第39話:エキシビジョンマッチ

 ………………遅い。


「遅いですね……」

「ああ……」


 職員に控え室で待機するように言われてずっと待っているが、未だに音沙汰無しだ。

 かれこれ30分は待っている気がする。


「お姉ちゃん……大丈夫かなぁ……」


 フィーネが心配そうにドアを見つめる。


「まさかあの野郎……約束を無かったことにするつもりじゃねーだろうな……」

「え、えええ!?」

「ぶっちゃけ胡散臭い奴だったからな。素直に約束を守るようなタイプには見えん」

「そ、それならお姉ちゃんはどうなるんですか!?」

「…………」


 もしかしてラピスを連れて何処かに隠れているのではないか。そんな予感がしてきた。

 だがあいつの屋敷の場所は分かってるんだ。本当にそういう行動に出るならこっちにも考えがある。


「ちょっと様子を見てくる。ラピスが心配だ」

「なら私も付いていきます!」

「いやフィーネはここで待ってろ。行くのは俺1人でいい」

「で、でも……」

「もしかしたら入れ違いでラピスが戻ってくるかもしれん。だからここで待っているんだ」

「…………そうですね。ならお願いします。お姉ちゃんを助けてください」

「ああ。任せろ」


 そしてドアに向かって歩きだした瞬間――ドアが開いたのだ。


「こ、こちらにゼスト選手は居ますか?」


 ドアを開けたのは職員だった。


「俺に何か?」

「良かった。その……貴方に伝言があります」

「伝言?」


 何だろう嫌な予感がする……


「イアゴ様からです。『エキシビジョンマッチで勝てたら約束通り開放してやる』……とのことです……」

「はぁ? エキシビジョンマッチ? なんだそりゃ?」


 そんなの聞いたことが無い。

 闘技場にそんなルールは無かったはずだ。


「その……これからゼスト選手に出てもらう試合のことです。今回は特例ということで、追加で試合が設けられました」

「ふ、ふざけんな! 何だよそれ!? もう決勝戦は終わっただろ! 優勝は俺に決まったんじゃないのかよ!?」

「お姉ちゃんはどうなるんです!? お姉ちゃんはどこに居るんです!?」

「ひ、ひぃぃぃぃ。わたしに言われても困ります……。わたしはただ伝言を伝えにきただけですので……」


 あの野郎……

 何が約束通りだよ。思いっきり破ってるじゃねーか。


「おい! そのエキシビジョンマッチとやら1回だけなんだよな?」

「そ、その予定でございます……。これ以上は試合を追加する予定はありません……」


 これが正真正銘最後の試合ってわけか。

 ……いいだろう。


「分かったよ。出てやるよ。やりゃあいいんだろ」

「そ、そうですか。ではご準備をお願いします」


 既に外した鞘を装備し、準備を整える。


「ああそうだ。イアゴの野郎に伝えとけ」

「な、何でしょう?」

「――『次はねぇぞ』……とな」

「ひぃぃぃぃぃ! か、かしこまりましたー!」


 言い終わると職員は慌てて飛び出していった。

 ちょっとやりすぎたか……?


「ゼストさん……また戦うんですか?」

「不本意だけどな。どうやら向こうは素直に引き渡すつもりは無いらしい」

「うう……お姉ちゃん……」


 泣きそうになるフィーネ。そして心配そうに見つめてくる。


「安心しろ。勝って必ずラピスを連れ戻すから」

「だ、大丈夫なんですか? ここまでずっと試合続きでしたのに……」

「休んだからもう平気だよ。これくらい何ともないさ」


 試合自体は特に問題なかったしな。

 決勝戦だけ少し面倒だったけど、大したことではない。


「今度こそお姉ちゃんは戻ってくるんですよね……?」

「多分な。……いや、絶対に取り戻す。これで終わりにしてやる」

「お願いします……ゼストさんだけが頼りなんです……!」

「任せとけ。誰が相手だろうが関係ない。必ず勝ってやる」


 準備を済ませてから控え室から出る。そして試合会場へと向かう。


 しかし俺の相手は誰なんだろうな。

 決勝で当たったヴォルギッシュはなかなかの強敵だった。もう少し経験を積まれてたら苦戦を強いられていただろう。

 だからこそあいつ以上に強い奴なんてそう簡単に見つかるとは思えないんだよな。

 そもそもの話、そんなに強かったら出場してるはずだしな。


 じゃあ一体誰が出てくるんだ?


