第64話:ラピスの想い
家に帰ってきて一段落した後、ラピスを俺の部屋に呼ぶことにした。
ベッドで横になって待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
起き上がってから中に入るように言う。
「来たか。入れよ」
「…………」
ラピスは中に入ってドアを閉めたが、その場から動こうとはしなかった。
やはり元気が無いようだ。
「さて。何で呼ばれたのか分かっているよな?」
「うん……」
「とりあえずこっちにこい。テキトーな所に座っていいから」
「…………」
ラピスはゆっくりと歩き出した。
どこに座るのかと思っていると、目の前までやってきて隣に座ったのだ。
一呼吸置いてから本題に入ることにした。
「じゃあ話してもらおうか。帰ろうとした時に何であんな態度を取ったんだ? 意味が分からんぞ。お前らしくない」
「だって……迷惑かけたくなかったから……」
「迷惑? 何のことだ?」
「いつまでも……足を引っ張りたくなかったから……」
おかしい。ラピスはこんなこと言う性格だったか?
「お前はまだ経験が浅いだけなんだから、そんなこと気にしなくてもいいのに。成長具合なんて人それぞれ違うんだ」
「違うの。ゼストの足を引っ張りたくないのよ……」
「は? 俺の? 何のことだ?」
「だって、ゼストは強いじゃない。あたしなんかよりずっとずっと強い。どうやっても追いつけないぐらいに……」
「まぁあれだ。俺は特別だから気にしない方がいいぞ」
俺は転生特典に加えて装備も持ちこしているからな。
強くてニューゲーム状態なんだから他の人とは差が出るのは仕方ない。
「だからね。あたし達が居なければもっと早くSランクにも成れたと思うの。ゼストならそれぐらい出来るはずよ」
「別に急いでるわけじゃないんだけどな……」
「でも未だにDランクなのは、あたし達に合わせたからなんでしょ?」
「同じランクのほうが動きやすくていいじゃないか」
俺達はパーティで動いているからな。だから自然と同じランクになっている。
「ならゼストだけなら高ランクになれたはずよ。そうしないのはあたし達のせいなんでしょ? あたし達が足を引っ張っているせいで好きに動けないんでしょ……?」
「…………」
足を引っ張っているってのはそういう意味か……
自分のせいで俺が不自由になっていると思っているのか。
「俺の心配はしなくてもいいって。今さらそんなこと気にするかよ。自分のやりたいようにやってるだけさ」
「ならどうしてあたしのことを助けてくれたの……?」
「そりゃだって、ラピスのほうが頼み込んできたわけだし」
「鬱陶しいとか……邪魔だとか……思ったりしてない……?」
「いやいや……」
今日のラピスはやけにネガティブだな。
本当に別人みたいに変わっている。
「さっきからどうした? 何で今日に限ってそんな自虐的なんだ? いつもの元気はどこに行ったんだよ」
「…………」
ラピスは答えることなく、うつむいてしまった。
少しの間黙ったままだったが、落ち込んだ様子のまま話し始めた。
「……あたしのことを助けてくれたのは本当に感謝しているわ。だからすぐに強くなって恩返しするつもりだったの。強くなってゼストの力になってあげられると思っていたの……」
「そうか……」
「強くなればすぐ追い付けると思っていたわ……。でもね、いつまで経ってもゼストに追い付けないのよ……。どれだけ頑張っても追いつけそうに思えなかった……」
「実力がついてきた証拠だ。いいことじゃないか」
己の実力がついてきたことで、相手との差が実感できるようになったわけだ。
だからいい傾向ではある。
「それどころか、どんどん離されていくように思えたの……。自分だって強くなっているはずのに、距離は縮まるどころか離されていく……もう追い付けないぐらいに離されていく。そう感じたの……」
「…………」
「いつまで経ってもゼストの恩返しが出来ない……ゼストの力になれない……これじゃあ寄生と変わらないわ……」
「ラピス……」
ああそうか。俺に追いつく為に必死だったわけか。だからあんな無茶をしようと思ったわけか。
だけど比較対象が悪かった。転生特典ありの俺と、何も無いラピスとではどう足掻いても差は出てくる。
しかしラピスはそのことを知らない。知らないから追い付けないのは努力不足だと勘違いしてしまったわけか。
