第40話:最強の矛 VS 最強の盾

 俺の呼び出したモンスターは通常よりも遥かに大きい巨大クラゲだ。

 そいつは水中に居るかのようにフワフワと宙に浮かんでいる。


 観客達も召喚したモンスターを見てザワめき始める。


「なにあれ……」

「変なモンスター……」

「あれはクラゲだな。海にいる生物だよ」

「すごい弱そうなんだけど。ボクでも勝てそう」

「あんなので対抗する気なのか?」

「おいおい。せっかくガルフ様の試合が見れそうだってのに、これじゃあ一瞬で決着ついちまうぞ」

「これはガルフさんの勝ちだな……」


 観客は好き放題言ってやがるな。別にいいけどさ。


「……ふむ。初めて見るモンスターで少し驚いたが、それだけじゃな。何も問題のないわい。しかし実に不思議なモンスターじゃな。何という名前なんじゃ?」

「コラーゲンって名付けてる。悪くないっしょ」

「こらーげん……? 聞いたことの無い名じゃな……」

「いや俺が名付けたんだよ。だって肌に優しそうな成分が多そうじゃんか」

「……?」

「まぁ名前なんてどうでもいい。とにかく始めるぞ」


 巨大クラゲことコラーゲンは、非常にゆっくりとしたスピードでリングの中央へと向かっていく。


「せっかくだからお互いに召喚したモンスターで決着つけないか?」

「ほう。まさかそのモンスターでレッドドラゴンに立ち向かう気か? さすがに無謀としか思えんが?」

「勝負ってのはやってみないと分からねーぜ?」

「……よかろう。そっちがその気なら受けてたとうではないか。無謀に挑むのもまた若さじゃ」


 ガルフは杖で地面を叩いてから叫ぶ。


「ならせめて一撃で終わらせてやろう! その目に焼き付けるがいい! 行けレッドドラゴン! ブレスで焼き払うのじゃ!!」

「グオォォォォォォォン!」


 ドラゴンの口に火が集まり、コラーゲンにその口を向ける。

 そして――


「これで終わりじゃ!!」


 凄まじい灼熱のブレスがコラーゲンを包み込み、炎で姿が見えなくなってしまった。


 しばらく周囲が燃え盛り、終わったのは何秒か経ってからだった。

 周囲には煙が立ち込めていて姿が良く見えない状況だ。


「ふぉっふぉっふぉ。あっけないものじゃ。これで分かっただろう? ワシのレッドドラゴンこそが最強のモンスターだと」

「…………」

「これでワシの勝ちじゃ。ドラゴンを目の前にしても立ち向かう勇気は認めよう。じゃが相手が悪かったのぅ。これが闘技場じゃなかったらお主は死んでおったところじゃぞ? 時には引くことも肝心じゃ。無暗に突っ込むのは愚策じゃよ」

