第42話:予期せぬ訪問者
一仕事終えてから控え室へと戻った。
中に入ると、フィーネがラピスに抱き着いたままだった。
「あ、戻ってきたわね」
「悪い待たせたな。ちと時間掛かっちまった」
「お、おかえりなさい!」
フィーネは慌ててラピスから離れて近くに座った。
俺も近くでテキトーに座ることにする。
「話は聞いたわ。あたしのために頑張ってくれたみたいね」
「まぁな。まさか闘技場に出るとは思わんかった」
「その……ごめんなさい。またゼストに迷惑かけちゃったわね……」
シュンと落ち込むラピス。
さすがに堪えたみたいだな。
「ま、ケンカ売るなら相手を選べってこった」
「うう……」
「そうだよ! 私もすっっっっごく心配したんだからね!」
「ごめんってば……」
「もう二度とこんなことしないでよ? いい?」
「で、でも……あの時はフィーネが危なかったから仕方なく……」
「お姉ちゃん!!」
「うう……はぁい……」
妹に説教されてさすがに大人しくなってしまったな。
なかなか面白いものが見れた。これではどっちが姉なのか分からんな。
けどラピスがあんな行動したのは何となく分かる気がする。
イアゴの野郎は躊躇なくラピスを捕らえたらしいからな。もしラピスが何もしなければ、捕まっていたのはフィーネなのかもしれない。
話を聞く限りだと、その時も兵士が沢山居たみたいだしな。恐らく逃げようとしてもすぐに囲まれて捕まっていただろう。
だからラピスはあえて騒ぐことで、ヘイトを全て自分に向けさせたんだろう。
これも妹を思っての行動だったのかもしれない。
「もう……本当にお姉ちゃんったら……」
「フィーネがいつもより怖いわ……」
「お姉ちゃん? 何か言った?」
「な、何でもないわ……」
とりあえずこれで解決かな。
ここには用が無いしさっさと帰ろう。
立ち上がって帰りの準備をしている時だった。
ドアが開く音が聞こえたのだ。
「よぉ。邪魔するぜ」
「……!」
入ってきたのは決勝戦で俺と戦った相手――
ヴォルギッシュだった。
「お前は……何でこんなところに!?」
「え? だ、誰よ?」
「た、たしかゼストさんの戦っていた人ですよね……?」
「そ、そうなの?」
ああそうか。ラピスは何も知らないんだっけか。
ずっと捕まっていたもんな。
「雑魚に用はねぇよ。テメェに一つ言いたいことがあって来たんだ」
「は? 俺に?」
何だなんだ。こいつは何をしに来たんだ……?
まだ何かあるってのか……?
「ゼストとか言ったな。オレをあそこまで追い詰めたのはテメェが初めてだ」
「そ、それがどうした……」
「だがオレの実力はあんなもんじゃねぇ。武器もいつもと違ったし、舐めてかかって油断してたオレが悪い。アレがオレの全力だと思うなよ?」
「だから何なんだよ……」
「だからもう一度勝負しろ。次こそ本気のオレを見せてやるからよ」
「なっ……」
おいおいおい。冗談じゃねーぞ。
また戦えってか。いい加減にしてくれよ。
「ま、待てよ。俺はもう疲れたんだ。これ以上は戦う気はねーぞ」
「安心しな。別に今すぐってわけじゃねぇ。互いに万全じゃねぇからな」
「ハッキリ言えよ。何が言いたいんだよ」
「オレも雑魚ばかり相手にしてて体がなまってたみたいだからな。だから鍛えなおして今よりもっと強くなってくるからよ。その時まで勝負はお預けだ」
「はぁ……」
「次こそテメェを倒す。あんなくだらねぇ癖なんてすぐに直してやるさ。今度戦う時も同じ戦法が通用すると思うなよ?」
「はぁ……」
「だからオレ以外に負けたりするんじゃねーぞ。その首を刈り取るのはオレの役目だ。せいぜい首を洗って待っていることだな」
「はぁ……」
「じゃあな。それだけ言いに来たんだ。次会う時はテメェの最後だ。残り少ない人生を楽しむことだな。ヒャハハハハ!」
それだけ言って開いたドアから出て行ってしまった。
「……なんなの今の」
「さぁな……」
