第72話:〝死神〟
「し、死神……!?」
予想外の言葉に驚いてしまう。
死神というワードにラピスも反応して身震いした。フィーネも怖くなったのかラピスの腕に密着するぐらい近づいている。
「死神って……本当にそんなの居るの……?」
「そう呼ばれているだけですよ。具体的な正体が判明していないんです」
「正体が分からない? もしかして人だったりするの?」
「それすらも不明です。人なのかモンスターなのか誰にも分かりません」
それを聞いたラピスが顔を青ざめながら喋り出した。
「ね、ねぇ。いくらなんでも大げさじゃないの? 死神だなんてそんなの居るわけないじゃなの!」
「僕が言い始めたわけではありません。運よく逃げ出せた人が死神と表現したという噂です。それが広まったせいで他の方も死神と呼ぶようになりました」
「じゃ、じゃあそう見えるだけのモンスターってこと?」
「かもしれませんね」
「ほっ……」
それを聞いて安堵した様子のラピス。
恐らく幽霊みたいな存在だと思ったんだろうな。
「ならやっつけちゃえばいいじゃないの。邪魔なんでしょ?」
「勿論、排除しようと考えました。ところがそう簡単にいきませんでした。何人もの冒険者達が討伐するべく挑んだのですが、全員帰って来ませんでした」
「そ、それってまさか……」
「恐らく……いや、間違いなく返り討ちに遭ったんでしょうね。討伐から帰ってきた人の姿を見たという証言は全く聞きませんですから」
「そ、そんな……」
ラピスは再び青ざめ始めた。コロコロと表情が変わって忙しいやつだ。
「Aランク相当の冒険者すら討伐に失敗したという噂もあります。なので、もしかしたらSランク相当の相手かもしれません……」
「そんなに強いんだ……」
「ですから誰も手が出せないんですよ。幸いな事にその場から離れて行動するようなタイプではないようです」
地縛霊みたいにその場に留まって邪魔してくるってことか。
なんとも迷惑な存在だな。
「じゃあ近寄らずに迂回すればいいんじゃないの? 危ないと分かってるなら近づく必要もないでしょ」
「迂回するとなるとかなり遠回りする必要があるんですよ。あの辺りは広い山岳地帯になっているんです。死神を避けて通ろうとすると山を越えなければなりません」
「山登りするのは嫌だろうしね」
「当然馬車が通れるような道も存在しません。仮に山を迂回するとなった場合、何倍のも時間と労力が必要になるんです。道中も安全というわけではありませんからね」
山を迂回するとなると、今度はモンスターの巣窟である森を通る必要になるんだっけか。あの辺りはそんな地形だった気がする。
「そこで山岳地帯に唯一、反対側に通じる洞窟を通るわけです。東側へ行くにはその洞窟を利用するのが常識です。馬車も通れるように整備されて、早くて安全ですからね」
「ということはその洞窟に……?」
「そうです。その洞窟に死神に現れたんです」
つまり、東側と行き来する為の洞窟を通せんぼしているのが死神ってわけか。唯一の通り道を塞がれたんだから、被害は予想以上に大きいんだろうな。
山登りも地獄。迂回するのも地獄。洞窟をいくのも地獄。
そのせいで東側との物流が途絶えて八方塞がりという状態なのか。
「このような状況ですから、素材が届くのは当分無いと思います。ご期待に添えられずにすいません」
「いやいや。レオンさんは悪くないよ。その死神ってのが悪いんだから」
「商人としてはこのようなことは避けたかったんですがね……」
そういって大きくため息をついた。余程悔しいんだろうな。
「その代わりに他の防具ならありますから、そちらをご覧になってはいかがですか?」
「…………」
「ゼストさん?」
死神……ねぇ………。
実はと言うと思い当たる節はある。しかし俺の知っているやつと同じとは限らない。
もしかしたらあのモンスターなのか……?
