第33話:アビール・イアゴ
「――というわけなんです……」
「…………」
フィーネは泣きそうな表情で自身が体験した出来事を語ってきた。
「私……どうしたらいいか分からなくて……。お姉ちゃんを助けたかったけど……私1人だけだとどうにもならないと思って……」
話を聞いた限りでは兵士が何人も居たみたいだからな。さすがにフィーネ1人では厳しすぎるだろう。
「だから……逃げてきたんです……。お姉ちゃんを置いて……。何も……できませんでした……」
「……そんなに自分を責めるな。逃げたのは正解だよ。2人が捕まったら俺が知ることが出来なかっただろうしな」
ラピスはフィーネを逃がす為にあえて囮になったんだと思う。
少なくとも2人が捕まるという最悪の事態は避けられたんだ。
「でも……私のせいでお姉ちゃんが連れさらわれたんです……。私がもっとしっかりしていれば……ドジなんか踏まなければ……」
「でもラピスが言うには向こうからぶつかってきたんだろ? ならフィーネは悪くないじゃんか」
「それでも……浮かれてて周りをよく見てなかったのは事実です……。もっとしっかりしていればこんなことには……」
事が事なだけあってかなり落ち込んでいるな。
例え相手が悪かろうが自分の責任だと思っているんだろう。
「お願いします……! お姉ちゃんを助けてください……! お姉ちゃんが捕まったのは私のせいなんです! 全部私が悪いんです! 何でもしますから助けてください! でないとお姉ちゃんが……」
「…………相手の特徴とか覚えているか?」
「え……? 一応は……それがどうかしましたか?」
「ならすぐに聞き込みしに行くぞ。そいつの元にラピスが居るはずだ」
「! それじゃあ……!」
「ああ。安心しろ。俺が必ず連れ戻してやる。だから急いで準備をしろ」
「は、はい! ありがとうございます!」
フィーネが何かをしたわけでもなく気に入らないからという理由で蹴飛ばされたらしいからな。ふざけた野郎だ。
相手が貴族だろうが王だろうが関係ない。1発ぶん殴ってやらないと気が済まない。
必ず俺がラピスを救い出してやる。
それから町で聞き込み調査をすることにした。
けどあっさり情報を手に入れることが出来た。どうやらフィーネを蹴飛ばした奴はこの町で有名な貴族らしい。もっと時間が掛かると思っていたから拍子抜けだった。
そいつの名はアビール・イアゴという貴族。
どうやらあまり評判が良くない人物らしい。聞き込みをしている時にも、誰もが表情を曇らせていたからな。
けど金と権力だけはあるとのこと。フィーネから聞いた話でも兵士を複数連れ回していたみたいだからな。ボディガードを常に付けているみたいだ。
そんなわけでさっそくイアゴとかいう奴の屋敷へと向かった。
屋敷は闘技場からそんなに離れていない場所にあったから分かりやすかった。
到着してから門に近づくと、兵士が武器を持って立っていた。だが構わず門に歩き出していく。
すると兵士がこちらに気づいたようで、門の前で叫んできた。
「止まれ! ここから先はアビール家の敷地内だぞ!」
「イアゴって奴に用がある。この子と同じぐらいの女の子が来たはずだ。そいつは俺の仲間なんだよ。だから連れ戻しに来た」
「何……?」
「そういうわけだから通してくれないか? アポはとってないけどな」
「…………」
さーてどうすっかな。
素直に通してくれるとは思えない。いくらなんでも俺達は怪しすぎるからな。
ここはやはり力づくで通るしかないか?
だがあまり騒ぎを起こしたくないんだよな。面倒になりそうだからな。
しかし今はそんなこと言ってる場合じゃない。
やはり無理やりにでも――
「……通れ」
「へっ?」
キョトンとしていると、門番をしていた兵士は門を開けてくれたのだ。
「え? 通っていいの?」
「ああ。中でイアゴ様がお待ちだ」
ありゃ。こんなにあっさり通してくれるとか思わなかった。
てっきり一悶着あるかと思っていたんだが……
「話は聞いている。捕まえた子の関係者が来たら通せとの命令だ。中央の屋敷でイアゴ様がお待ちだ」
「なるほどね……」
やはり待ち構えていたか。中に入れてくれるなんて随分と余裕だな。
「本当に入っていいんでしょうか……?」
「どうやら向こうは歓迎してくれるらしいぜ。なら行ってやろうじゃねーか。俺から離れるなよフィーネ」
「は、はい」
例え罠だと分かっていても飛び込むしかない。今はラピスを連れ戻すのが先決だからな。
フィーネに服を掴まれつつ敷地内へと入っていった。
そして中央にある屋敷の前まで到着した。
豪華なドアを開くと、中には広い空間があった。そして左右の壁際には兵士が何人も立っていた。
警戒しつつ周囲を見回していると、奥の階段から小太りのおっさんが降りてきた。
「もう来たのか。意外に早かったな」
キラキラとした装飾品を身に纏ったやたら豪華なおっさんがそんなこと言いながら階段を下りた。
あいつがイアゴとかいう奴だろう。
「お前がイアゴか?」
「いかもに。わしがこの屋敷の当主であるアビール・イアゴだ。どうだねこの屋敷は? 素晴らしいだろう?」
「んなもんどーでもいい。俺から言いたいことはただ一つ。ラピスを返せ」
「お姉ちゃんを返してください!」
「ふむ。ラピスというのは今日捕らえたあのガキのことかな?」
やはりここに捕らえられているのか……!