「…………」

「さてと。終わったことだし一休みして――」

「何を言っているんだ。まだ勝負は終わってないぞ」

「なぬ?」


 辺りを包み込んでいた煙が消えていく。


 徐々に視界がクリアになり姿が見えるようになっていく。


 そしてそこには――


「……!! ば、馬鹿な!?」


 フヨフヨと浮かんでいるコラーゲンの姿があった。

 何事も無かったかのようにピンピンしている。


「あ、ありえん! 直撃したはずだぞ! なぜ生きている!?」

「あの程度ではコラーゲンは倒せないぞ? 理由を知りたいか?」

「な、なぜ何じゃ!?」

「実はな。コラーゲンには『遠距離攻撃耐性』を持っているんだよ」

「耐性じゃと……」


 そう。こいつにも3つの能力が備わっている。


「1つ目の能力。それは遠距離攻撃によるダメージを99%カットする『超耐性』だ」

「な、なんじゃと……」

「そして2つの目の能力は、ダメージを受けたそばから回復する『超再生』だ。ブレス程度の攻撃なら1日中受けても耐えられると思うぞ?」

「そ、そんな馬鹿な……」


 しかもただの再生ではない。回復スピードも速い超再生持ちだ。

 この2つの能力が備わったことにより、ハッキリ言って遠距離攻撃で倒すのは不可能に近い。


「さぁどうする? まだブレスで攻撃してみるか? 無駄だと思うけど」

「む、むぅぅぅ……」


 さすがに予想外だったのか、難しい表情をして悩むガルフ。

 だがすぐに次の行動に出てきた。


「ブレスが駄目なら近距離で倒すだけじゃ! ブレスだけが武器ではないわ! 行けレッドドラゴン! 奴を切り裂いてしまえ!」

「グォォォォォォ!」


 ドスドスと歩くたびに地面が揺れそうな迫力でコラーゲンに近づいていく。

 そして目の前で止まり、腕を振り上げる。


「やれ!!」


 ドラゴンの大きな爪がコラーゲンに襲い掛かる。

 爪は見事に命中し、触手をまとめてブチブチと引き千切られた。その勢いで軽く吹っ飛ぶコラーゲン。


「……ほっほっほ。なんじゃ効くではないか。驚かせおって!」

「…………」

「残念じゃったな。レッドドラゴンはむしろ近接のほうが威力が出るんじゃよ!」

「…………」

「タネさえ分かればこちらのもの。少しヒヤリとしたが、やはり差は歴然としておる。この程度で勝ったつもりでいたのか? だとしたら甘いのぅ」

「…………」

「まぁよい。さっさと終わらせてくれよう」


 ドラゴンは再びコラーゲンに近づこうとする。


 だが――


「今度こそ終わりじゃ! レッドドラゴンよ! トドメを――」

「……!? ギャォォォォォォォォォォォン!!」

「!? ど、どうしたんじゃ!?」


 ドラゴンはいきなり苦しそうに手を押さえてもがき出したのだ。

 その場で暴れているせいでリングが徐々に壊れていく。


「ああそうだ。言い忘れてたけど触手には注意したほうがいいぞ」

「しょ、触手じゃと!?」

「ほれみろ。ドラゴンの手に付いているだろ」

「……!?」


 ドラゴンの手には触手が無数に絡みついている。あれは攻撃した時についたものだ。

 さっきはまとめて引き千切っていったからな。その分だけ触手が絡みついているのだ。


「コラーゲンの触手はな。竜の鱗ですら浸透する『超猛毒』だから触らないほうがいいぞ」

「ば、馬鹿な……。毒じゃと……」


 これが3つ目の能力。

 コラーゲンから生えている触手にはえげつない毒が仕込まれているのだ。

 触れたら最後。回復不可の猛毒が襲い掛かる。


「さぁどうする? まだやるか? ドラゴンはまだ戦えるみたいだけど?」

「ぐ、ぐぬぅぅぅ……」


 ブレスなどの遠距離攻撃には超耐性がついているのでダメージを与えるのは困難。しかも超再生付き。

 かといって近づけば、今度は超猛毒の触手が待っている。ちなみに触手は既に再生済みだ。


 これがコラーゲンの能力。


 これが鉄壁のモンスター。



 これが『最強の盾』と呼ばれる所以なのだ。



「ま、まだじゃ! まだレッドドラゴンは倒れておらん!」


 ドラゴンは既に落ち着きを取り戻している。

 さすがにタフなだけある。あれぐらいでは倒れないか。


「いくら再生持ちといえど、限界があるはずじゃ!」

「無いんだなーこれが」

「行け! レッドドラゴン! ブレスで触手ごと焼き払ってしまえ!」

「だから無駄だっての」


 再び灼熱のブレスでコラーゲンを包み込む。

 だがブレスが終わってから様子を見ると、コラーゲンは何ともなかったかのように平然としていた。


「ぐぬぅ……まだまだ! 手を休めるな! ひたすらブレスで燃やし尽くしてしまえ!!」


 再び始まるブレス攻撃。

 それからも何度もブレスでの攻撃が続いた。

 だが何度も焼こうが、コラーゲンが倒れる気配が一向に無い。

 それでもブレスを止めることは無かった。


 そして何度目かのブレスが終わった後のことだ。

 ドラゴンは何もすることなくガルフに振り向いたのだ。


「グルゥ……」

「ど、どうしたんじゃ!? 早くブレスを撃たんか!」

「たぶんガス欠MPぎれじゃねーの?」

「な……なんじゃと……」

「いくらレッドドラゴンとはいえ、無限にブレスが撃てるわけではあるまい」

「そ、そんな……」


 プレイヤーにMPが存在するのと同じで、モンスターにもMPが設定されているのだ。

 MPが切れると当然スキルが撃てなくなる。


「ば、馬鹿な……これではもう……打つ手が……」

「どうする? ブレスは使えないみたいだし、まだ続けるか? さっきみたいに近接でワンチャン狙ってみるか?」

「…………」


 ガルフは呆然と立ちつくしている。

 ドラゴンを見たり、平然としているコラーゲンを見たりして考えているようだ。


「ぐぬぅ……そ、そうじゃ! 踏みつけて捻り潰してやるわ!」

「それ一番やったら駄目なやつだからな。全ての触手が絡みついて一気に致死量の毒におかされるぞ」

「…………」

「言っとくけど触手もすぐに再生するからな。さっき見たから分かると思うけど」

「…………」

「あと触手が増えた分だけ、毒の量も倍増するぞ。次に触れたら卒倒するかもな」

「…………」

「どうする? 試してみるか? ドラゴンなら耐えられるかもしれんぞ」

「…………」


 ガルフは何も言わず突っ立っていたが、しばらく待っていると杖を落としてしまった。


「ば、馬鹿な……そんな馬鹿な……。ワシが……負ける……じゃと……」


 ゆっくりと膝から崩れ、そのまま地面にひれ伏してしまう。


『!? おおっと!? これはどうしたことか!? ガルフ選手が動かない!? 地面に倒れたまま動く気配が無いぞ!?』

「…………」


 試合開始前と比べて嘘のように静まり返る会場。

 誰もがガルフに注目していることだろう。


 だがどれだけ待っても立ち上がる気配が無かった。


『……えっと。これは……ガ、ガルフ選手の戦意喪失とみなし……勝者……ゼスト選手……』


 そして静かに勝利が決まった瞬間であった。

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