第32話:☆露店めぐり

 ゼストから別れた後、ラピスとフィーネは町で散策して露店を見て回っていた。


「あっちのお店いってみない?」

「もう。待ってよーお姉ちゃーん」


 2人は迷子にならないように手を繋ぎながら歩き回っていた。

 だが今はずっとラピスが引っ張っている様子だった。しかしフィーネは嫌そうにしておらず、むしろ嬉しそうな表情だった。


「ほら。アクセサリーとか売ってるわよ」

「あ、本当だ。かわいい」


 アクセサリーなどの小物を売っている露店の前へとやってきた。そこで置いてある商品を物色していると、ある物を見つけて目が止まった。

 ラピスはそれを手に取ってフィーネの髪に近づける。


「これなんかどう? 似合うと思うわよ?」

「そ、そうかな?」


 手に持っているのはハート形の髪飾りだ。これといって特徴のないシンプルな銀の髪飾りだが、2人にとっては十分な代物に思えた。

 2人はずっと孤児院生活で女の子らしい髪飾りなどを一切付けたことがなく、こういった装飾品は安っぽくても華やかに感じられた。


「で、でも私なんかが付けたら変に思われないかな?」

「大丈夫よ。フィーネは可愛いから何つけても似合うわ!」

「そ、そう? えへへ」


 顔を赤らめて少しうつむくフィーネ。ずっと一緒に生活していた姉からの誉め言葉に思わず笑みが零れてしまう。

 それを誤魔化そうとして他の商品を探そうとする。

 するとある物が目に入った。


「……あ。それならお姉ちゃんはこっちが似合うかも」

「ん?」


 フィーネが手に取ったのは星形の髪飾りだった。ラピスが持っている物とは形が違うだけのシンプルな物だ。


「へぇ。いいわね。ステキじゃない」

「どう? どう? これ付けてみない?」

「う~ん。でもいきなりこんなの付けたらゼストに変に思われないかしら?」

「大丈夫だよ。きっと似合ってるって言ってくれるって」

「そ、そうかしら?」

「私も一緒なら恥ずかしくないでしょ? だから付けてみようよ」

「……そうね。勇気をだして買ってみようかしら」

「じゃあ私もお姉ちゃんが選んでくれたやつ買うよ!」


 こうしてお互いに選んだ髪飾りを購入することになった。宝石とかが入っているわけでもないシンプルな物だったので安い買い物であった。

 買ったからすぐに2人は髪飾りを付け始めた。


「こんな感じかしら?」

「うん。それでいいと思う」


 ラピスには星形、フィーネにはハート型の髪飾りが付けれている。


「な、なんか恥ずかしいわね。こんなの付けたことがないし。笑われないかしら……」

「大丈夫だって。これくらい普通だよ」


 姉の珍しい照れ姿に思わず笑うフィーネ。


「そ、それより! もっと他の店に行ってみましょ!」

「うん。今度はあっちに行ってみない?」

「そうね。フィーネが決めていいわよ」

「じゃあ行こ」


 さっきとは違い、フィーネがラピスの手を引っ張って歩き出す。いつもとは逆なパターンなせいか、内心嬉しそうにするラピスであった。


 それからフィーネが先頭になってあちこちの露店を見て回る。

 しばらくそんな感じで歩き回っていた時だった。


「次はどこ行こっか? あっちのも面白そう!」

「もう。落ち着きなさいよ。ゆっくり回れないわ」

「だってこんなの初めてだもん! ゆっくりしてたら時間がもったいないよ!」

「はいはい。あたしは逃げないからそんなに慌てなくても……ッ!? フィーネ危ない!!」

「え――きゃっ」


 フィーネは前から来た男に蹴飛ばされ、尻もちをついてしまう。


「いたた……」

「だ、大丈夫!?」

「ん? なんだキサマらは?」


 フィーネが見上げると、目の前には身なりのいい小太りの男が立っていた。

