第44話:夢のマイホーム

「やっと到着か」


 馬車から降りた後の一言目がこれだった。

 俺達は長い間、馬車に揺られてセレスティアに戻ってきたのだ。


「ジェームルって町もよかったけど、やっぱりここが一番安心するわ」

「そうだね。私達の生まれた所だもんね」


 何だかんだで故郷が一番落ち着くんだろうな。

 俺にとっては見飽きた光景だが、それでも見慣れた場所に戻ってくると安心感がある。


「さーて。んじゃさっそく行くか」

「どこに行くの? 今から討伐かしら?」

「いや違う。セレスティアに到着してから真っ先にやろうと思ってたことがあるんだ。今からそこに向かう」

「向かう? 何するの?」


 俺には金貨100枚を超える資金がある。

 これだけあれば十分足りるはずだ。


「向かうのは不動産屋だよ」

「不動産? ということは……」

「そう――家を買うんだ!」

「「えええええええ!?」」


 これは前々から思っていたことだ。

 宿で暮らすのは特に問題は無かったんだが、やはり自分の拠点は欲しい。


「自分の家を持てば宿を転々とする必要も無くなるしな。前に宿に泊まろうとした時に満室だっただろ? そういった心配も要らなくなるんだよ」

「た、確かにそうね……」

「あの時は1つのベッドに3人で寝ることになりましたね……」

「家さえあればそんな思いもしないで済む。色々メリットがあるんだ」


 他にも物が置けたりもするし、何よりマイベッドが欲しい。

 寝床ってのは重要だからな。モチベに関わる。


「宿でも特に不満は少ないし、これはこれでいいと思ったから急ぐ必要は無かったんだよな。でも今は思わぬ収入が入った。だったらまず家――つまり拠点を確保することを優先したいんだ」

「な、なるほど……」

「さっきも言ったけど、満室の心配が無くなるのはデカい。野宿も悪くないんだが、やっぱりぐっすり寝たいしな」

「そ、そうね……」


 家ならのんびりできるしな。

 何より自分の部屋を持てるってのがいい。色々とやりたいことが増えるから今からもワクワクする。


「そんじゃさっそく行くぞ」

「…………」

「……ん? どうしたお前ら」


 急にラピスの元気が無くなったような気がする。よく見たらフィーネまでも同じ雰囲気だ。

 さっきまではテンション高かったのに何があったんだ?


「おいどうしたんだ? 何かあったのか?」

「……な、何でもないわ」

「本当に大丈夫か? 具合でも悪いのか?」

「だ、大丈夫です……本当に何でもありませんから……」

「……?」


 マジでどうしたんだ。さすがに気になる。さっきのテンションはどこに消えたんだ?

 でも本人は何でもないって言ってるし……

 仕方ない。今は放っておこう。そのうち分かるだろう。


 俺達は不動産屋を目指して歩いて行ったが、移動中もずっと元気が無い姉妹であった。




 しばらく歩き回っていると良さそうな不動産屋を発見した。なかなか大きい建物だ。ここならいい物件が見つかるかもしれない。

 さっそく中に入ろうとするが……


「あの……あたし達はここで待っているわね」

「え? どうして? 一緒に入らないの?」

「だって……その……」

「?」


 やっぱり原因が分からん。

 なぜ今更になってヨソヨソしくなんだろう。


「そういうことなら俺1人で行くけど……」

「うん……あたし達のことは気にしなくてもいいから」

「お、おう……」


 ラピス達が気になるけど……今はどうしようもない。

 とりあえず中に入ろう。


 ドアを開けて中に入ると、奥の方に小奇麗なおっさんが座っていた。


「おや。お客様ですか?」

「はい。家が欲しいんですけど」

「それはそれは……いらっしゃいませ! どうぞこちらに」


 案内されて中央のテーブルまで移動し、近くの椅子に座った。


「本日はどのような物件をお探しですか?」

「なるべく広いのがいいですね。色々物が置けたり出来るんで。出来れば風呂付なのがいいかな」

「……失礼ですが。冒険者をやっている方ですか?」

「はい。そうです」

「…………」


 ……あれ。おっさんの目の色が変わったような……?


