第55話:ゴブリン退治④
討伐を始めてから小一時間程度経っただろうか。
あれからもちらほらゴブリンが現れてはいるんだが、やはり数は少なく問題無く対処出来ている。そんな状況が続いたからかリリィは少し不満そうではあった。
俺が出る幕が無く退屈な時間が続いていた。
そんな時だった。遠くから見覚えのある女がやってきたのだ。
「あら? そこにいるのはあの時の坊やじゃないの」
げっ。この女は確か……ローズとかいうやつだったな。
今一番会いたくない奴だ。出来れば関わりたくない。
ローズは5人の男を引き連れてこちらに向かって歩いてきた。
「てっきりもう逃げ帰ったと思ったんだけど、まだ居たんだ。根性だけは立派じゃないの」
「……お前はどうなんだよ。まさかサボってたわけじゃないだろうな」
「失礼ね。ちゃんと退治してたわよ。ねぇみんな?」
ローズは周辺にいる男達に振り向く。
まさかあの連中がパーティメンバーなのか。
「はい! ローズ様は立派に活躍されてました!」
「ローズ様のお陰で我らも勇気が湧いてきます!」
「これも全てローズ様の実力があってこそです!」
「近くに居るだけでありがたき幸せ!」
「ローズ様バンザイ!」
………………
……うん。これはあれだ。
関わっちゃいけないタイプの人種だ。
すごく近寄りたくない雰囲気だな。
「ほらみなさい。この子らもこう言ってるじゃないの」
「…………お前はそれでいいのか」
「? 何がよ?」
「いや……何でもない……」
こいつらと一緒に居ると頭が痛くなってくる。
色んな意味で苦手なタイプだ。
「あたしあの人きらーい……」
「私もです……」
「………………」
女性陣にも不評みたいだ。俺だって同じ気持ちだ。
あのローズとかいう女は化粧までしてるしな。冒険者のくせに化粧とか何を考えているんだ。
少し身だしなみを整える程度ならともかく、明らかに気合の入った化粧だもんな。冒険者を舐めすぎだ。
戦う気があるのか怪しい。
そんなことを考えていると、遠くからゴブリンの集団がこっち向かってくるのが見えた。
「ローズ様! ゴブリンの群れです!」
「あら。丁度いいわね。坊やたちに私のパーティの強さを見せつけてあげましょう」
「ではいつもので?」
「そうよ。みんな頑張りなさぁい」
「「「「「はい!」」」」」
お。こいつらが戦うのか。
確かCランクとか言ってたな。それならCランクの実力とやらを見せてもらおうじゃないか。
「いくわよー!」
ローズは杖を取り出し、詠唱を開始した。
少し経つと詠唱が終わり、スキルが発動する。
「食らいなさい! 《ファイヤーボール》!」
杖先から火の玉が飛び出し、ゴブリンに向かって飛んでいく。
火の玉は1匹のゴブリンの命中したが、まだ死んでいなかった。
「いくぞお前ら! ローズ様に続けー!」
「「「「おおおおおおおお!!」」」」
ローズの周りに居た5人の男達は武器を取り出し、ゴブリンの集団へと走り出した。
そして男達は奮闘してゴブリン集団をなぎ倒していく。さすがにCランクだけあって、ゴブリン程度なら余裕なようだ。
だがその間にローズは動くことは無かった。
「……これで終わりだ!」
1人の男が最後に残ったゴブリンにトドメを刺す。これで周辺のゴブリンは一掃されたみたいだ。
「よくやったわ! みんな偉いわね! 後でご褒美あげちゃうわよ~?」
「は、はい!」
「よっしゃあ!」
「これもローズ様が居てくれたからこそです!」
「まだまだやれます!」
「うおおおおお! ローズ様最強!」
………………
……えっ。これで終わり?
