第43話:優勝賞金

 ガルフが立ち去って行った後、誰も喋ることなく静まり返っていた。

 そんな雰囲気の中、最初に声を出したのはラピスだった。


「えっと……すごい人だったわね……」

「かなりの修羅場をくぐってきたんだろうな。Sランクだというのも納得したよ」

「その……ゼストさんって人気者なんですね!」

「野郎にモテても嬉しくないんだけどな……」


 変な奴らばかり絡んでくる気がする。

 俺は普通に戦っただけなのにな。どうしてあそこまで絡んでこようとしてくるんだ。

 まぁいい。もうここには用は無い。


「そろそろ出るぞ。また変なのに会いたくないからな」

「そ、そうね。いきましょうか」

「はい」


 俺達は立ち上がり、控え室から出ようとした時だった。

 見知らぬ人がドアから入ってきたのだ。


「失礼します。ゼスト選手は居ますか?」

「…………」


 ………………またか!!


「今度は何なんだ!? どいつもこいつも何で俺に会いに来るんだよ!? 俺が何したってんだよ!?」

「え? い、いや。わたしは賞金を渡しに来たんですが……」

「賞金?」

「はい。ゼスト選手が決勝で勝利を収めたので、優勝賞金を受け取ることが出来るんですが……」

「あーそういうことね」


 そういや忘れてたわ。賞金とか出るんだったな。

 この人はただの職員だったのね。


「それで。いくらになるんだ?」

「こちらになります」


 職員の手元には、飾りがついた綺麗な袋を持っていた。

 それを受け取ってから中を確認してみる。


「今回の優勝賞金である金貨10枚です。おめでとうございます」

「おー。結構入ってるな」


 なかなかの金額だ。悪くない。

 これで当分の間は金には困らないな。


「では確かにお渡し致しました。あとフィーネ様はいらっしゃいますか?」

「え? 私ですか?」

「はい。フィーネ様にも渡したい物があります。本日の優勝者予想を見事に的中なされたので、配当をお持ちしました。受付で購入されたカードはお持ちですか?」

「あ、は、はい」


 フィーネがポケットに入っていたカードを職員に差し出す。

 あれは馬券みたいなもんか。


 そういや俺に賭けてたんだっけ。すっかり忘れてた。

 いくらになったんだろうな。


「……確かに。確認致しました。そして……こ、こちらがフィーネ様の配当金になります。少々重いのでお気をつけください」

「……! お、重い……」


 フィーネが受け取った袋は俺のよりデカいぞ。

 あの中にいくら入ってるんだ?


「そ、それでいくらになったんですか?」

「フィーネ様が今回受け取れる金額は――金貨90枚になります」

「……ふぇ?」


 …………わーお。

 予想以上にデカい金額になりやがった。


「え、そ、その……金貨ですか? 銀貨ではなくて?」

「はい。間違いなく金貨90枚になります。ご確認ください」


 フィーネが震える手で袋を開ける。

 するとそこには……


「……ほ、本当にある」

「う、うそ!?」


 ラピスも慌てて袋の中を覗き込む。そして見た瞬間、フリーズしてしまった。

 どうやら本当に金貨90枚らしいな。


「ど、どどどどどどどどどどうしよう!? こ、こんな大金見たこと無いよ!?」

「お、おおおおおおおおお落ち着きなさい! こんな時には深呼吸よ!」

「お、お姉ちゃんが持ってよ! 私はこんなに持ちきれないよぅ!」

「お金の管理はフィーネの役目でしょ! ならあなたが持ってなさいよ!」

「こんな大金は無理だよぅ!」


 軽くパニックになってやがる。

 無理もないか。約1億円相当をポンと手渡されたようなもんだからな。


 つーかあんなにも膨れ上がったのか。誰も俺に賭ける人は居なかったんだろうな。

 そりゃそうか。今の俺は無名の新人Eランクだからな。そんな奴に賭ける人なんて狂気の沙汰としか思われないだろう。

 だからオッズがとんでもないことになったんだろうな。


 俺の賞金である金貨10枚も十分大金なんだけどな。

 けど金貨90枚に比べると、どうしてもショボく思えてしまう。


「そ、そうだ! ゼストさんに渡すのは?」

「そ、そうね! それが一番いいわ!」


 2人が俺に近寄り、金貨が入っている袋を渡してくる。


「こ、これ受け取ってください! 全部ゼストさんにあげます!」

「え? 俺に?」

「あたしのために頑張ってくれたんでしょ? ならそのお礼よ」

「でも、元手はフィーネの金じゃないのか? 俺が貰ってもいいのか?」

「私は気にしません! というか全部ゼストさんのお陰ですから! だから受け取ってください!」


 うーん。こんな大金を受け取っていいんだろうか。

 ぶっちゃけこんなに貰っても今は使い道ないし。必要無いんだよな。

 俺も賞金貰ったからこれで十分だ。


 どうすっかな。

 このままこの子らの資金にしてもいいと思うんだが……


 ………………


 ……いや待てよ?

