第69話:専属契約

 2人で家の中に入ると、すぐにラピスが俺達を見て少し驚いていた。


「!? どうしたの? その人誰?」

「初めまして。僕はレオンと申します。ゼストさんに専属契約について伝える為にお邪魔させて頂きました」

「……?」

「あーすまん。ちょっとこの人と話があるんだ。詳しくは後で話すから3人はしばらく待っててくれないか」

「わ、分かったわ……」


 ラピス達は移動して少し離れたところに座った。

 俺は机の近くの椅子に座り、レオンさんも対面に座った。


「では改めて名乗らせて頂きます。僕はディナイアル商会代表のレオンと申します」

「それで。わざわざここまで出向いたのは専属契約がしたいと?」

「そうです。僕から直接お話したいと思っていました。これから内容について説明させて頂きます」


 そして一呼吸置いた後、笑顔のまま話始めた。


「専属契約については先程伝えた通りの認識で構いません。なので契約することのメリットについてお話したいと思います」

「装備品を作ってくれるんだっけ?」

「それもありますが、一番のメリットは報酬の増額だと思います。今までは素材を冒険者ギルドに一任していましたよね?」

「うん」

「その時に査定も任せっきりだった思います。そこで専属契約をして頂けたら、それらも僕達の商会が査定を行います。冒険者ギルドで提示された金額よりも、多めにお支払いできるかと思います」


 ほうほう。単純に収入が増えるって訳か。それは確かにありがたい。


「100%多くなるという保証は出来ませんが、少なくとも冒険者ギルドよりも少額になる可能性は無いという自信はあります」

「へぇ。大した自信なんだな」

「まぁこればかりは信用して頂くしかありませんが……」


 そういって少し自嘲気味に笑った。


「あと加えて希少価値の高い素材が手に入った場合の手続きも、こちらで全て引き受けます」

「珍しい素材ってこと? 手続き?」

「査定に時間が掛かるような貴重な素材が該当しますね。こういった素材は値段の算出に時間が掛かるんです。相場があって無いようなものですからね。この手の素材はトラブルの元になることが珍しくないんですよ」

「へぇ……」

「もしかたらゼストさんも経験があるかもしれませんね」

「……!」


 あっ。思い出した。以前グレートボアを倒した時のことだ。

 あの時は査定に1時間ぐらいかかってた気がする。珍しい素材だとあのくらい待たされるんだろうな。


「そういった素材はオークションなどにかけられるケースが多いですね。無論、そういう手続き等も全て僕達が引き受けます。少々時間を頂きますけどね」

「…………」


 これは良いことを聞いた。

 グレートボアの時は酷い目にあったからな。何処から聞きつけたのか、商人達にハイエナの如く群がられたんだっけか。もう二度とあんな経験はしたくない。

 しかし専属契約すればああいう面倒事は避けられるってわけか。

 なんかこれが一番のメリットだと思えてきた。


「但し、素材は定期的に納品して頂く必要があります。長期に渡って品が手に入らないとなると、専属契約した意味がありませんから」

「それはそうだな」


 これは当然とも言えるな。何のための専属だって話になるしな。

 何でもいいから日頃から成果を出せってことだな。


「後は僕から依頼をすることもあると思います」

「依頼? それは冒険者ギルドの依頼とは違うの?」

「冒険者ギルドを通さず直接依頼するほうがスムーズに進みます。まぁこれに関しては拒否することも可能です。出来れば引き受けて欲しいですが。勿論、報酬は出しますのでご安心下さい」


 拒否は出来るが、何度も拒否すると心情は悪化するだろうな。

 強制に近いお願い……ということか。


「重要な説明はこれくらいですかね。これ以外にも細かな取り決めはありますが、その時にまたお話します」


 ふむふむ。大体分かってきた。

 メリットとデメリットを上げるとこんな感じだろうか


 ・メリット

 収入が増える

 高価な素材を売る時の面倒事が無くなる

 装備品の入手しやすくなる


 ・デメリット

 定期的に成果を出す必要がある

 ほぼ強制の依頼を出してくることがある


 こんなところか。


 さてどうしようか。俺としては文句は無い内容だ。このまま専属契約するのも悪くない。

 しかしどうしても1つだけ疑問に思うことがある。こればかりは聞いておかないと納得できない。


「1つ聞きたいんだけど」

「なんでしょう? お答えできる範囲ならお答えしますよ」

「何で俺なんだ?」

「と言いますと?」

「俺はまだDランクの冒険者だ。こんな俺よりも優秀な人なんて山ほどいるだろ? それこそAランクやSランクの連中に声を掛けたらいい。なぜよりにもよって俺を選んだんだ?」

「…………」


 目の前のレオンとかいう人は初対面だ。どこかで接点があるわけでもない。

 もしかしたらグレートボアの騒動の時に居たかもしれないが、それだけで俺と専属契約する動機としてまだ弱い気がする。

 今はまだDランクだからな。それなら実力が証明されているSランク冒険者のほうが信用できるはずだ。俺を選ぶ理由が見当たらない。


 なぜ俺なんだ?