「冒険者カードはお持ちですか?」

「持ってますよ。はいこれ」


 俺の冒険者カードをおっさんに見せた。おっさんはそれを見ると、がっかりしたようなため息をついた。


「……えーと。Eランクですか。ならそれに合わせて良さそうな物件を探してきますね。これお返しします」

「は、はい」


 おっさんは奥にある棚に移動し、そこから悩みながらあれこれ手に取っていった。

 しばらく待っていると、手にいくつかの紙を持ったまま戻ってきた。


「ここにある資料が現在の空物件になっております。まずはこちらとかいかがでしょうか?」


 そういって1枚の紙を見せてきた。そこには家の全体図が描かれていて、どのような外見なのか分かるような絵が載っていた。

 それを覗いてみるが……


「……これ物置?」

「とんでもない。立派な住まいですよ。実際に何人か住まわれた方もいらっしゃいますよ」


 そこに描かれていたのは、物置にしか見えない小さな家だった。

 つーかマジで小さい。4畳ぐらいしかないと思う。

 一応住めそうではあるが、さすがにこれは無いだろう。


「もっと他には無いんです?」

「では……こちらはいかがですか?」

「…………」


 物置が少し広くなっただけにしか見えん。

 ぶっちゃけさっきのやつと大差ない。


「いやあの……もっと広いやつがいいんですけど……」

「ふーむ。ではこちらはいかが?」

「…………」


 今度は物置が2つになっただけだ。

 確かに広くはなったけど……違う。こうじゃない。


「あとはどれも似たような物件ばかりですねぇ。人気のものはすぐ買い手が付きますからねぇ」

「もっとこう……部屋がいくつもあるような大きい家は無いの?」

「さすがにEランクでそのような豪邸は非常に厳しいかと。無理して身の丈に合わない物件を購入されても後悔するだけですよ?」

「いやでも……」

「こちらとしても無理強いをした提案は出来ません。それぞれ人に合った物件を紹介するのがわたくしの仕事ですから。あまり高望みしても不幸になるだけですよ?」

「…………」


 …………あーもうめんどくせぇ。


 俺は金貨が入った袋を取り出し、机の上に叩きつけるように置いた。


 ドスン!


