第45話:似たもの姉妹

 家を買った日の夜。

 俺は自分の部屋でフカフカのベッドを堪能しながら寝ようと思っていた時だった。


 コンコン


「ん?」

「あの、あたしだけど……入ってもいいかしら?」

「いいぞ。開いてるから入って来いよ」

「じゃあ入るわね」


 ドアが開くと、少し顔を赤くしたラピスが入ってきた。


「どうしたんだこんな夜に。何か用か?」

「…………」

「……?」


 なぜかモジモジしながら言いづらそうにしている。


「あのさ……その……」

「なんだよ」

「い、一緒に寝ても……いいかしら?」

「へっ?」


 何を言い出すのかと思いきや……

 予想外の言葉が出てきたな。


「いきなりどうしたんだ? 寝付けないのか?」

「だ、だめ……かな……?」

「いや駄目じゃないけと……」

「じゃ、じゃあそっちに行くわね」

「えっ……お、おう……」


 ラピスはゆっくりと近寄り、俺が入っているベッドの中に潜り込んできた。

 強引に押し切られた気がするが、まぁいいや。


「…………」

「…………」


 ラピスは黙ったまますぐ隣でこっちを見つめてくる。

 お互いに寝付けないまましばらくそうしていると、ラピスが突然話しかけてきた。


「あたしね……実はお兄ちゃんが欲しかったのよ……」

「どうしたいきなり」

「だから今日だけ……今だけ本当のお兄ちゃんだと思って接してもいい……?」

「だからなぜそうなる。突然そんなこと言われても困るんだが」

「…………」


 ラピスの考えていることが分からん。

 なぜ俺が兄になる必要があるんだ。


「だって……その……お兄ちゃんが居れば、いっぱい甘えられるじゃない……」

「お前にはフィーネという妹が居るだろうが。それじゃあ駄目なのか?」

「ダメよ。あの子にはそんな弱いところは見せたくないもの」

「じゃあ何で……」

「あたしが『お姉ちゃん』だからよ。だからフィーネにはそんなこと出来ないわ」


 この子らずっと一緒に過ごしてきたはずだ。

 なのに今更隠し事でもあるのだろうか。


「あたしはずっとフィーネを引っ張ってきたわ。あの子は昔は引っ込み思案だったのよ。そんなんだからあたしが支えないといけないと思ったの」

「あのフィーネがか。そうは見えないけどな」

「今はそこまでじゃないけどね。昔はあたし以外とは自分から話すような子じゃなかったのよ」


 ほうほう。意外だな。

 てっきりずっとあの性格だったと思っていたんだが。


「だからあたしが頑張ってみんなと仲良くなれるようにしたの。今では自分から話しかけるぐらいまで成長したわ」

「へぇ。そんなことがあったのか」


 孤児院に居た頃からずっと頑張ってきたんだな。

 しっかりお姉ちゃんやってるじゃないか。


「それからもずっとフィーネを支えていこうと思っているわ。それがあたしの役割だと思っているもの」


 そういや初めて出会った時もそんなこと言ってた気がする。

 立派な心掛けじゃないか。本当に仲がいいんだな。


「でもね……その……」

「……?」

「ずっとこうしていると……疲れちゃうのよ……」

「疲れる?」

「うん。弱いところを見せたらフィーネにまで心配かけちゃうでしょ? だからずっと前に立って引っ張ってあげられる存在になりたいのよ」

「そこまで気負わなくてもいいんじゃ……」

「そうしたいのよ。そうするべきなのよ。だってあたしは『お姉ちゃん』なんだもん」


 そういうことか。

『姉』というのは『妹』を支える立場である。ラピスにはそういう固定観念に囚われているのか。

 だから昔からフィーネのことを手助けするように動いていたんだな。


「だからね、ずっとそうしていると『お姉ちゃん』を少し休みたくなるのよ」

「なるほどな」

「あっ。勘違いしないでね? 別にフィーネが煩わしいってわけじゃないのよ? あの子はすごくいい子だし、これはあたしが好きでやっていることなんだから」

「分かってるって」

「でもね、やっぱり誰かに甘えたいと思っちゃうのよ。あたしはそんなことできないから……」


 妹であるフィーネならいくらでも姉に甘えることが出来るだろう。

 しかし姉が妹に甘えると、妹に心配かけてしまう。ラピスはそう考えているのだろう。

 つまり自分より年上の存在が欲しかったわけか。


「だから……今だけ甘えてもいい……?」

「ああいいぞ。好きにしろ」

「そ、それからこのことはフィーネには内緒よ? 絶対だからね?」

「分かってるって」

「それじゃあ……」


 ラピスはさらに近寄り、俺に抱き着くように密着してきた。


「あたしね、頑張ったんだよ? フィーネが不安で寝付けなかった時は、あたしがこうして抱いてあげたんだから。それで安心して眠れたんだよ?」

「そっか。そりゃすごいな」