「あはは……」
変な奴に目を付けられたな。まさかあんな戦闘狂だったとはな。
まぁ放っておいても問題は無いだろう。またその時に考えればいいや。
「と、とりあえずもう用は済んだし、さっさと帰ろうぜ」
「そ、そうね。お腹すいちゃったわ」
「そうだな。俺も腹減ったな。何か食べて帰ろうか」
「さんせー!」
「はい!」
俺達は立ち上がり、控え室から出ようとした時だった。
またドアから誰かが入ってきたのである。
「失礼。ここにゼスト君が居ると聞いてきたんじゃが……」
「またか……」
今度は何なんだ。
今日は客が多いな……
「えっと……あの人もゼストさんと戦った人ですよね?」
「そうだな」
ガルフとか言ってたっけ。
70歳ぐらいの普通の老人にしか見えないが、レッドドラゴンを召喚する厄介な爺さんだ。
「おお。また会えて嬉しいぞ」
「それで? 何の用なんだ?」
「いやなに。ちと老いぼれの話を聞いてほしいと思ってのぅ」
「まさかまた勝負しろって言うんじゃないだろうな……」
「安心せい。そんな野暮な理由じゃないわい」
「良かった……」
もうこれ以上の面倒事はゴメンだ。
さっさと終わらせて帰ってもらおう。
「その前に……座っていいかのぅ? 立ったままだと腰が痛くてな……」
「ど、どうぞ」
「感謝する。どっこいしょっと……」
ガルフは杖を持ったまま近くに座って一息ついた。それから腰を抑えたり肩を叩いたりして、話し始めたのはしばらく待ってからのことだった。
「しかしあれだな。ゼスト君のモンスターは強かったのぅ。これでもワシは最強の召喚士と言われたほどの自信があったんじゃがな……」
「まぁね。でもコラーゲンは万能ってわけじゃないんだ」
「というと?」
「すっげぇ遅いんだよなあいつ……。歩いても追い抜けるぐらいノロい。所詮はクラゲだしな……」
全モンスターの中でもワースト1位になれるぐらい遅い。
たぶんスライムより遅いんじゃないかな。
「それに攻撃手段が無いんだよ。唯一使えそうなのが触手なんだけど、そんなの近づかなければいいだけの話。本当に防御だけに特化したモンスターなんだ」
「なるほどのぅ……」
「だからあの時にモンスター同士の勝負を提案したんだ。爺さんがそれを了承した瞬間、俺の負けは無くなったんだよ」
「そういうことか……」
あれは賭けだったんだよな。何気に危ない橋を渡っていた。
もし俺だけ戦うことになれば勝機は無かっただろう。
「でも爺さんが〝ブラック〟を召喚出来てたのなら勝負は分からなかったと思う」
「ぶらっく? 聞いたことがないのぅ」
「ブラックっていうモンスターがいるんだけどさ。そいつはコラーゲンの天敵なんだよ」
「なんと……! あれ以上に強力なモンスターがいるのか……!」
「いや相性の問題。別にブラックが最強ってわけじゃない。どんなモンスターも弱点をつけば倒せるってだけの話さ」
「なんというか……世界は広いのぅ。まだまだワシの知らぬ領域があるというわけか……」
召喚については奥が深い。
どんなモンスターも完全無欠というわけではないのだ。
「話が反れたな。それで? 話とは何なんだ?」
「……50年ぐらい前のことじゃ。ワシはとあるパーティの一員だったんじゃ。当時は数少ないSランクに認定されたパーティでの。腕にも自信があったんじゃ」
何の脈絡もなく話し始めたが、俺達は黙って聞くことにした。
「どんなモンスターも敵ではなく、どんな依頼もこなし、どんな困難にも立ち向かうことが出来た。もはやワシらのパーティに敵う相手なんて居ないと思っていた。それだけ勢いを付けていたんじゃ」
「…………」
「ある日のことじゃ。パーティに居る1人がこんなことを言ってきたんじゃ。『オレたちはもはや敵なしの最高のパーティだ。もしかしたらオレたちなら〝ヴァルハラ〟も攻略出来るんじゃないか?』……とな」
「……!」
なんだと……
ヴァルハラだと……?