「ひぇ!?」

「ここに金貨100枚以上入っている。この予算に合うだけの物件を探してほしい」

「え……ひ、百枚!? か、確認しても?」

「どうぞ」


 おっさんは恐る恐る中を覗く。

 すると、みるみるうちに驚いた表情へと変わっていった。


「こ、これは……!」

「どう? これなら文句ないでしょ?」

「…………な、なぁんだ! お客さんも意地悪ですねぇ! こんなに予算があるのなら早く言ってくれればよかったですのに!」

「だからさっきから広い家が欲しいって言ってたじゃん……」

「も、申し訳ありません! 今すぐに新しい資料をお持ち致します!!」


 おっさんは慌てて奥に移動し、さっきとは別人のような手さばきで棚を漁り始めた。


 つーか一瞬で態度変わったな。さっきのは何だったんだ。最初からこうすりゃよかった。

 Eランク……というか、冒険者ってのは基本的にああいう対応をされるのが普通なんだろうなぁ。

 気持ちは分からんでもない。冒険者ってのは浮浪者みたいなもんだからな。

 そんな人がいきなり豪華な家が欲しいなんて言ったらあんな対応にもなるか。


 それからおっさんが持ってきた資料の中から良さそうな物件を漁ることになった。




 建物から出ると、外には姉妹が暇そうに立っていた。


「あ、戻ってきたのね」

「お前ら喜べ。住む家が決まったぞ!」

「そ、そうなんですね」

「ってなわけで今から見に行くぞ!」

「え。あたし達も行くの?」

「当たり前だろ。早く来い」

「う、うん……」


 それから不動産屋のおっさんの案内されて数十分。

 俺達は立派な豪邸の前に立っていた。


「どうです? こちらが案内できる中でもとびっきりの物件でございます。まだ出来たばかりの新築ですよ。きっとお気に召されるかと」

「おー」


 なかなか大きい家だ。

 外見も悪くなく、二階建てで庭までついている。


「中もご覧になられますか?」

「はい」

「ではこちらに」


 おっさんの後を付いていき、ドアから入り中を覗く。


「おー。意外と広い」

「こちらの家具なども備え付けになっております。ご自由にお使いいただけますよ」


 居間には高そうなソファーや棚などが用意されていた。あれらも全てセットになっているということか。

 これはなかなかお買い得かもしれん。


「さらに各お部屋にはベッドも設置されております。勿論、どれも新品で一級品を揃えていますよ。きっとお気に召すかと思います」

「いいね。それらも込みでの販売なんですよね」

「勿論でございます」

「それで値段は……」

「こちらの物件はズバリ――金貨95枚でございます」


 金貨95枚か……さすがに値が張るなぁ。

 大雑把に考えてハンターウルフ10万匹分ぐらいだろうか。1日に狩れるのが50匹前後と想定すると何年かかるんだろうな。そう思うとかなりの額だ。

 けど今の俺に払えない額ではない。思わぬ収入があったからな。

 だが庭もあるし、キッチン、風呂、ベッドも付いてこの値段は悪くないと思う。


「今回は特別に細かい経費などを差っ引いて提供させて頂きます。それでこのお値段はお買い得だと思いますよ?」

「よし買った!」

「ありがとうございます!! ではこちらにサインをお願いします」


 おっさん持ってきた紙にサインをする。それから金貨95枚が入った袋を手渡した。


「……はい。確認致しました。本日を持って、こちらの家は貴方様の物でございます。ではこのへんで失礼させて頂きます。今後ともご贔屓のほどお願いします。それでは~」


 そういってお辞儀をした後に立ち去って行った。

 残された俺は周囲を見渡して感動をしていたが、あることに気づく。


「あれ? あいつらは?」


 そういやあの姉妹がどこにも居ない。てっきり家の中まで付いてきたと思ったんだがな。

 もしかしてまだ外だろうか。


 ドアを開けて外に出ると、姉妹はこの家を見上げて突っ立っていた。


「どうしたお前ら。そんな所で何してんだ?」

「その……大きな家だと思って……」

「こんなに立派な家を間近で見ることはありませんでしたから……」


 2人とも唖然として家を眺めていたわけか。

 だから家に入らなかったんだな。


「すげぇだろ? 今日からここに住むことになったんだぞ」

「へ、へぇ……」

「さすがですね……」

「そんな所で立ってないでお前らも入れよ。自分の部屋とか決めたいだろ?」

「えっ!? あたし達も入っていいの!?」

「? 当たり前だろ?」

「い、いいんですか?」


 うん? 

 2人の反応が変だ。何かおかしい……


「お前もここに住むんだから当然だろ。何言ってんだ」

「あ、あたし達も住んでいいの!?」

「なに驚いているんだよ。そのつもりでこの家を買ったんだぞ」

「ほ、本当にいいんですか?」


 まさかこの2人、ここに住むと思っていなかったのか?

 だから外で待機してたのか?


「むしろ何で駄目だと思ったんだ……?」

「だ、だって……ねぇ?」

「う、うん……私達はその……教えてもらっている身ですから……」

「…………」


 あー……そういうことか。さっきから元気が無かった原因はこれか。

 俺だけがこの家に住み、2人は今まで通り宿暮らしになると思っていたのか。だからずっとテンションが低かったのね。


「あのなぁ……俺がそんなこと気にするわけないだろうが……」

「で、でもぉ……」

「この家を買った金の元手はお前らの金だぞ。だったら住む権利ぐらい

 あるだろうが」

「そ、それはゼストさんのお陰でもありますから……」

「つーか討伐に行く度にいちいち待ち合わせしろってか? そんな面倒なことはゴメンだぞ」


 自分たちはまだ未熟だからそこまで迷惑をかけられないとでも思ってたんだろうな。

 別にそんなこと気にしてないのに。


「それじゃあ……あたし達も住んでいいの?」

「だからさっきから言ってるだろ。遠慮なんかしてないでさっさと入れ」

「……! う、うん! 本当にありがとね!」

「ふ、ふつつかものですがよろしくお願いします……!」

「おう」


 一気に元気になったな。離れ離れになるかもしれないと思ったのがそんなにショックだったのか。

 それだけ俺のことを気に入ってくれたということだろうか。

 まぁいいや。もう解決したんだし、今はそれどころじゃない。


 2人はドアから入ってから見回すと、部屋の広さに驚いていた。


「す、すごいわね……本当に広いわ……」

「こんなに広いと逆に落ち着かないような……」

「すぐ慣れるさ」

「でもやっぱり広すぎない? こんなに大きくても持て余すと思うんだけど……」

「俺もそう思い始めていたところだ」


 勢いで買ってしまったが、冷静になって考えるとこんな豪邸じゃなくてもいいんだよな。

 キッチンやベッド、風呂も付いているということで思わず飛びついてしまったが、さすがに広すぎたな。

 宝くじに当たった人の浪費が激しくなる気持ちが分かった気がする。

 後悔しても仕方ない。買ってしまったんだからな。


「と、とりあえず2階に寝室があるからさ、自分の好きな部屋使えよ」

「う、うん……」

「そ、そうします。ではまた後で……」


 2人は落ち着かない様子で周囲を見ながら階段へと向かっていった。

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