「お、おい。お前何もしてねーじゃんか」
「はぁ~? 今の見てなかったの~? 私はこうして皆の士気を高めているのよ~?」
「し、士気だと?」
「そうよ。私が居るからこそ全員も頑張れるわけよ。私が居ないとこうはならなかったわよ。そうでしょみんな?」
「「「「「はい! 全てローズ様のお陰です!」」」」」
……あー、そういうことか。
要するに、こいつは姫プしてるだけなのか。
「なーにが士気を高めるだ。姫プしてるだけじゃねーか」
「姫プ? なにそれー?」
ローズみたいな奴を〝姫プレイ〟などと呼ばれている。
これは女キャラを使い、男達を囲って自分だけ楽をするというスタイルだ。ネットでは珍しくない光景だ。
こうすることで愛想を振りまくだけでちやほやされるし、自分は何もせず貢いでくれることが多い。
要するに寄生と同類だ。
こういう人種を姫プレイ――通称、姫プなどと呼ばれている。
「お前はファイヤーボールを撃っただけじゃねーか。何もしてないもんだろ」
「何を言ってるの? 私はこのパーティのリーダー、つまり王様みたいなもんなのよ」
「はぁ? 王様だぁ? 意味分からん……」
「そうよ。王様は自ら戦ったりしないでしょ? だから私はこうして皆の指揮をとっているのよ。これが私の役割なのよ。分かった? 坊や?」
「…………」
色々と間違っているしツッコミどころだらけだ……
駄目だ。こいつの話を聞いてるとこっちまで頭がおかしくなる。
道理で化粧する余裕があるわけだよ。自分は見てるだけだもんな。
「というか、坊やも私と一緒じゃないのよ」
「どこがだよ……」
「見て分からないの? どうせ坊やだって女の子を連れ回して、自分は見ているだけなんでしょ? やってることは一緒じゃない」
「…………」
もはや反論する気すら起きん。
こいつに何言っても無駄だろうしな。
「ま、違うのは私の方が有能だってことかしらね?」
「…………」
「男のくせに女の子をこき使うような最低な坊やとは違うのよ」
「…………」
「分かったならその子達を解放しなさいよ。それとも弱みでも握ってるの? 坊やみたいな弱そうな男についていくとは思えないわ」
こいつと一緒に居るだけ時間の無駄だな。
さっさと離れて――
「――ふざけんなっ!!!!!!」
「ッ!?」
び、びっくりした……
今叫んだのはリリィか。
竜人族のパワーで大声を出すのは止めて欲しい……
「ゼストの悪口を言うのは止めろ! こいつはアタシなんかよりずっと強いんだぞ! オマエみたいなヘナチョコなやつと一緒にすんな!」
「な、なによぉ……ビックリしたわぁ……」
「オマエ弱そうなくせになんで偉そうにしてるんだよ!? 強い奴が一番偉いんだぞ! だからアタシらの中で一番偉いのはゼストなんだ!」
何と言うか、リリィらしい考えだなぁ……
「ちょ、ちょっとぉ……意味分かんないわよ……」
「自分だけ楽して威張ってるやつは嫌いだ! オマエが戦えばいいだろ!」
「し、仕方ないじゃない。私は女の子なんだし、男に比べたら非力でか弱いのよ? だからこうしてパーティの指揮を担当してるわけよ」
「だったら強くなればいいだろ! アタシの母ちゃんは村で一番強かったんだぞ!!」
へぇ。リリィの母親も相当な実力者だったのか。
リリィの強さの秘密が少し分かったかもしれない。
「これ以上ゼストの悪口を言うならアタシがぶっ飛ばしてやる! オマエみたいな奴は大っ嫌いだ!! 謝っても絶対に許さないからな!!」
リリィがここまで怒るのは珍しい気がする。
余程頭にきたと見える。
「そうね。リリィの言う通りよ。あたしも我慢の限界だわ」
「お、おい。ラピスも何言ってんだ……」
「ごめんなさい。私も頭にきています。さすがに許せません」
「フィーネまで……」
2人とも明らかに怒りをあらわにしてローズを見つめる。
この子らもここまで怒るのも珍しい。
「な、なによ! 私が悪いって言うの? あなたたちを心配しているだけじゃない~」
「大きなお世話よ。あたしの恩人に向かって悪口を言うのは許せないわ。あんたと一緒にしないでよ」
「ゼストさんはいつも私達のことを思ってくれているんです。もしゼストさんが居なかったら今の私は居ないです。そんな立派な人を侮辱するのは見過ごせないです」
姉妹も頭に血が上っているみたいだ。
「な、なによぅ……これじゃあ私が悪者みたいじゃない……」
こいつまだそんなこと言ってるのか。
もはや怒りを通り越して呆れる。
「オマエ達かかってこい! 全員ぶっ飛ばしてやる!!」
「な、なんだと!?」
リリィが武器を構えて前に立つ。
それに反応して5人の男達もローズを守るように動く。
