第62話:☆逆恨み
1人の女性が町中を早歩きで移動していた。彼女は露出の多い格好をしていて、スタイルもそれなりあった。
いかにも多くの男から目を惹きそうな格好だが、あまり近づきたくない雰囲気を出していた。
周囲のすれ違う人々も避けるように動いている。
何故なら……
(ああもう……! ムカつくわ……! 何なのあの集団は……!)
そんなことを考えなら移動していたからである。
イライラが抑えきれないためか、その心境が顔に出ているのだ。
触れたら感情が爆発しそうな雰囲気を醸し出しているためか、周囲の人間は誰も近づこうとは思っていなかった。
そんなことも気にせずに早歩きを続ける女性。
彼女の名はローズ。
ゼストがゴブリン退治の依頼を受ける時に絡んできた人物である。
普段は男を囲って行動をしているが、この時は1人であった。
男達には1人で散歩がしたいと言い出し、町中を歩き回っている最中なのだ。
(私があんな失態を晒すなんて……一生の恥だわ!)
ゴブリン退治の途中でゼストに絡んでいった時のことを思い出していた。
まだ若い男なのに複数の女を連れ回している。そんなゼストのやり方が気に入らなかったのだ。
ゼストのことを、自分は何もせず女を奴隷みたいに扱う最低な男だと思い込んでいた。だから説教でもしようと絡みにいったのだ。
だが結果は無様なものであった。
リリィ達から猛反発を食らった挙句、ゼストの放ったスキルの衝撃で気絶してしまったという結末だった。
実力の違いを見せつけようとした結果がこれだ。
(ああもう……イライラする……! なんで私があんな目に遭わなきゃならないの!?)
あの後は長い間ずっと気絶したままで、結果として時間を大幅にロスしてしまったのだ。そのためゴブリンはほとんど狩れず、報酬もほぼ最低額となってしまったのだ。
集計に来たゲイルからも散々嫌味を言われ、パーティ全体の評価も悪くなってしまった。そのせいで大きくイメージダウンになってしまったのだ。
あの連中が妨害したせいだ。きっと嫉妬したからあんなことをしたんだ。全てはあのゼストのパーティが悪い。
ローズはそう思い込んでいた。
ジッっとしていてもストレスが溜まるだけ。だからこうして町中を歩き回っていたのだ。
そんな時だった。
(あれ? あの子は確か……)
ローズの視線の先には1人の少女が歩いていた。その少女はローズの記憶にもある人物であった。
(……間違いないわ。あの坊やの連れだわ!)
その少女とはラピスであった。
ラピスは買い物の途中であり、1人で出歩ている最中だった。
(…………そうだわ!)
ローズはラピスを見て何かを閃いたらしく、話しかけるべくその方向に歩いて行った。
ラピスの背後から近づき、ローズは軽い口調で話しかけた。
「はぁい。アナタあの坊やの連れよね?」
「え?」
ラピスは振り向くが、ローズの顔を見た瞬間に顔を引きつらせた。
「あ、あんたは……!」
「そんな怖い顔しないでよ。何もしないったら」
「あ、あたしに何の用なの!?」
ラピスとしても会いたくない人物と出会ってしまった為か、警戒しながらローズから距離を置いた。
「偶然見かけたら話しかけようとしただけよぉ。お互い冒険者なんだしこれくらいいいでしょ?」
「…………」
「それに謝りたいと思ってたところなのよ」
「謝る……?」
不審に思うラピスだが、構わずローズは続ける。
「あの坊やのことよ」
「ゼストのこと……?」
「そうそう。そんな名前だったわね。あの坊やのこと勘違いしてたわぁ」
「何が言いたいの……?」
「Eランクとは思えないぐらい強かったじゃない。てっきりすぐ逃げだすような男だと思っていたのよ。だから馬鹿にしてたことを謝るわ」
「…………」
素直に謝ってきたローズに驚いたが、それでも警戒を続けるラピス。
「だからね……不思議に思っていたのよぉ」
「何がよ?」
「アナタさ、なんであんな坊やと一緒に居るわけ?」
「……へ?」
意味不明な質問に思わず呆気に取られるラピス。
しかしこことばかりにローズは話を続ける。
「どういう意味?」
「だってさぁ。あの坊やはとっても強いんでしょ?」
「そうよ。あたしよりずっと強いわよ。それが何よ」
