第54話:ゴブリン退治③

 あれから何分か経ったが森から出てくるゴブリンは少なく、リリィ達でも余裕で対処できるレベルであった。

 遠くからも戦闘音が聞こえるから、一応ゴブリン達はあぶり出されてはいるようだ。森に入った精鋭も活躍しているらしい。

 しかしやはり俺達にやってくる数は少ない。ぶっちゃけ俺もやることがない。これは思ったより暇になりそうだ。


 そう思っていたが時間が経つにつれて、徐々に数を増していった。

 広い場所だからかリリィだけでは対応しきれなくなっていた。

 そんな時だった。


「ラピス。そっちに3匹向かってるぞ」

「! 分かったわ!」


 少し離れた所には3匹のゴブリンが居て、姉妹に向かって襲い掛かろうとしていた。

 ラピスはその内の1匹を射って倒し、次の攻撃に備えた。


 残った2匹のゴブリンがラピスに向かっていく。

 1匹目は棍棒を持っていてラピスのすぐ近くまでやってきている。

 もう1匹のゴブリンは弓を持っていて、ラピスを狙っているようだった。


「……!?」


 だがラピスはどっちにも攻撃することなくその場で動かずにいた。

 弓を引いて射る態勢に入ってはいるが、その状態で何もせずに固まっている。

 そうしている間にも徐々にゴブリンは近づき――


「――《フローズンシュート》!!」

「グギャ!?」


 フィーネがすぐ近くまで接近していたゴブリンの足元を凍らせて移動を封じた。


「やあっ!」


 ラピスもすぐに弓を持ったゴブリンを射って無力化。そして移動を封じられたやつも無事に倒すことが出来た。


「あ、ありがとフィーネ!」

「あ、危なかったぁ……」

「今のはやばかったわね……」

「ごめんね。もう少し早く反応出来てたらよかったんだけど……」

「ううん。今のはあたしのミスだわ。フィーネのお陰で助かったわよ。ありがとね」


 あらかた倒したみたいで、周囲には近寄ってくるモンスターの気配が無くなったようだ。

 落ち着いてきたのでラピスに近寄って話しかけることに。


「なぁラピス。ちょっといいか」

「な、何?」

「今の状況……迷ったな・・・・?」

「……! う、うん……」


 やはりな。攻撃せずに固まっていたからな。どっちに攻撃するのか迷っていたんだろう。

 さっきの状況を整理するとこうだ。


 ラピスは2匹のゴブリンに狙われていた。

 1匹目は棍棒を持ってラピスに向かって接近していた。しかし2匹目は少し離れた所に居て、弓を持ってラピスを狙っていた。

 片方だけなら仕留める事ができるが、そうすると次の攻撃が間に合わず、もう片方から攻撃を受けてしまう。恐らくマジックアローも間に合わないだろう。そんな状況だった。

 しかも背後にはフィーネが居るから逃げることも出来ない。

 どうすればいいのか瞬時に判断できずに迷っていたから動けずに固まっていたんだろう。


「どっちを倒せばいいのか分からなくて……」

「だからどっちも攻撃出来ずにいたと?」

「うん……」


 やはりそうか。

 片方を倒せばもう片方から攻撃を受けてしまう。そんな状況だったからな。

 こういった状況は初めての経験だったわけだ。


「だからと言って何もしないのは一番最悪な選択肢だぞ? せめてどっちかは仕留めないと」

「わ、分かっているわよ……。でも、頭では分かっていても体が動かなかったんだもん……」


 今までは単体との戦いばかりだったからな。動き方がそういう戦い方になっていたんだろう。

 やはり連れてきて正解だったな。


「それでもまずは倒すことを優先しないと。死んでから後悔しても遅いんだぞ」

「な、なら今の状況はどうしたらいいの? どういう行動が正解だったの?」

「そうだな……。俺ならまず弓を持った奴を仕留める。そんで近くにいる奴は近接武器に切り替えて対応する」

「え……?」


 俺が言ったことが理解できなかったのか、ラピスは数秒固まって考えていた。

 だがすぐに理解したようだ。


「………………あっ!」

「そうだよ。弓じゃなくて短剣を使うんだよ。何のためのサブ武器ウェポンだと思ってるんだ」

「す、すっかり忘れてた……」

「その腰に付けている短剣は飾りじゃないんだ。こういう時こそ使うべきだろうが」

「そういえば一度も使ってなかったわ……」


 今まではずっと弓だけで困ることは無かったからな。頭から短剣の存在が抜け落ちていたんだろう。