「な、なぁ。ヴァルハラってあの聖域のことか?」
「そうじゃ。未だかつて誰も攻略したことのないと言われている禁断の場所じゃ」
俺も良く知っているエリアだ。
最高クラスの難易度であり、バケモノ染みた強さを持っているモンスターがウヨウヨいる。
そして最深部には転生が行える神殿が存在する。
その場所の名は〝禁断の聖域ヴァルハラ〟
――俺の最終目的地でもある。
「それからワシらは困難を乗り越え、数々のモンスターを討伐し、ようやくヴァルハラに到達することが出来たのじゃ」
「…………」
「じゃがそこで見たのは――地獄じゃった」
ガルフはそう言うと同時にうつむいてしまった。
「見たことの無い地形、見たことの無いモンスター、見たことの無いスキルの数々。見るもの全てが脅威じゃった」
ヴァルハラはエンドコンテンツ扱いになるほどの難易度だからな。生半可な強さではあっという間に返り討ちに合うだろう。
それだけ難易度が高いエリアなのだ。
「ワシらは必死に戦った。じゃがどれだけ戦っても勝てる未来が見えなかった。そして撤退を余儀なくされた。あのタイミングで撤退を決心したのは一世一代の英断だと思っている。もしあと30秒……いや10秒遅かったら全滅していただろう」
「そ、そんなにすごい場所なの?」
「当時のワシらは負け知らずのパーティじゃった。だからどんなモンスターも勝てると思っていた。それだけ実力があると確信していた。じゃがヴァルハラのモンスターは次元が違った。そんなワシらのパーティでも1匹も倒せずに撤退せざるを得なかったんじゃ」
ガルフは当時のことを思い出したのか、杖を強く握りしめていた。
「ヴァルハラに滞在出来たのは10分くらいかのぅ。今思えば10分も生き残れただけで奇跡としか思えんわい」
「そんなにヤバい場所なのね……。あたしが行ったらどうなるのかしら。逆に気になってきたわ」
「今のラピスなら10秒生き残れたら奇跡だと思うぞ」
「……やっぱり行くの止めるわ」
「英断だ」
今のラピス達が行くには無謀すぎる場所だ。
レベル1のままいきなりラストダンジョンに挑むようなもんだからな。自殺と変わらん。
「それからワシらのパーティは何処にも行く気が起きなかった。依頼も全て断った。討伐も一切しなくなった。心を折るには十分すぎる出来事じゃった……」
「…………」
「パーティも自然と解散することになって今に至るわけじゃ。これがワシが歩んできた人生。英雄だとか言われておるが、惨めに逃げて生き残った哀れな老いぼれじゃよ……」
最強だと思ってたパーティが何も出来ずに返り討ちだもんな。それだけ衝撃的だったんだろう。
「それで? その話がしたくて来たのか?」
「そうじゃ。もしかしたらお主なら……ゼスト君ならヴァルハラを超えられるかもしれん。そんな予感がするんじゃ」
「俺がか? なんでそんなことを……」
「もしかしたら……お主なら悲願を達成できるかもしれん! ゼスト君なら出来るはずじゃ! ワシらの夢……いや人類の夢であるヴァルハラの攻略を! そしてその奥にある謎を解明してほしいんじゃ!」
ヴァルハラの攻略……か……
「頼む! ワシらの無念を晴らしてほしいのじゃ! このままでは死んでも死に切れん!」
「…………」
まさかここでヴァルハラの話が出てくるとはな。
この人もそれだけ実力があったんだろう。行くだけでも大変な場所だからな。
「……ぶっちゃけ爺さんの悲願とかどうでもいいんだけどさ、俺は元からヴァルハラに行く気だったんだよ。そこに用があるからな」
「なんと! それでは……」
「俺はヴァルハラを乗り越える。目的のためにはどうしても行かなくちゃならないからな」
最深部には唯一、転生できる場所が存在するしな。
そこならこの
「おお……! そうか……そうか! 頼もしいのぅ」
「だから安心してていいぞ。俺が必ず攻略してみせるからよ」
「頼んだぞ! お主ならきっと出来る! ワシらの夢を叶えてくれ!」
「ああ」
それからガルフは涙を拭ってから立ち上がり、俺の手を厚く握った。
「こんな老いぼれの話を聞いてくれて感謝するぞい。長々とすまなかった。そろそろ帰ることにするよ」
「そっか。こっちも貴重な体験が聞けてためになったよ」
「陰ながら成功を祈っておるよ。勇気ある若者よ、さらばじゃ」
「またな爺さん。お元気で」
ガルフは俺達に見送られながら、部屋からゆっくりと立ち去って行った。
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