 そうだ。これだけの大金があれば……できるかもしれん。

 そろそろ欲しいと思っていたアレ・・を買えるチャンスかもな。


「分かった。なら受け取るよ。サンキューな」

「はい! 全部貰ってください!」


 差し出してきた袋を受け取り、俺の賞金分も入れることにした。

 これで合計金貨100枚だ。


「よかったわ。これでやっと落ち着ける……」

「私はまだ手が震えてるよぅ……」


 精神的に相当重荷だったみたいだな。

 何の前触れもなく手渡されたからな。心の準備が出来ていなかったんだろう。


「それじゃあ……今度こそ行くぞ。もう俺に用は無いよね?」

「はい。以上を持ちまして本日の闘技場は全て終了となります。ご利用ありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい」

「よし! じゃあ行くぞお前ら! 面倒な奴に会う前に!」

「わ、分かったわ!」

「はい!」


 俺達はその場から逃げるように急いで移動した。

 道中は誰にも絡まれることなく、無事に闘技場から脱出することが出来た。




 その日の夜。俺は宿のベッドの上で寝転がっていた。

 明日にはこの町から出てセレスティアに戻る予定だ。


 今日は色々あったな。

 まさか闘技場に出るとは思わんかった。久々の対人戦で少し不安だったが、意外となんとかなるもんだ。

 変な奴らに絡まれたりしたが、悪い気はしなかった。イアゴの野郎は別だけど。


 さすがに疲れたし、今日はもう寝よう。

 そう思ってベッドに潜り込んだ時だった。


 コンコン


「ん? 誰だ?」

「……あの。私です。フィーネです」


 ドアの向こう側からフィーネの声が聞こえてきた。


「入ってもいいですか?」

「ああいいぞ。ちょっと待ってな」


 立ち上がって歩き、ドアを開けた。

 するとそこにはフィーネが俺を見上げながら立っていた。


「よう。どうしたんだ。こんな夜に」

「えっとその……今日はありがとうございました。ゼストさんのお陰でお姉ちゃんを助けることが出来ましたし、本当になんとお礼をいっていいか……」

「ああそのことか。別にいいって。気にすんな。俺もラピスを助けたかったからな」

「そのことなんですけど……ちょっと屈んでもらっていいですか?」

「ん? いいけど……」


 よく分からずその場で屈んでみる。

 するとフィーネが顔を近づけてくる。


 そして……


 チュッ



「……え?」

「私からのお礼です」


 …………


 ………………えっと。

 俺はキスされたのか?


 あまりにも突然すぎて脳の処理が追い付かない。

 でも唇には確かに感触が残っている。


「お、おい……今のは……」

「ふふっ。お姉ちゃんには内緒ですよ?」

「お、おう……」

「そ、それじゃあ戻りますね。おやすみなさいっ!」

「…………」


 フィーネは顔を赤くしながら早々と立ち去って行ってしまった。


 俺はその場でしばらく取り残されていた。


 ……まさか。キスされるとは思わんかった。

 悪い気はしないが……さすがにビックリした。


 まぁでもあれだ。

 今日はいい夢が見れそうだ。




 次の日。

 俺達は宿を後にして外に出ていた。


「さーて。この町も今日でお別れだな」

「あたしはあんまりいい思い出無いけど……まぁ楽しめたわ」

「あはは……」


 ラピスは仕方ない。捕まっていたもんな。


「でも来て良かったと思うわ。もっと色々なお店を回りたかったけど、また今度の楽しみに取っておくわ」

「そうだね。また来ようね」


 お祭りみたいな雰囲気が気に入ってくれたみたいだな。

 俺もまた来ようと思う。美味い店を知ったしな。


「……ん? なんだそれ?」

「え? どうしたの?」

「いや、2人の髪になんか付いてるなって思って」


 ラピスの髪には星形のアクセサリーが付いていて、フィーネにはハート型のアクセサリーが付いている。

 あれは髪留めかな。


「ああこれ? 昨日フィーネと一緒に買ったのよ」

「これはお姉ちゃんが選んでくれた物なんです」

「へー」


 そういや昨日のフィーネにもそんなの付けてた気がする。

 髪留めも小さいし気づきにくかった。というか昨日は色々ありすぎてそれどころじゃなかったもんな。


「ど、どうかしら?」

「うん。似合ってるよ。可愛くてラピスにピッタリだと思うよ」

「そ、そお? えへへー」


 こんな恥ずかしそうに顔を赤くするラピスは珍しい気がする。


「ふふっ。よかったねお姉ちゃん」

「フィーネも似合ってるぞ。ラピスとはまた違った雰囲気で可愛いじゃないか」

「ふぇっ!? そ、そうですか? えへへ……」


 2人して同じように照れている。

 さすが姉妹だ。仕草がそっくり。


「さて。んじゃ戻るとするか。セレスティアに」

「そ、そうね。さっそく馬車乗り場に行きましょ!」

「ん? なんでそんな所に行くんだ?」

「え? だって馬車に乗って帰るんでしょ? だったらまず馬車乗り場に行かないと」

「別に必要無くないか?」

「えええええ!?」


 なんでそんなに驚くんだろう。


「ま、まさか……徒歩で帰る気なの!? セレスティアまで歩きで!?」

「違うよお姉ちゃん。きっと強くなるために必要なことなんだよ! そうですよね?」

「えっ」

「そ、そうなの? なら仕方ないわね……」


 …………ああそうか。そういうことか。この子らは勘違いしているな。


 いやでも……ここは……


 ふーむ……


 …………まぁいいか。


「あー何でもない。今のは忘れてくれ。馬車に乗って帰るんだったな」

「もう……なんなのよ一体……」

「悪い悪い。ちょっと寝ぼけてたんだ。忘れてくれ」

「大丈夫なんですか……?」

「寝ぼけてただけだって。心配すんな。今は何ともないからさ」

「それならいいんですけど……」


 普通に帰るのも旅の醍醐味だし。これはこれでいいかな。

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