 これだけはどうしても納得のいく理由が思い浮かばなかった。


「……少し話は変わりますが、面白い噂を耳にしたんです」

「噂?」

「とある闘技場での噂です。そこで優勝経験者を倒しただけでなく、元Sランク冒険者をも打倒した人が現れたらしいんです。しかもその人は無名のEランク冒険者だったようです」

「…………それが何か?」

「ゼストさんも同じEランクだと思いましてね」

「俺はDランクなんだけど?」

「そうでしたね」


 ニコニコと営業スマイルを崩さずそう言い放った。

 こいつ……俺がその噂の人と同一人物だと分かった上で話してきやがったな。さすが商人。色んな情報をもってやがる。

 なるほどね。俺に関しては入念に調査した上で接触してきたってわけか。


 俺を選んだ理由は分かった。

 だがそれでも、動機としてはまだ弱い気がする。だって単に強い人だけを求めてるなら、それこそSランク冒険者でいいってなるわけだし。あえて格下ランクの奴を選ぶ理由は無い。

 まだ何か隠しているような気がする。なんとなくだがそんな予感がある。

 それほどまでに俺に固執する理由はなんだろうか。


「他に理由は無いのか? 本当に俺でいいのか? まだ言いたいことはあるんじゃないのか?」

「………………」


 俺が言った途端、レオンさんの笑顔が少し崩れた。

 そしてしばらく何か考えた後に話始めた。


「そう……ですね……。本当の理由を言うと笑われてしまいそうなので黙っているつもりだったんです」

「いきなり笑ったりしないよ。内容次第だけど」

「そうですか。それなら一番の理由をお話します」


 そういって一呼吸した後に続けて話し出した。


「実はですね……商人としての〝勘〟が告げているんです。貴方じゃないと駄目なんだと」

「は、はぁ? カンだと?」


 おいおいおい。なんじゃそら。

 カンで俺を選んだってか?


「はいそうです。これは商人としての……いえ、僕の中の勘が貴方を選んだんですよ」


 う、う~ん……

 これは何て言ったらいいんだろう。すごく複雑な気分だ。


「Aランクの方が駄目なら他のAランクの方を探せばいい。Sランクの方が駄目なら他のSランクの方を探せばいい。しかし貴方は違う! ゼストさんという人間は他に変えがきかないんですよ! 僕はそういった人物を探していたんです! 貴方こそ一番欲しかった人材なんです! 普通では駄目なんです! 特別な何かを持った人じゃないと駄目なんですよ! だから貴方しか居なんです!」

「そ、そっすか……」

「あ、すいません……つい熱くなってしまって」


 俺と一緒になるのが運命だと言わんばかりの気迫だった。ちょっと怖かった……

 でも今まで以上に説得力があったな。ずっとニコニコと胡散臭さ感じる表情をしていたが、今の喋りで本性が見えたようが気がした。


「そ、それで。どうですか? 専属契約はして頂けますか?」

「そうだなぁ……」


 この人の事は信用できると思う。少なくとも悪い人ではなさそうだ。

 3人にも聞いてみるか。


「俺の仲間にも話してみたいんだけどいいか?」

「構いませんよ」


 少し離れた所に座っていたラピス達に振り向く。


「お前ら今の話聞いてたか?」

「え、ええ。一応は……」

「みんなはどう思う?」


 3人は少し考えた後にそれぞれ答え始めた。


「契約とか詳しくないから何とも言えないけど、ゼストの好きなようにしたらいいと思うわ」

「私はゼストさんについていきますよ」

「よく分かんない!!」


 ふーむ。特に反対意見無しか。

 正直言って渡り船だったし、これは問題なさそうだな。


「レオンさん。専属契約を受けることにするよ」

「! 本当ですか!? ありがとうございます!」


 今まで一番の笑顔で身を乗り出してきた。


「では、今後ともよろしくお願いします!」

「うん。よろしく」


 そしてがっしりと握手を交わした。

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