうから」

「そうか……」


 もはやゼストがDランクなのは疑いようがない事実であった。反論の余地もなく、ダイーザも黙っていることしか出来なかった。


「これで分かりましたね? 相手は間違いなくDランクなんですよ。それなのに何もせずに負けるなんて愚の骨頂としか言いようがありません」

「…………」


 Dランクだということは間違いないと判明したが、やはり納得は出来ていなかった。


(奴がDランクだって? そんな馬鹿な。あんな恐ろしいDランクが居てたまるかよ……!)


 もしかしたら自分より上のランクだったのなら、まだ納得のいく敗北が出来たのかもしれない。

 もしくは、分かり易く相応の実力を見せつけてきてもいい。それならハッキリと相手の方が上だと納得できるからだ。


 だが今回は違った。まさに異例の戦いであった。相手の手の内が一切不明なのだ。

 ゼストはただ単に立っていただけ。何もしていない。いや正確には何かをしていたはずだが、それらは正体不明だった。


(これじゃあ……暗闇の中で戦っていたようなものじゃねーか……)


 相手の姿が見えているのに、攻撃手段が何も分からない。

 まさに暗闇での戦いと言っても過言ではない状況であった。


(あんな化け物がDランクなのかよ……ふざけんじゃねぇ。絶対に間違っている。もっと上のランクいけるはずだろうが。Dランクなんかに収まる器じゃねーよ。奴は一体何なんだよ……)


 ダイーザのゼストへの印象は不気味……ただただ不気味であった。

 Sランクのような凄みは無く、かといって自分よりも下のランクにも思えない。

 評価が非常に難しいゼストは、不気味としか言いようが無かった。


「聞いているのですか? まだ間に合います。今からでも再戦を挑んで来なさい!」

「……な、なんだと?」


 突然の発言に困惑するダイーザ。


「見たところ転んだ傷もほぼ無いみたいですし、まだ戦えるでしょう? なら今度こそ相手を仕留めてきなさい!」

「だ、だが……」

「始まる前は威勢がよかったじゃないですか! あれだけ豪語したんだからまだやる気はあるでしょう? だったらその調子のまま挑んで来なさい!」


 もはやダイーザは戦う気力は無かったが、ポイルはそんなことにお構いなしに怒鳴りつけてくる。


「そ、そんなにミスリルが大事なのか……?」

「これはそういう問題じゃないんですよ! 最悪、ミスリルが手に入らなくなっても構いません!」

「だったらどうして……」

「このままだとスポール商会の信用に関わるんですよ! Dランクなんかに負けたと知られたら信用ガタ落ちに決ってるじゃないですか!」

「…………」

「そうなったらミスリルどころの話ではありません! 当分の間は同業者から下に見られるに決っています! そうなると交渉もかなり不利になるんですよ!」


 もはや戦意喪失しているダイーザにとって、再戦する気は全く無いに等しかった。

 そしてある決心をする。


「これでも貴方のことは買っているんですよ! だからこの勝負を提案したんです! せめて相打ちだったのならまだマシ――」

「……オレはもう……降りる」

「はい?」


 ダイーザの言葉が理解出来なかったのか、キョトンするポイル。


「どういう意味です?」

「もう……奴とは戦わない……」

「もしかして調子が悪かったのですか? だったら最初からそう言ってくれれば……」

「違う。今後は奴と戦うつもりはない。いや、もう関わるつもりもない」

「な、なんですって!?」

「いつかまた遭遇した時に再び相手をしろと言われるぐらいなら……もう止めだ。ここでお別れだ」

「ええええええ!?」


 予想外だったのか、ポイルはその場から飛び上がりそうなぐらい驚いていた。


「そ、それってつまり……契約解除ってことですか?」

「ああそうだ。もうお前とは組む気は無い」

「な、何を言っているんですか!? 1回負けただけで大げさですよ! なのに専属契約をやめるだなんて……」

「そういう問題じゃねーんだよ。分からないのならもういい。オレはもう去る」

「ちょ、ちょっと!」


 ダイーザはその場から立ち上がり、斧を担いで街とは違う方向に向いた。


「じゃあな。ここでお別れだ。もう会うことは無いだろうけど……」

「ダ、ダイーザ! 待ちなさい! まだ話は終わってないんですよォ!」


 ポイルの叫び声を無視し、ダイーザは歩き出した。

 その後も振り返ることなく、遠く離れていき姿が見えなくなっていった。


「ま、まさか……こんなことになるなんて……。ダイーザはAランクに匹敵するほどの実力を持っていて扱いやすかったのに……」


 実力も確かで成長も見込めたダイーザを失うのは、ポイルにとっては大きな痛手であった。


「くぅぅぅぅぅ……! ディナイアル商会……! 覚えておきなさいよォォォォ……!」


 1人残されたポイルの歯ぎしりの音がその場で鳴り続けるのであった。

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