第34話:☆歴戦の男

 時は少し戻る。

 ゼストが屋敷から去っていった後のことである。

 その場に居たイアゴは屋敷内を移動し、とある部屋の前までやってきた。

 部屋に入ると、1人の男が気だるそうに椅子に座っていた。


「やっと帰ってきたか。おせーんだよ」


 男はイアゴに対して行儀が悪い格好でそう答えた。


「待たせたな。急な来客が来て対応してたんだ」

「ケッ。どうせくだんねーやり取りだったんだろ」

「まぁそういうな。これもわしが楽しむ為に必要なことだ。それより今日は優勝できるんだろうな? ヴォルギッシュよ」


 気だるそうに座っている男――ヴォルギッシュと呼ばれた男はイアゴに対して睨みつける。


「ああ? まさかオレが負けるとでも思ってるのか?」

「いやいやとんでもない。お前のことは信用しているよ。前回も前々回も優勝した実績があるからな。だが今回はいつも以上に負けられない試合なんだ」

「ケッ。テメェのことは知ったことじゃねーが、オレは負けるつもりなんかねーんだよ」

「それならいい。今日も頼りにしているぞ。ヴォルギッシュよ」


 ヴォルギッシュはイアゴに対して敬うような気配は全くしていなかった。誰に対してもこのような態度で接している。

 彼はタンクトップの格好で筋肉質である。そこから見える肌からは細かな古傷がいくつも残っており歴戦を物語っていた。


「それよりもっとつえー奴いねーのかよ? どいつもこいつも雑魚ばかりで退屈なんだよ」

「それはお前が強いからじゃないのか? 周りが弱いんじゃなくて、ヴォルギッシュが強すぎるからそう感じるだけだろう」

「だったらもっとつえー奴連れて来いよ。オレは雑魚狩りする趣味はねーんだよ」

「無茶を言うな。お前より強いやつなぞ簡単に見つからん」

「ケッ」


 気だるそうに立ち上がるヴォルギッシュ。そのままドアへと向かっていく。


「それより頼んだぞ。無事に優勝できたら報酬は期待していいからな」

「わーってるよ。誰が相手だろうが関係ねぇ。全力でぶっ殺すだけだ」

「結構結構。楽しみにしているからな」


 ヴォルギッシュは振り返ることなく部屋から出ていった。

 部屋に残されたイアゴは1人でニタニタと笑っていた。


(グヒョヒョヒョ。これであのガキも終わったも同然だ)


 イアゴがヴォルギッシュを雇っているのはこれが初めてでは無かった。以前から手を組んでいたのである。

 だからこそヴォルギッシュの実力を良く知っていた。だからこそゼストとあのような約束をした。だからこそ勝利を確信していた。


(ヴォルギッシュはAランクの冒険者だからな。だが実力的には既にSランク相当だという噂もある。今日やってきたあのガキが勝てるわけがない。見るからに貧相な格好だったしな。高く見積もってもCランクといったところか。勝負にならんわ)


 実際Aランク冒険者は数が少なく、それだけ実力があることを示していた。

 さらに上のSランクはかなり少なく、なれるのは極一部の人間だけであった。

 Sランクというだけで英雄扱いされることも珍しくない。姿を現しただけで騒がれるぐらいの知名度がある。ゼストが会ったことのあるあの勇者のように。


冒険者クズは嫌いだが、冒険者クズ同士が争うのは大好物だ。醜く争い血みどろになりながらも戦う姿はなんともいえない快感がある。あのガキが無様に散るのか楽しみでしかたないわい! これだから闘技場は止められん!)


 不気味に笑いながらあることを思いつく。


(そうだ。あの人・・・にも声をかけてみるか。ひょっとしたら今後も協力してくれるかもしれんからな)


 イアゴは笑いを隠すことなく部屋から出ていった。

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