「ああそうだ。さっさと返してもらおうか」
「ということは、君はあのガキの兄ということかな?」
「似たようなもんだ。いいからさっさとラピスを連れていこいよ。どこに居るんだ?」
「グヒョヒョヒョ。そう慌てるでない。物事には順序というのがある」
さすがに素直に返してくれるはずがないか。
さてどうするかな。
「さっさとラピスを開放しろ。どこに居るんだ? なんなら力づくで聞きだしてもいいだぜ?」
「やれやれ。これだから
フィーネを蹴飛ばしたくせに何言ってんだこいつ。
「落ち着きたまえ。わしに手を出したらどうなるか。少しは考えてみたらどうだね?」
「……ッ!」
……駄目だ。
ラピスがどこに居るか分からない以上、ここで手を出すのはリスクが高すぎる。
「…………」
「グヒョヒョヒョ。それでいい。大人しくしていれば何もせんわ」
「ならどうすりゃ開放してくれるんだよ」
「やれやれ。
「こっちはお前と構っている暇は無いんだよ。開放する条件を言え」
「ふぅむ」
イゴアはワザとらしく腕を組んで考え始めた。
しばらく悩んでいたが何かを思いついたみたいだ。
「わしはな。闘技場で観戦するのが趣味なんだよ。スリル溢れるあの戦いがたまらなくてな。もうずっと通っててすっかり虜になってしまった。だからこの屋敷も闘技場の近くに建てたんだ」
「お前の趣味なんてどうでもいい」
「だからキサマも闘技場に出てみないか?」
「……は?」
「うむ。我ながらいいアイディアだ。もし闘技場で優勝できたのならあのガキを開放してやろうじゃないか」
闘技場で優勝ときたか……
面倒なことを要求してきやがる。
「どうかね? せっかくこの町に居るんだ。なら出場してみるのも悪くないだろう?」
「優勝したら本当にラピスを開放してくれるんだな?」
「ああいいとも。約束しよう。無事に勝ち抜くことが出来ればの話だがな」
「……分かった。その約束忘れんなよ?」
「勿論だとも。グヒョヒョヒョ……」
すぐに振り向き、フィーネと共に屋敷から出ることにした。
屋敷から出てからは闘技場へと向かっていた。
「ごめんなさい。私のせいでこんなことになってしまうなんて……」
「気にすんな。運悪く当たり屋とエンカウントしてしまったと思えばいいさ」
「あの。私に戦い方を教えてくれませんか?」
「ん? どうしてだ?」
「お姉ちゃんを助けるには闘技場で優勝する必要があるんですよね。なら私がなんとかして勝ち上がらないといけないですから……」
「いや。フィーネは出なくていい。俺1人で出場するから大丈夫だよ」
「ええええ!?」
元からフィーネをそんな場所に行かせるつもりは無い。
俺なら何度か闘技場で戦った経験があるからな。
「い、いいんですか? ゼストさんにそんな大事なこと任せちゃって……」
「そもそもフィーネは対人戦やったことないだろ? モンスターと違って対人は色々と戦い方が違うんだよ。なら勝率がいい俺が出るべきだ」
「そうかもしれませんけど……」
懐かしいな。一時期こういったPvPにハマったっけか。
でもPvP人口も減ってきてからは自然とやらなくなったんだよな。
「なーに。ちょちょいと倒して優勝すりゃいいんだ。それでラピスが救えるんだから安いもんだ」
「本当にいいんですか……?」
「ああ。俺に任せろ。必ず優勝してみせるから」
「……お願いします。でも無茶はしないで下さいね? 危なくなったら降参してもいいですから……! これでゼストさんまで失ったら……私は……」
「安心しろって。絶対負けねーからよ」
「はい……」
不安そうにしてたフィーネの頭を優しく撫でた。すると落ち着いたみたいで、表情が少しだけ和らいだ。
それから闘技場へと向かうことにした。
闘技場の入り口付近までやってくると、多くの人が中へと入っていく光景が見えた。さすがにこの町の目玉だけだって人気なようだ。
入り口付近には職員らしき人が何やら叫んでいた。
「さぁいらっしゃい! 本日は前回の覇者であるあのヴォルギッシュ選手が出場するよ! 今回の優勝候補間違い無しのあのヴォルギッシュ選手だよー! この戦いを見逃すと損するよー! さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
あそこから入るのか。とりあえず俺もエントリーしないとな。
建物の中に入ろうとした時、別の職員らしき人が何かを叫んでいた。
「皆さん張った張った! 賭けたい人はこちらで受け付けるよー! 今回の一番人気はやはりあのヴォルギッシュ選手だよー!」
ふむ。あそこで誰かに賭けることが出来るわけか……
「フィーネ。いま金持ってるか?」
「え? は、はい。お金の管理は私に任されていますから……」
「丁度いい。あそこで俺に全額賭けてこい」
「!? だ、大丈夫なんですか!?」
「なんだ。俺を信じて無いのか?」
「そ、そういうわけでは無いんですけど……」
「せっかく闘技場に来たんだ。どうせなら一儲けしようぜ」
思わず笑いが零れる。
「夢を掴ませてやるよ」
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