「じゃあなんでそんな強い人と組んでるわけ? 明らかに実力が違いすぎるじゃない。おかしくない?」
「そ、それは……」
聞かれたくないことを突っ込まれ動揺するラピス。
「一緒に居てもアナタが役に立つとは思えないんだけど? やっぱり何か弱みでも握られているわけ? それとも兄妹なの?」
「ち、違うわよ! あたしが頼み込んで一緒に居させてくれているのよ!」
「ふーん? どういうこと?」
「あたしがまだ弱いから、強くしてほしいって頼んだのよ。だからあたし達のことを鍛えてくれているの。一緒に居るのはそういう理由よ」
「へぇ~……」
予想外の理由に少し驚くローズであったが、特に態度を変えたりはしない。
そして疑問を湧いたので聞いてみることにした。
「それって、師弟関係ってやつ? よく引き受けてくれたわね」
「ゼストは優しいから……いつも助けてくれているしね……」
「そっか。なるほどぉ……でもさぁ。それってさ、親切心に付け込んだだけじゃないのー?」
「ッ!? ち、違うわよ!?」
明らかに動揺するラピスを見て、内心ニヤリと笑うローズ。
「だってさー。どう考えても坊やにメリットが無いじゃない。アナタみたいな無関係な子の面倒を見るほど余裕があるの?」
「で、でも……ゼストは強いし……」
「強いからって何でも引き受けてくれるとは限らないじゃないの。実はアナタから強引に迫ったんじゃないの?」
「そ、そんなことはしてないわよ!!」
「じゃあ何で一緒に居るのよ? どう考えてもおかしいじゃないの」
「…………」
言い返せずにうつむくラピス。
だがローズは追い打ちをかけるように続ける。
「あのゼストという坊やは実はさ……アナタのこと邪魔だと思っているんじゃないの?」
「!? そ、そんなこと無い……はず……」
「果たしてそうかしら? よく考えて見なさいよ。ゼストのほうがずっと実力が上なんでしょ? それは私も認めるわ」
「そ、そうよ……」
「ならおかしくない? そんなに強いのならもっと高ランクになってても不思議じゃないでしょ? 何で未だにEランクなのよ?」
「い、今はもうDランクよ!」
「似たようなもんじゃない。明らかに不相応じゃないの」
「そうだけど……なんでだろう……」
ラピスから見てもゼストは相当な実力者だということは分かりきっている。しかしだからこそ、どうして当時はFランクだったのかが理解できなかった。
「アナタと一緒に居るのはただの同情。内心では鬱陶しいと思われているんじゃないの~?」
「そんなこと……思ってないはず……」
「だってアナタさえ居なければもっと早く高ランクになれたはずじゃない? もしかしてアナタが足を引っ張るせいで、未だにDランクで妥協してくれているんじゃないの?」
「…………」
どんどん自信を無くしていくラピス。考えれば考えるほど不安になっていく。
普段の状態ならローズの言うことなんて一蹴していたが、今は口車に乗ってしまいそんな余裕は無かった。
そしてローズの口からトドメの一言が放たれる。
「アナタがやってることってさ……『寄生』ってやつじゃないの?」
「!? あ、あたしが……寄生……?」
「だってそうじゃないの。自分より強い人に付いていくのに、何もしてないんでしょ? それって立派な寄生じゃないの」
「…………」
ローズの言うことは特大ブーメランではあるが、ラピスはそれを言い返す余裕が無いほどまでに精神的に追い詰められていた。
「まぁ別に悪いとは言わないわよ。女の子なんだから強い男の人に助けてもらうのは不自然じゃないしね」
「…………」
「でもそんなことしている人が他人にとやかく言える立場かしら?」
リリィに怒鳴られ悪者扱いされたことをまだ根に持っているローズであった。
「言いたかったことはこれだけよ。精々頑張りなさい。いつまでも寄生が続けられるとは思えないけどね」
「…………」
「じゃあね~」
そう言い残し、その場から立ち去って行った。
ある程度うっ憤が晴れたのか、さっきと違いスッキリしたローズであった。
「…………」
その場に残されたラピスはずっとうつむいたままである。
しばらく動かずに時間だけが過ぎていった。
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