お互いの間に火花が飛び散り、一触即発の状態。
場に緊張が走り、いつ戦いが始まるかおかしくない雰囲気であった。
さすがに止めようかと思った時、遠くから何かが近づいて来る音が聞こえてきた。
「グギャギャギャ!」
全員が気づいたみたいで音がする方向に向くと、離れた所からゴブリンの集団が迫ってきているのが見えた。
「なっ……ロ、ローズ様! ゴブリンのやつらです! さっきより多いです!」
「!? こんな時に……」
「どうします?」
「……仕方ないわ。一旦あいつらを殲滅するのが先よ。あんた達! あいつらをやっつけてちゃいなさい!」
「「「「「はい!」」」」」」
男達は向かってくるゴブリンに備えて武器を構えた。
んー。さすがに数が多いな。30匹以上は居るかもしれん。
それなら……
「フィーネ。杖を貸してくれないか」
「え? は、はい」
フィーネから杖を受け取り、前に出る。
「お前らは下がっていろ。アレは俺がなんとかする」
「ちょ……何言っているの!? あたしも戦うわよ!」
「アタシだって戦うぞ! 危ないからみんなは下がっているんだ!」
「だから俺がなんとかするっての。リリィが言うには俺が一番偉いんだろ? だったら言うこと聞け」
「う……」
複雑な表情で俺を見つめるリリィだったが、すぐに諦めてくれたみたいだ。
「ほ、本当にいいのか? アタシは手伝わなくてもいいのか?」
「ああ。俺に任せろ。だから3人ともなるべく遠くに下がるんだ」
「……分かった」
「ゼストを信じましょ。ほらフィーネも急ぐわよ」
「う、うん」
3人とも急いで立ち去り遠くまで下がっていった。
それを確認してからゴブリン集団が居る方向に杖を向ける。
「さてと……」
俺は杖を向けたまま詠唱を開始。すると杖の先から火の玉が現れた。
火の玉はゆっくりと徐々に大きくなっていく。
どんどんと大きくなり続け、サッカーボール大にまで成長した。
そして――
「《ヘルズボム》」
スキルを発動して杖先から火の玉が放たれた。
「……プププ! あっはっはっは! なーにそのおっそい玉はー? まさかそんなのでゴブリンに対抗する気だったのー?」
火の玉はゆっくりとした速度でゴブリン向かっていく。
ローズはその光景を見て笑っていた。
「ほら見なさいその程度の実力しかないじゃないの! これなら私の方が役に立つわよ! やっぱりEランクなんてこれぐらいが精一杯なのね」
「お前らも逃げた方がいいぞ」
「冗談じゃないわよ。あの程度で逃げるとでも思っているの? 見てなさい。あれくらいなら私達で十分だってところを見せてあげるわ!」
「……忠告はしたからな」
俺は振り返ることなくその場から立ち去ることにした。
だがローズ一行はゴブリンに立ち向かうようで、逃げようとする気配は無かった。
その間にも火の玉は徐々にゴブリン集団に近づいていく。
ゆっくりとした速度だが、集団の居る方向に向かっていく。
そして前線にいるゴブリンと接触し――
轟音と共に大爆発した。
「きゃあああああああああああああああ!」
「「「「「うぎゃああああああああああああ!」」」」」
その衝撃でローズ一行は吹き飛ばされてしまった。
衝撃は収まらず、爆心地周辺の木々の葉っぱどんどん散っていく。
しばらくそんな状態が続くが、ようやく収まってきた。
爆心地は煙で見えなかったが、徐々に収まって見えるようなっていく。
煙が収まってからゴブリンがさっきまで居た場所を見てみると、小さなクレーターが出来ていた。
「まだステータスも低いし武器も万全じゃないから、
ローズは目を回して倒れていた。
どうやら吹き飛ばされた衝撃で気絶したみたいだ。
「う……い、一体何が……」
「まだ頭がクラクラする……」
「! ロ、ローズ様! しっかりしてください!」
「な……ローズ様が倒れているぞ!」
「な、何だと!?」
男達がローズに近寄って声をかけるが、一向に起きる気配が無い。
「くそっ! なんてことだ! ローズ様にケガを負わせてしまうなんて……」
「貴様! 一体何をしたんだ!? あの爆発は貴様の仕業だろう!?」
「だからさっき逃げろって言ったじゃん……」
せっかく忠告したのにな。耳を傾けなかったほうが悪い。
「このままではローズ様が危ない!」
「そうだな。ローズ様の身の安全が最優先だ」
「お前たち! 一旦ここは引いてローズ様を安全な場所まで移動させるんだ!」
「「「おう!」」」
そんなやり取りがあった後、男達はローズを担いでどこかに立ち去って行った。
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