 まさかあのイアゴとかいう奴が直接出てくるとか?

 ……いや無いな。アレはただの飾りだ。


 考えても仕方ない。誰であろうとも倒すだけ。今の俺なら問題ないはずなんだ。

 どうせすぐに分かる。早くリングに急ごう。


 廊下を歩いて進んでいく。

 そして外に出てリングへやってきた。


『み、皆さま大変お待たせしました! 既に決勝戦は終えていますが、今回は特別にエキシビジョンマッチをご用意いたしました! 普段とは違う戦いをお楽しみ下さい!』


 実況がそう叫ぶと観客がざわめき始める。

 どうやらもう終わるものだと思っていたらしい。


『それでは登場して頂きましょう! まずは今回の優勝者……ゼスト選手!』


 呼ばれたのでリングの上に登る。

 リングに登ってから初めて相手の姿を確認することができた。

 恐らく遠くにいるあの人が俺の対戦相手だろう。


『そして対するは……あの伝説の英雄――ガルフせぇぇぇぇぇぇんしゅぅぅぅぅぅぅぅ!!』


 それを聞いた瞬間、観客達が更に盛り上がる。


「えっ? ガルフって……あの伝説のパーティに居た人……?」

「たしか50年前に活躍したっていう……英雄の1人?」

「マジかよ。なんでこんな所に居るんだよ」

「うそ!? あの英雄ガルフ様!?」

「すげぇ! 伝説の英雄の試合が見れるのかよ!」

「うおおおお! 今日来てよかったぁぁぁ!」


 観客が一気に盛り上がり出した。ヴォルギッシュの時より盛り上がっている。


 相手はそんな有名人なのか。聞いたことの無い名前だったけどな。

 リングの端に立っているあの人がガルフとやらか。

 どれどれ……


 ………………


 嘘だろ……?


「ふぉふぉふぉ。懐かしいのぅこの空気。昔を思い出すわい」


 そこに立っているのは、杖をついている70歳ぐらいの老人だった。

 まさかあの人が俺の対戦相手なのか?


「えっと。爺さんが俺の相手? 確かガルフって聞いたけど」

「いかにも。ワシがガルフ本人じゃ」


 …………マジかよ。あんな爺さんが俺の相手なのかよ。

 あんなヨボヨボの爺さんが戦えるのか怪しいぞ。棺桶に片足突っ込んでそうな人だ。

 どう見ても戦えそうにない。あんな爺さん相手ならフィーネでも勝てそうだ。

 これは何かの間違いじゃないのか?


「マジで爺さんが相手なのか? 実は偽物で本物がどこかに隠れてるんじゃないのか?」

「安心せい。ワシが正真正銘、本物のガルフじゃよ」

「いやでも……」

「心配しなさんな。こう見えてもまだ戦えるわい」


 どっかからボケ老人を連れてきたんじゃないだろうな。

 まさか時間稼ぎか?

 時間を稼いでイアゴの野郎がどこかに逃げる作戦か?


「ワシは召喚をメインに使うのでな。じゃから召喚したモンスターと戦ってもらうことになる」

「ああ。そういうこか」


 なるほどな。確かに召喚なら自身は動かなくても戦える。

 召喚したモンスターメインの戦い方ならあの爺さんでも負担が少ない。

 一応、理に適っているが……それでもあまり強そうに見えない。


『それでは始まります! 勝つのは優勝者のゼスト選手か!? それとも英雄ガルフ選手か!? 注目の一戦です! エキシビジョンマッチ……試合開始ぃぃぃ!』


 試合は始まったが、お互いに1歩も動くことは無かった。


「ふむ。始まってしまったか。ゼスト君と言ったか。ちと頼みがある」

「何か?」

「ワシが召喚を終わるまでしばし待っててくれまいか?」

「別にいいけど……」

「そうか、感謝するぞい。若い頃なら戦いながらでも召喚する余裕があったんじゃがな。今では激しい動きが出来ん体になってしもうたんじゃ。歳は取りたくないもんじゃのぅ……」


