第89話:☆正体不明の攻撃
ダイーザは斧を構えたままゼストを凝視する。ゼストは武器を持たずに、腕を組んで立っているだけだった。
「触れることなく倒せるとか言ってたな? 全く笑わせてくれるぜ。そんなこと出来ると思っているのか?」
「…………」
「遠距離攻撃だけで勝てると思ってるなら大間違いだ。それを今から証明してやる!」
ダイーザはゼストを睨んで足に力を入れた。
「さぁ行くぜ! 覚悟しな!! 触れたくないならこっちから触りに行ってやるよ!」
そして地面を蹴ってゼストに向かって走ろうとした。
だがその瞬間――
「!? うおっ!?」
勢いよく前のめりになったのだ。そしてそのまま転んで体が叩きつけられ、その勢いで頭からスライディングするかのように地面を滑り込んだ。
「いててて……」
「……ぷっ」
そんな光景を見てラピスが笑い始める。
「あっはっはっは! 何いまの!? 派手に転んだわねー! 見っともない!」
「ちょっとお姉ちゃん……失礼だよ……ふふふっ」
「なによフィーネだって笑ってるじゃない!」
「だ、だってぇ……ふふふっ」
2人の笑い声に顔を赤くしていくダイーザ。
「おいおい。そんな慌てるなよ。別に俺は逃げたりしないっての」
「だ、黙れ! ちょっと転んだだけでイチイチ騒ぐんじゃねぇ!! くそっ!!」
その場ですぐに立ち上がり、自分の足元を確認した。
(しかしおかしいな。オレは何につまずいたんだ?)
ダイーザは足元を見てみるが、つまづくような物は何も見つからなかった。小石一つ落ちてないのだ。
辺りを見回しても突起物のような物体は確認できなかった。
(……まぁいい。ちょっとばかし恥をかいたがすぐに挽回してやる!)
軽く体を叩いた後、斧を構えてゼストの方向に向く。
(予定変更だ。3回の攻撃で終わらせるつもりだったが、一撃で仕留めてやる!)
そして再び向かって走ろうとする。
しかしその瞬間――
「なっ……!?」
またもや前のめりになって転びそうになってしまう。
しかし今度は注意していたので受け身を取ることが出来た。
(やはりおかしい! 足に何か当たったような感触があったぞ!)
すぐに足元を確認するが、やはりつまづくような物は何も無かった。
どれだけ探しても怪しい物体を発見することは出来なかった。
(ってことは……奴の仕業か!)
怒りを露わにしてゼストに振り向く。
「てめぇ! オレに何をしやがった!?」
「? 何の話だ?」
「とぼけんな! これはてめぇの仕業だろう!? セコいマネしやがって!!」
ゼストは軽くため息をついた後にダイーザを睨む。
「何を言ってるのか分からないが、俺は何もしてないぞ?」
「ふざけんな! どう考えてもてめぇの仕業だろ! 正直に言え!」
「何もしてないっての」
「嘘をつくんじゃねぇ! オレを転ばせて恥をかかせようってのか!? そんなチンケな野郎だとはな! まともに戦いやがれ!」
しかしゼストは表情を変える事なく淡々と続ける。
「だから、俺が、何をしたんだって、聞いているんだ。答えてみろよ」
「ぐっ……そ、それは……」
明らかにゼストが怪しいが、証拠は何も無い。何をされたのかすら不明なため、ダイーザは黙ることしか出来なかった。
(間違いなく奴の仕業だ! オレが転んだ時も表情一つ変えなかったからな。つまりそれは、オレが転ぶ事を予め分かっていた証拠だ!)
だがいくら考えても何をされたのか不明のままだった。
「ちょ、ちょっと! ダイーザ! 真面目にやりなさい! これはスポール商会の名誉もかかっているんですからねェ! 相手はDランクなんですよ! 貴方ならすぐに決着つくはずでしょう!?」
「うるせぇ外野は黙ってろ!! イチイチ騒ぐんじゃねぇ!! 殺すぞ!!!!」
「ひいっ……」
ダイーザの大声に萎縮して黙るポイルであった。
そんなことも気にせずにダイーザはすぐに立ち上がり斧を構える。
「お前が何をしたのか知らんが、こっちだっていくらでもやりようがある。遠距離攻撃が出来るのはお前だけだと思うなよ!」
「…………」
そして斧を握ってゼストに向かって体勢を整える。
「死んでも後悔するなよ! 食らえ! アックスブ――ぐほっ!?」
今度は後ろ方向に吹き飛び、そのまま背後から地面に落下した。
(な、何だ今のは!? 腹に衝撃があったぞ!?)