気になる……
「あの……どうかしましたか?」
「……ああいや。何でもない。ちょっと考え事してたんだ」
「そうですか。それでどうしますか? 防具は他にもありますから見ていきますか?」
「…………」
…………
…………よし決めた。
「ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」
「はい。何でしょう?」
「死神が居る所まで案内してくれないか?」
「……はい?」
面食らったような表情で見つめてくる。
だが構わず続ける。
「その死神ってのを退治してくるよ」
「は、はぃぃぃ? 正気ですか!?」
「もちろん正気さ。だってそいつが原因で困ってるんだろ? いつまでも放置していくわけもいかないだろうしな」
「それはそうですが……」
「ちょっとゼスト!」
ラピスに腕を引っ張られて2人の側まで寄せられてしまう。
「話聞いてたの!? 死神よ死神! そんな危ない奴と戦うことないじゃないの!」
「私も不安です……。もしゼストさんの身に何かあったら……」
「大丈夫だって。負けるつもりなんてないよ。それに少し気になるしな」
「気になる……?」
もし本当に俺が知っている死神と同じだったら不可解なことになる。
だってその場所に存在するなんて
だからこの目で確かめてみたかった。
「あの、いいですか? お気持ちは嬉しいんですが、無理して討伐する必要はありませんよ?」
「でも困ってるんでしょ? だったら誰かが倒さないと現状は変わらないよ」
「だからと言ってゼストさんが出向く必要はありませんよ。僕としても専属契約出来た方をいきなり失いたくは無いんですが……」
「大丈夫だって。本当に危なかったら逃げればいいし。そもそも負けるつもりはないけど」
「…………」
レオンさんは深く考え込む。営業スマイルも無く真剣な表情だ。
そして少し考え込んだ後に話し始めた。
「……では、お願いできますか?」
「ああ。任せとけ」
「実は東側に届けたい物資があるんですよ。死神が現れてからうまくいかずに諦めていたところなんです。可能なら物資を運ぶ馬車に同乗して頂けませんか?」
「つまり護衛しつつ、死神も排除しろってことだな」
「そういうことです。報酬もその分、上乗せしますのでご安心ください」
「分かった。期待して待ってな」
これはラピス達には少し荷が重いかもな。念のために俺一人で行くべきだろう。
そんなことを考えていると、ラピスに腕を引っ張られた。
「ちょっと! 本当にやるつもりなの!? 相手は死神なのよ!?」
「だから本当に死神かどうか分からんだろ。それを確かめる為にも直接会いに行くんだよ」
「で、でも……」
「今回は俺一人でいくつもりだし。ラピス達は家で待機してていいぞ」
「え!? 一人で行く気なの!?」
というか最初から一人で請け負うつもりだった。
相手が正体不明な以上、ラピス達を危険に巻き込みたくない。
「しばらくの休暇ってことで家で待ってていいぞ。たぶん何日か掛かるだろうし」
「で、でも……いきなり言われても……」
「私は付いていきます」
「えっ!?」
フィーネの発言に驚いて振り向くラピス。
というか俺も驚いた。
「フィーネ!? どうしたの!? 付いていくって本気なの!?」
「私だって役に立ちたいんです。もしかしたら足手まといかもしれませんけど……。それでも一緒に戦いたいんです!」
「フィーネ……」
まさかこの子がそんな積極的に来るとはな。
性格的にこういったことには首を突っ込まないタイプだと思ってんだけどな。どういう心境の変化なんだろう。
「んー。別にいいけどさ。マジでいいの? 相手は手強いかもよ?」
「それでも一緒に戦いたいんです。私も強くなりたいですし……」
「…………」
そんなフィーネの態度を見てからラピスも諦めたかのようにため息をつく。
「しょーがないわね。あたしも付いていくわよ。フィーネのことが心配だもん」
「お姉ちゃん! ありがとう!」
「それに……」
「? 俺がどうかしたか?」
「な、ななな何でもないわ!」
顔を背けるラピス。
なぜ俺のことを見つめてきたんだろうか。
……まぁいいか。
「ではお決まりですね。こちらも準備がありますので、明日にまた家にお伺いしますね」
「頼んだ」
リリィにはまだ伝えていないが、あいつは勝手に付いてくるだろう。
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