第87話:強情な獣人

 獣人の男は俺の事をジロジロと睨んでくる。


「おい答えろよ。お前が本当に死神を倒したのかって聞いてるんだ」

「ああそうだ。それがどうした?」

「……フンッ。嘘を付くんじゃねえ。お前みたいな弱そうな人間が倒せるわけねーだろ」

「というか誰なんだよ。いきなり割り込んでくんなよ」


 ポイルって奴のすぐ隣に立っているし。まぁなんとなく察しは付くけどな。


「オレか? オレはダイーザってんだ」

「こちらはスポール商会と専属契約した方です。貴方と違ってBランクの冒険者なんですよ。実力は本物です。Aランクになるのも時間の問題でしょう」

「オレはBランクなんざに収まる器じゃねーんだ! すぐにSランクまで登り詰めてやるぜ! ガハハハ!」


 何やら自信たっぷりな様子。その自信はどこから来るのか知らんけど。


「それで? ダイーザとやらは俺にイチャモン付けたいだけなのか?」

「そうじゃねぇ。嘘をつくならもっとマシな嘘を付けってことだよ。お前みたいな弱っちい人間が死神を倒せるわけねーだろ」

「んなもんやってみないと分からないじゃないか。それともお前は出来るのか?」

「オレなら死神だろうが何だろうがぶっ殺せるぜ! 元よりそのつもりだったんだからな!」


 だからその自信はどこから来るんだよ……


「お前みたいなひ弱な人間と違ってオレは獣人だからな。実力もそれだけ違うってことだよ。分かったか?」

「そりゃ性能スペックは違うかもしれないけど。高くても実力があるとは限らないだろうが。パワーだけあってもどんな敵も倒せるとは限らんよ」

「ガハハハハ! オレのパワーを知らないからそんなことが言えるんだ。どんな奴だろうが粉砕してみせるぜ!」


 ……ダメだこいつ。思考がリリィに近いかもしれん。


「それは違うぞ! 全力でぶっ飛ばしても死なない奴も居るんだからな!」


 と思ったらリリィまで参戦してきた。


「あん? なんだお前?」

「アタシだってどんな奴でもぶっ飛ばせると思ってたんだ。でもそれは間違ってた。力だけでは倒せない奴はいっぱい居るんだぞ! それをゼストが教えてくれたんだ!」

「はぁ? 何を言ってるんだ? このおっぱいのでけぇ姉ちゃんは何なんだ?」

「こいつは俺の仲間だよ」

「フンッ。こんなスタイルのいい女連れてるとはいい身分だなおい。…………いや待て」


 するとダイーザはリリィのことをジロジロを眺めてくる。

 そして何かに気づいたようだ。


「お前もしかして……竜人族か?」

「そうだ! アタシは竜人だぞ!」

「ほぉ! これは珍しい! まさかこんな所で竜人族と出会えるとはな!」


 ダイーザの興味はリリィに向いたようで、俺を無視してリリィの元へと近づく。


「そうか分かったぞ。このおっぱいのでけぇ姉ちゃんが死神を倒したんだな?」

「へ?」

「竜人族が死神を倒したのなら納得だ! おかしいと思ったんだ。ひ弱な人間なんかが勝てるわけがねーからな!」

「な……」

「ということはこの姉ちゃんがリーダーって訳だ!」


 おいおい。こいつはいきなり何を言い出すんだ。なんでそうなる。

 勝手に決めつけて勝手に納得してやがる。


「ち、違うぞ! アタシじゃない! 倒したのはゼストだ!」

「ハハハ! 随分と仲間思いじゃねーか。別に庇う必要はねーんだぞ?」

「そうよ! 倒したのはゼストよ! あたしだってこの目で見たんだからね!」

「私だって見ました! 間違いないです!」


 今度はラピスとフィーネまで割り込んできた。

 どんどん話がややこしくなっていく気がする……


「フンッ! 仲間の証言なんか信用できるかっての。女ばかり連れているのはこういう時のためか?」

「だから違うって言ってるでしょ! 嘘なんてつかないわよ!」

「本当に倒したんですよ! ゼストさんが一番強いんです!」

「そんなに信じないならアタシが相手になってやる!」


 リリィが今にも殴りかかってきそうな気迫でダイーザに迫る。


「いいぜ。竜人族とは一度手合わせしたいと思っていたんだ。どっちが上のかハッキリさせようじゃねーか!」

「ああいいぞ! 全力でぶっ飛ばしてやる!」


 …………そろそろ止めた方がいいなこれ。収拾付かなくなってきたし。


「はいストップ。お前ら落ち着け。どんどん話がズレてきてるぞ」

「でもこいつが……」

「リリィも落ち着け。ここは俺に任せろ。な?」

「……ゼストがそういうなら」

「そうね……あたしも熱くなっちゃったわ」

「ごめんなさい。ゼストさんの悪口を言ってたのでつい……」

「ふむ……」


 そんな時だった。ずっと眺めていたポイルが何かを思いついたらしく、声をあげてきた。


「ちょっといいですか? 丁度この場に専属契約者が揃っていることですし。どうせなら2人が戦って決着つけるというのはいかがですか?」

「な、なんだと……!?」

「こういう時のための専属契約でしょう? ならば今こそ役目を果たす時では?」

「そ、それはそうだが……」


 ポイルは自信たっぷりな態度で言い放った。それに対してブライアンはあまり自信が無さそうだった。


「ガハハハハ! そりゃいい! オレも死神と戦う前に暴れたかったところなんだ! 準備運動には丁度いい!」

「俺も賛成だ。その方が手っ取り早くていい」

「決まりだな!」


 このダイーザという男の実力はあるようだ。

 獣人は竜人よりもパワーは劣るものの、ステータスの伸びしろがいい。同じ条件で戦うとなれば苦戦は避けられないだろう。

 あくまで同じ条件であればという話だけど……


「し、しかし……ゼスト殿はいいのか? 相手はなかなかのやり手だぞ……」

「構わないよ。専属契約したんだから少しは役に立たないとね」

「そ、そうか……すまないな。こんなことに巻き込んでしまうような形になってしまって……」

「では決まりですねェ!」


 ポイルはゴホンと咳をした後に続ける。


「スポール商会からはダイーザ、ディナイアル商会からはゼスト。勝負に勝った方がミスリルを手に入れられる。これでよろしいですね?」

「ああ。それでいいだろう」

「よろしい。では始めましょうか。ここでは迷惑なので、街の外でやりましょう」

「そうだな! こんな狭い所では暴れにくいからな!」


 ふーむ。普通に戦ってもいいが……

 …………よし。ここは……


「ちょっと待ってくれ」

「何だ? 今さら怖気づいたのか?」

「そうじゃない。トイレに行きたいんだ」

「おいおい。まさか逃げる気じゃねーだろうな?」

「んなわけあるか。ただの生理現象だよ。それともそれすら待てないのか?」

「…………チッ。早く行ってこい!」

「はいよ」


 そして俺はトイレに行くためにこの場から1人で離れることになった。

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