ダイーザは上半身を起こし自分の腹の部分を見つめる。だが何の痕跡も無かったのだ。
(これも奴の仕業か……!? くそっ! どうなってやがる!? 奴はどんな攻撃をしてきてるんだ!?)
今までに経験したことのない現象に焦りを見せるダイーザ。しかしいくら考えても何をされたのかすら不明だった。
(このままだと奴の言う通り、触れずに決着がついてしまう! どんな攻撃を仕掛けてくるのかと思ったが、こういうことだったのか!?)
ダイーザも勝算も無く勝負を挑んだわけではない。これまでにも何人のも冒険者達と戦って勝ってきたし、それだけの自信はあった。
例えどのような相手だろうが、すぐに対応して勝ち筋を見出してきた。
(どんな攻撃だろうが対処できる自信はある。だが攻撃そのものが分からないのでは対処のしようがない……!)
ゼストを睨んでみるが、試合が始まってから一歩も動いでおらず、腕を組んで立っている状態から変化はない。
ダイーザが転んだり後ろに倒れても、表情は変わることは無かった。
(何かのスキルを使っているならその兆候があるはず。だが奴はそんな素振りは一切見せていない。動いてすらいないからな)
何度考えても未知の攻撃に対しての対処法が思いつかず、焦りが満ちていくばかりであった。
だがそんな時、ふと何かを思いつく。
(……いや待てよ? もしかして奴は近づかれたくないんじゃないか?)
開始前にゼストが言っていた予告を思い出す。
(触れずに倒すとか言っていたが……逆に考えればそれしか手段は無かったんじゃねーのか?)
ダイーザは受けた攻撃を思い出す。それらはどれも軽いものであり、ダイーザに対してダメージはあまり無かった。
(そうだよ。どれも大した攻撃じゃなかった。そうやってチクチク攻撃してくるのが奴のやり方なんじゃないのか? そうやって戦意喪失させるのが狙いか!)
勝ち筋が見えたことで、冷静になっていく。
そしてゆっくりと立ち上がった。
(そうだよ焦る必要は無かったんだ。奴は近づかれるのを恐れていたんだ。ならば確実に近づいてやる。どの攻撃も不意打ちだったから転んだりしたんだ。しかし予め、攻撃が来ると分かっているのなら簡単だ。全部耐えてやる。オレならあの程度耐えられるはずだ!)
どの方向から攻撃されても耐えれるように警戒し、全身に力を入れていく。例えどこから攻撃されてもフラつかないように、足を少し広げる。
勿論、足元の警戒も怠らない。
「本番はこれからだ。もうあんなチンケな攻撃は通じねぇよ。いくらでも攻撃するがいい。どんな攻撃だろうが耐えてやる」
「…………」
「行くぜ!!」
そして一歩踏み出す。その一歩は踏みつけるかのようにドスンと音がした。
スピードを捨て、確実に前進するためにゆっくりとした動作だった。
力が入っているためか、足が少し地面にめり込んでいた。
(もう転んだりしねぇ。どこからでもかかってこい。そして確実に近づいてやる。そして奴が逃げようとして背後を見せたら――それが奴の死ぬ時だ)
さらにもう一歩進もうかと思っていた時だった。
「…………!? ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
突然ダイーザが叫び出し、頭を抑え込んだのだ。
「い、痛ぇ! 痛い痛い痛い痛い痛い!! がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
斧を持っていた手も離し頭を押さえるダイーザ。
(何だこれは!? くそ痛ぇ! あ、頭が割れそうだ!! どうなってやがる!?)
そして痛みに耐えきれず、膝から崩れ落ちる。
(くそっ……何なんだこの攻撃は……!? 訳が分からねぇ……! 頭が死ぬほど痛い! だ、ダメだ……痛すぎて立ってられねぇ……!)
ついに地面に倒れそのままうずくまってしまう。
(これは何なんだ……!? 奴はオレに何をしたんだ……!? 全く分からねぇ……! これもオレの知らないスキルなのか……? も、もう無理だ……意識が……遠のいていく……)
痛みのあまり思考能力が奪われ、どうすることも出来なくなっていた。
(チクショウ……オレは……一体……何を……されたんだ……)
意識を失う間際にゼストを見る。
だが最後まで、ゼストは動きを見せることは無かった。
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