第38話:☆戦慄する元覇者

「キサマ! 負けるとは何事だ! わしがどれだけの大金を賭けていたのか分かっているのか!? キサマが負けたせいで全てパァなんだぞ!! この損失をどうしてくれるんだ!?」

「…………」


 イアゴの罵声がヴォルギッシュに浴びせられる。


 少し前の話である。

 ヴォルギッシュはゼストに負けてからリングに降りて控え室に向かった。そしてドアを開けると……そこにはイアゴが待機していたのだ。

 イアゴはヴォルギッシュの姿を見るや否や鬼のような形相で怒鳴り散らしたのだ。それが冒頭の罵声である。


「あんなガキに負けるとはどうなってるんだ!? 真面目にやる気があるのか!? これでもキサマには期待していたんだぞ! それでもAランク冒険者なのか!?」

「…………」


 イアゴは唾を飛ばしながら罵声を浴びせ続けているが、ヴォルギッシュは全く聞いていなかった。右耳から左耳に素通り状態である。


(ありえねぇ……)


 ヴォルギッシュはゼストと戦った試合で頭が一杯であった。

 特に負けた後に聞いたゼストの解説を何度もループして頭を駆け巡っていた。


(なんだよあれ……何なんだあの野郎は……)


 前回も優勝したことがあるヴォルギッシュにとっては負けたことはショックではあったが、それ以上に恐怖を抱いていた。理由はゼストの話した内容が原因だった。


(あんな短時間で癖まで見破るなんてどんな洞察力だよ……)


 ゼストとは初めて会う相手だ。だから直接戦うのはこれが初めてなはずだった。

 つまりあの戦いの中で自身のスタイルや癖などを見破ったということになる。

 短時間でそこまで見破る洞察力。そしてそれを見逃さない動体視力。これまで戦ってきた相手とは格が違っていた。

 自身でさえ気づかなかった癖すら見抜かれていた。まるで呼吸音ですら聞かれているような錯覚に襲われる。恐怖を抱くのはある意味当然ともいえた。


 ヴォルギッシュは何度も闘技場で戦ってきた。つまりその時に見抜かれて研究されていたのではないか?

 優勝したことがあるという事は、それだけ試合数も多くなるということだ。ならどこかで自身の癖を見破る機会があったのではないか?

 そんな考えが頭に思いつくが……すぐに否定した。


 全ての試合を詳細に覚えているわけではないが、どの試合も一方的になることが多かったからだ。少なくとも側面に回られた試合はほぼ無かったと記憶していた。


 やはりあの短時間の中で見抜かれていたという結論に落ち着いた。


(あの洞察力は1年や2年で身に付くようなもんじゃねぇ。何十年もの間、戦いの中に身に置いてやっと到達できる領域なはずだ。なのにあの野郎はどこでそんなの身につけたんだ……?)


 自分と比べるとゼストはもっと若い青年だと推測する。多く見積もっても同年齢だろう。だからこそ不気味であった。

 明らかに自分より経験が浅いはずなのに、誰よりも知識があるように見える。


 もはやヴォルギッシュにとって、ゼストは得体の知れないバケモノのように映っていた。


(あれがEランクだって? ざけんな。あんなバケモンみたいなEランクが居て堪るかよ……!)


 天才だとかそういった言葉では片づけられない正体不明の存在に背筋が凍るヴォルギッシュであった。


「――おい!! 聞いているのか!!?」


 イアゴの大声でハッっと我に返る。


「反省しているんだろうな!? キサマはわしに恥をかかせたんだぞ! どう責任を取ってくれるんだ! ああん!?」

「……うっせーな」

「なんだと!?」

「テメェの知ったことじゃねーよ。結果は結果だ。オレが負けたことには変わりねーよ」

「だから何であんなガキに負けたのかと聞いてるんだ!! まさかワザと負けたんじゃないだろうな!?」


 次から次へと飛んでくる罵声にストレスが溜まっていくヴォルギッシュ。


「オレがんなことするわけねーだろドアホ。勝手に決めつけるんじゃねぇ。その足りない頭で少しは考えたらどうだ」

「な……な、な、な、な……や、雇い主であるわしになんという暴言を吐くんだ!! こっちは大金を払ってるんだぞ!!」

「だからテメェの都合なんて知らねーよ。オレが何しようが勝手だろうが」

「ぐぎぎぎぎぎ………………」


 イアゴは血管が浮き出るぐらい顔を赤くして睨む。


「く、クビだ!! 絶対に許さん!! もうキサマなんて雇わん!! 今回の報酬も渡さないからな!!」

「別に金目当てで戦ってたわけじゃねーっての。テメェみたいな豚と一緒にすんな」

「で、出てけぇぇぇぇ!! 二度とわしの前に姿を見せるな!! とっとと失せろ!!」

「へいへい」


 ヴォルギッシュは耳をほじりながらのんびりした態度で控え室から出ていった。


「ぐぬぬぬぬ……まさか奴が負けるとは……とんだ失態だ」


 残されたイアゴは悔しそうに爪を噛んでいた。


「どうする……どうする……? このままだとあのガキを手放すことになる……」


 イアゴとしてはラピスにそこまで執着心があるわけでは無かった。

 勝負に負けて相手の思い通りにいくのが単に嫌だったのだ。

 要するに負けず嫌いなのである。


「このままだとあのガキの約束した通りになってしまう……」


 よりにもよって嫌いな冒険者相手との約束だったからか、絶対にラピスを解放したく無かったのである。


「どうすればガキを渡さずに済む……? どうすればわしの威厳が保てる……?」


 爪を噛みながら悩み続け……………………とあること閃く。


「……そうだ。あの人・・・と戦わせればいい。丁度わしが呼んでいたからな。あ奴なら戦ってくれるはずだ。おい誰か居るか!?」


 ドアを開けて大声を上げると、廊下で近くを通りかかっていた職員を発見した。


「ええと……イアゴ様ですよね? な、何かご用ですか?」

「奴を呼べ! 奴を呼び寄せてあのガキと戦わせろ!!」

「奴とは一体誰の事です……?」

「決まっている。あの英雄ガルフのことだ!!」

「え、えええええええ!?」


 予想外の人物の名が飛び出て思わず手に持っていた物を落とす職員。


「ガ、ガルフ様をリングに上がらせるんですか!? たしかイアゴ様とご一緒でしたよね?」

「そうだ! わしが呼んだんだ! ならすぐに連れてきて戦わせろ!」

「む、無茶ですよ! もう決勝は終わってるんですよ!? これ以上戦う必要はありません!」

「そこを何とかしろ! エキシビジョンマッチとか何かで理由つけてやらせるんだ!」

「む、無理ですよぉ……」


 既に全試合は終わっており、後は結果発表して終了する予定であった。


「キサマ! わしの言うことが聞けないのか!?」

「し、しかしですね……優勝者が決まっているのにここで更に試合を追加すると色々と問題が――」

「黙れ!! わしの言うことが聞けないのか!? だったら資金提供を打ち切るぞ! それでもいいのか!?」

「ひ、ひいぃぃぃぃ! し、少々お待ちください! 他の者にも掛け合ってきますので!」


 そういって慌ただしく走って立ち去って行った。

 スポンサーには逆らうことが出来ない職員であった。


「グヒョヒョヒョ……これでいい。ガルフは数少ないSランク冒険者。万が一にもあのガキが勝利することはない! これでわしの勝ちは決まったの同然! さてさて。処刑する場面をゆっくり眺めることにするか」


 イアゴは不気味に笑いながら廊下を歩いていった。

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