 そういって杖で地面を叩いた。


「では行くぞ。呼び出すのも久しぶりじゃのぅ……《召喚》!! でよ! レッドドラゴン!!」


 地面が広い範囲で光り、モンスターが徐々に姿を現す。

 光が収まるとそこには――


「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……!!」


 巨大なドラゴンがリングの上で雄叫びを上げていた。


「ふぉっふぉっふぉっ。懐かしいのぅ。若い頃を思い出すわい」


 …………え。マジで?

 まさかあのレッドドラゴンと戦うことになるの?

 うそん……


 レッドドラゴンは召喚できる中で最強クラスのモンスターだ。一度召喚すれば戦況が変わるほどの戦力がある。

 しかもかなり成長している。あそこまで鍛えるのは何年も掛かるだろう。


 大きさも尋常ではない。リングの半分を埋め尽くすぐらいの巨体だ。

 グレートボアが子供に見えるサイズで、大きさも間違いなくトップクラスのモンスター。

 それがレッドドラゴンだ。


「悪いが負けるつもりは無いのでな。全力で行かせてもらうよ」


 ……これはマズイかもしれん。

 さすがにドラゴン相手は予想外だ。つーかあんなの予想できるかっての。

 もし武器を持参できたのなら何とかなったかもしれない。けど今の俺は粗悪品の剣しか持っていない。いくら何でもこれは厳しい。


 イアゴの野郎め。あんな隠し玉を用意してたとはな。これはやりすぎだろうが。

 しかしマジでどうすっかな。よりにもよってレッドドラゴン相手だからな。Eランクで戦うようなモンスターじゃねーぞ。

 正直言って、近づくだけでも困難だ。その前にブレスを撃たれて返り討ちになるのがオチだ。それぐらいの差がある。


 どうすりゃいいんだこの状況……

 何か手は無いのか……?


「どうじゃ? ワシの最強のモンスターは。挑んでくるかね? 降参するなら今の内じゃぞ?」


 ふむ……

 最強のモンスター……ねぇ……


 …………


「なぁ爺さん。最強のモンスターって何だと思う?」

「決まっておる。このレッドドラゴンこそが最強のモンスターじゃ」

「ああそうだな。確かに最強クラスだろうな――」

「そうじゃろう。誰もがそう思うはずじゃ」

「――攻撃面に関してはな」

「ふむ? 何が言いたい?」


 そうだ。あいつ・・・が居た。

 唯一、ドラゴンに対抗できるあいつなら……


「確かに攻撃面に関してはレッドドラゴンが最強と言っても過言じゃない。だけどな。防御面で最強なのは別に居るんだよ」

「何を戯言を。攻守ともに右に出る者はおらんわい」

「なら見せてやるよ。鉄壁のモンスターってやつをな……!」


 攻撃ではドラゴンが優秀なのは間違いない。

 だが防御だけを比べるともっと優秀なのが存在する。

 それを教えてやろう。


「こいつを呼ぶのは久々だな――《召喚》!! 来い!! コラーゲン!!」


 地面が光り、モンスターが現れる。


 光が収まり、そこに居たのは――


「……な、なんじゃそのモンスターは!?」


 そいつは陸では絶対に見かけない種類だった。

 何故ならそいつも海に生息する生物だからだ。


 そいつは目も、鼻も、耳も、口も無く、非常にシンプルな姿をしている。


 そしてそいつは水中にいるかのようにフワフワと浮かんでいる。


 更にそいつには無数の触手がぶら下がっていた。


 そいつの正体は――


「そっちが『最強の矛』で来るなら、こっちは『最強の盾』だ」


 ――巨大クラゲだ。


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