「いいか。これから先は弓1本だけでは対処しきれない状況も出てくる。だからこそ状況に合わせて武器を切り替えて対応するんだよ」

「そ、そうね。痛いほど分かったわ……」

「これからはサブ武器のことも常に頭に入れておくんだぞ。すぐに切り替えできるように練習しておけ」

「慣れるまで時間かかりそうだわ……」

「ひたすら数こなせば慣れるさ」


 これは戦闘において基本中の基本だ。

 例えメイン武器が剣だとしても、状況によっては槍に切り替えて対処する場合もある。時には弓や杖を持つこともある。

 状況に応じて最適の武器に切り替えるのは、強くなる上では必須に近いテクニックだ。杖だけは例外だが。


「んじゃ次はフィーネな。さっきの状況はお前にも問題あったからな」

「わ、私もですか?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! フィーネは関係ないじゃない! あたしは助けられたのよ!?」

「いいやあるさ。ラピスがあんな状況になったのはある意味フィーネのせいでもある」

「そ、そうなんですか……?」

「これも大事な事だからラピスもよく聞いておけ」

「…………!」


 あの時、フィーネはラピスの背後に居た。

 それはつまり――


「ずっと言いたかったんだけどいい機会だから言っておくぞ。フィーネはラピスに近寄りすぎ」

「え……」

「ラピスのことが心配なのは分かる。でもそのせいでラピスの逃げ道を塞いでしまったんだよ」

「それってどういう……」

「あの時、ラピスの状況をよく思い出してみろ」

「…………」


 フィーネは少し考えこむように黙ってしまう。

 しかしラピスには心当たりがあったようだ。


「ラピスは2匹の敵に迫られてどう対応するか迷っていた。しかし本当なら一旦逃げて体勢を立て直すということも出来たはずなんだ。けどそれが出来なかった。何故だか分かるよな?」

「…………あ」

「そうだよ。背後にフィーネが居たからだよ。逃げると今度はフィーネが標的になるからな。だから逃げずにその場で何とかしようとした。つまり選択肢を1つ潰してしまったんだよ」

「そうだったんですね……」


 そういう状況だったからこそ、ラピスは残された選択肢で何とかするしかなかった。本人にとっては理不尽な選択肢に思えただろう。

 今回はフィーネが対処して何とかなったが、次も上手くいくとは限らない。


「いいか? 後衛だからといってボケっと突っ立ってるは間違いだからな。周りの状況をよく見てどう動けばいいのか考えるんだ。こういう立ち回りってのは重要だからな。パーティを組む上では自分がどういう役割なのかしっかり自覚しておくことだ」


 メイン武器が剣だったとしても、装備やスキルの習得状況によっては立ち回りが変わってくる。

 今の自分は何ができるのか。どういうことが得意なのか。何をやるべきなのか。

 パーティではこういった個人での能力が問われる。


 この子らはまだまだ初級者レベルだから理解するのは難しいかもしれない。

 けどまだ慣れていないからこそ、今の内からしっかり覚えてもらいたいんだ。


「はい……すいませんでした……。ごめんねお姉ちゃん、私のせいで苦労かけちゃって……」

「え? い、いや、気にしてないわよ! 結果的にフィーネに助けてもらったんだし! 元はといえばあたしが下手なせいでこうなったんだし……」


 フィーネはションボリとした表情でラピスに謝る。

 さすがにラピスも元気づけようと必死になっている。


「まぁ失敗は誰にでもあるもんさ。初めから完璧な人間なんて存在しないよ。この失敗を糧にして次に生かせばいいんだ。こういう経験を積ませる為に連れてきたんだから」

「ほら。ゼストだってこう言ってるわけだし。元気出してよ!」

「……はい。そうですね。これからも迷惑かけるかもしれませんが、足を引っ張らないように頑張ります」


 元気を取り戻したっぽいな。


「そうよ! まだまだこれからよ! 一緒に強くなりましょ!」

「うん!」


 ひとまずこれで収まったかな。

 この子らに教えてないことは山ほどあるからな。やはり実践で教えるのが一番手っ取り早い。

 成長が楽しみだ。

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