「ねぇ……教えて! あたしを助けてくれた理由は何? ただの同情なの? やっぱり邪魔だと思っているの?」
「落ち着け」
「もし邪魔だと感じている遠慮なく言ってよ。これ以上ゼストに迷惑かけたくない。寄生だと思っているのなら追い出してもいいから……そうしたらもう二度と近づいたりしない――」
「ラピス!」
「ッ!?」
思わず大声を出してしまったが、ラピスはビックリして黙ってしまった。
どんどん思考がネガティブな方向に向かっていくな。こんなにも弱々しいラピスを見るのは初めてだ。
「あのな。別に寄生だとか思ってないっての。何か勘違いしてないか?」
「だったら……何であの時、助けてくれたの……? スライムすら倒せなかったのに……」
結局その話になるのか。
仕方ない。この話はするつもりは無かったんだがな。
「今だから言えるけどな。あの時、見捨てようとも思っていたんだよ」
「! やっぱり……ならいっそのこと……」
「最後まで聞け。でもそうしなかった。何故だか分かるか?」
「…………」
ラピスは少しの間考えていたが、何も思いつかなかったようだ。
「あの時にラピスは自力で立ち上がろうとしていた。自分の力で強くなろうとしていた。そういう決意をして手を伸ばしてきたと思ったからだ。俺はその手を取っただけだ」
「……!」
もし物乞いみたいなマネをしていたなら見捨てていただろう。何もしないのに助けだけを求めるような人だったら、恐らく関わろうとは思わなかった。
だがラピスは違った。自立して生き延びようという決意があった。強くなろうとする意志が感じられた。自らの力で戦おうとしていた。
だから手を貸そうと思えたんだ。
「お前らを強くしてやろうと思ったのは俺の意志だ。別に同情なんかじゃない。寄生だなんて思っていないよ。今更見捨てたりしないから安心しろって」
「……! じゃあ……あたしはまだここに居ていいの……?」
「当たり前だ。つーか1人前の冒険者にするって約束だっただろ? まだまだ半端なんだからその程度で満足してもらっては困る」
「うん……うん……!」
「これからもビシバシ行くからな? 覚悟しとけよ? 教えたいことは山ほどあるんだからな」
「ゼスト……!」
「うおっ」
ラピスがいきなり抱き着いてきたので、慌てて受け止める。
「おいおい。泣くほどか」
「だってぇ……ずっと不安だったんだもん……。寄生だと思われてたらどうしようかと…」
「んなこと無いっての。だから安心しろよ」
「うん……」
余程不安だったのか、抱き着いたまま離れようとしなかった。そんなラピスの頭を優しく撫でることにした。
「そういやさ。寄生云々とか誰に言われたんだ?」
「え……?」
いきなり別人のように変わったからな。誰かに吹き込まれたとしか思えん。
「えっとね……前にゼストに絡んできた女の人から言われたの」
「絡んできた女? もしかしてローズとかいう奴か?」
「そうそう。たしかそんな名前だったわ」
あの姫プしてた奴か。あいつがラピスに有ること無いこと吹き込んだわけか。
はた迷惑な……
「あんな奴の言うことなんざ忘れろ。どうせイチャモン付けたかっただけだろうしな。無視すりゃいい」
「うん……ごめんね。あたしのせいで迷惑かけちゃって……」
「もういいって。気にしてないから」
「ゼストぉ……」
それから顔をうずめてずっと抱きしめたままだった。
少し経つと落ち着いたのか、既に泣き止んでいた。
そんなラピスの頭を優しく撫で続けていた。
しばらく撫でていると、小声でポツリと言ってきた。
「好き……」
消えそうなぐらい小さな声だったが、確かにそう聞こえた。
「……あっ!」
「ん?」
突然ラピスが離れて、ビックリした表情で見上げてきた。
「ど、どうした?」
「…………あぅ」
見る見るうちに顔が赤くなっていく。
今度は何なんだ。
「えっと……その……今のは……あの……」
「今のは?」
「な、何でもない! そ、それじゃあ戻るね! 今日はありがと! また明日!」
「あ、ああ……」
それからラピスは逃げるようにして離れて部屋から出ていった。
…………
さて……明日は早起きする必要があるな……
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