「その時は撫でてあげると喜ぶのよ。だから……あたしにもやってよ」

「こうか?」


 優しくラピスの頭を撫でてみる。すると目を細めて嬉しそうな表情になった。


「えへへ……」

「よしよし」

「あとね、あとね。それ以外にもいっぱいフィーネのために頑張ったんだよ?」

「へぇ。やるじゃないか。フィーネも喜んでいると思うぞ」

「そう? ならもっと撫でてよぅ」

「はいはい。全く、甘えん坊だな」

「甘えん坊でいいもん。あたしは妹なんだもん。お兄ちゃんに甘えてもへーきだもん」


 そういや俺が兄という設定だったな。


「そうだったな。妹ならこれぐらい甘えても不思議じゃないよな」

「えへへー……」


 今まで我慢していたせいか、存分に甘えてくるラピスであった。




 次の日の夜。

 寝ようとしていたところでまたドアをノックする音が聞こえてきたのだ。


 コンコン


「なんだ?」

「私です。フィーネです。入ってもいいですか?」

「おういいぞ。開いてるから入れ」

「お邪魔します」


 ゆっくりとドアが開くと、フィーネがおずおずと入ってきた。


「どうしたんだ?」

「あの……その……」

「……?」

「その……い、一緒に寝ても……いいですか?」


 ……んんん?

 なんか既視感デジャブが……


「い、いきなりどうしたんだよ」

「だ、ダメですか?」

「そんなことは無いけど……」

「そ、それじゃあ……お邪魔しますね」


 昨日も同じやり取りをした気がする。

 フィーネはゆっくりと近寄り、恥ずかしそうにベッドに潜り込んできた。


「…………」

「…………」


 うーん……やっぱりこうなるのか。

 まるで昨日の再現みたいに同じことが起きている。

 さすがに気まずいので話しかけることにする。


「ど、どうして一緒に寝ようと思ったんだ?」

「実は……そのぅ……」

「何だ?」

「私はずっと……お兄ちゃんが欲しかったんです」

「…………」


 うん。何となくそうくるとは思っていた。

 そんな予感がしたんだよな。


「理由を聞いてもいいか?」

「わ、笑わないで聞いてくれますか?」

「笑わないって」

「あのですね……ずっと誰かに甘えたかったんです……」

「そりゃどうして?」

「だって……その……お姉ちゃんに甘えるわけにはいかないですから……」


 ラピスも同じことを言ってたな。

 でも妹という立場なら姉に甘えてもいいと思うんだが。


「そうか? ラピスなら喜んで甘えさせてくれそうなんだけどな」

「そうはいかないんです。お姉ちゃんはいつも頑張ってくれていますから」

「……?」

「昔から私の事を支えてくれていました。今の私がいるのはお姉ちゃんのお陰なんです。昔は引っ込み思案な性格でしたから……」


 昨日も同じ内容を聞いたな。自覚はあったわけか。


「お姉ちゃんはいつも私のために頑張ってくれています。本当にいつも感謝しているんです」

「なら少しぐらい甘えてもいいじゃないか?」

「だからこそなんです。だからこそ、これ以上はお姉ちゃんに負担をかけるわけにはいかないんです」

「…………」

「今でも必死に頑張ってくれているのに、甘えるようなことをしたら余計な心配をかけちゃいます。それだけはしたくないんです」

「…………」

「だからその……お姉ちゃんよりも年上の人が欲しかったんです……」

「…………」

「お、お姉ちゃんには内緒ですからね?」


 ……なぁんだ。そういうことか。

 思わず笑ってしまう。


「ぷっ……ははは……あっはっはっはっは!」

「!? ど、どうして笑うんですかー!?」


 ラピスはフィーネに心配かけまいと甘えられずにいる。

 フィーネはラピスに負担をかけまいと甘えられずにいる。

 考えていることは一緒じゃねーか。


「いやいや。お前ら本当に姉妹なんだなって思ってな」

「ど、どういうことですか!?」


 ほんと、似たもの姉妹だよ。

 仲がいいわけだ。


「むぅ~……笑わないでって言ったのに……」

「ゴメンゴメン。悪かったよ。そういうつもりじゃなかったんだ」

「許さないですっ」


 あらら。そっぽを向いてしまった。


「ゴメンって。どうしたら許してくれるんだ?」

「いっぱい……ギュッっとしてくれないと許さないです」

「こうか?」


 後ろからフィーネを抱きしめる。

 こうして抱きしめてみると見た目より小さく感じるな。


「……!」

「どうだ? これでいいか?」

「あと……撫でてくれないと許さないです……」

「こうか?」

「もっと……してください……」

「はいはい」

「…………えへへ」


 やりとりはその後も続き、ラピスに負けず劣らすの甘えっぷりであった。

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