 男はフィーネを見下ろしながら機嫌が悪そうにしていた。


「ちょっと! 何すんのよ! 危ないじゃない!」

「危ないのはどっちだ? わしはただ歩いていただけなんだが? ぶつかってきたのはそこのガキじゃないか」

「あぅ……ご、ごめんなさい……」


 思わず謝るフィーネだが、ラピスは納得していなかった。


「嘘つかないでよ! あたしは見たわよ! 明らかにこの子を狙って蹴飛ばしたくせに!!」

「え? え? お姉ちゃん? どういうこと?」

「こいつがぶつかってきたのはワザとなのよ! フィーネは狙われて蹴飛ばされたのよ!」

「ほーう? つまりわしが悪いと? そういうことか?」

「当たり前でしょ! 謝りなさいよ!」


 男の態度に怒りがこみ上げてくるラピスだが、男は冷静に答えていた。


「おいお前ら。今のはわしが蹴飛ばしたと言っているが、そう見えたか?」

「……いえ。そうには見えませんでした」


 答えたのは男の周辺にいる鎧を着た兵士だった。よく見ると男の周辺には兵士が沢山居るのである。


「そうだろう? このわしが見間違えるはずがないよな?」

「はい。イアゴ様のおっしゃる通りかと」


 小太りの男――イアゴと呼ばれた男はラピスをあざ笑うように見下す。


「ほれみろ。全員がこう言っているぞ?」

「騙されないわよ! あたしは本当に見たんだから! そっちが狙って蹴り飛ばしたんじゃない! 謝りなさいよ!」

「なぜわしが謝る必要がある? 悪いのはそっちではないか」

「お姉ちゃん……もういいから。私は大丈夫だから……痛っ」


 フィーネの腕には擦り傷がついていた。どうやら倒れた時についたようだ。


「ほら見なさい! ケガしてるじゃないの! あなたのせいよ!」

「知らんわ。そっちが勝手に転んだだけじゃないか。もういい話にならん。キサマらの親を呼んで来い。直接話をつけてやる」

「親はいないわよ。だって孤児院に居たもの。今は冒険者だけど」

「……何?」


 冒険者と聞いた途端、イアゴの表情が変わった。


「なんだ冒険者クズ共か。なら遠慮は要らないな。おいお前ら。このガキを捕らえろ」

「はっ!」


 周囲にいた複数の兵士達が一斉にラピスに襲いかかる。


「ちょ……何すんのよ!? 離しなさいよ!」

「お、お姉ちゃーん!」

「ふんっ。小汚いガキだと思ったらやはり冒険者クズだったか。冒険者クズは視界に入るだけでこっちまで汚れる。つい足が出てしまったわ」

「なっ……やっぱりワザとじゃないのよ!」

「さてなんのことかな?」


 ラピスは抵抗しようとするが多勢に無勢である。成すすべなく兵士達に取り押さえられてしまう。

 だがラピスは力を振り絞って叫ぶ。


「フィーネ! 逃げなさい!」

「で、でも……お姉ちゃんが……」

「あたしのことはいいから逃げて! 早く!!」

「あ……あ……」


 すぐに助けたいが自分ではどうすることもできない。でもここで逃げたら姉はさらわれてしまう。

 無謀と分かっていても助けに入るか、このまま逃げて姉を見捨てるかの選択肢で頭の中がいっぱいだった。

 苦渋の決断を迫られるフィーネ。


「フィーネ!! 逃げて!!」

「あ………………………………お姉ちゃんごめん!」


 そういって脱兎のごとく逃げ出しその場が離れていくのだった。


「イアゴ様。後を追いますか?」

「放っておけ。こやつらは姉妹みたいだしな。待っていれば向こうからやってくるだろう」

「では捕らえた子はどうします?」

「牢屋に入れておけ。今日は面白いものが見れたから満足だ。そろそろ引き上げるぞ」

「承知しました」


 イアゴはニタニタと笑いながら屋敷へと向かうのだった。

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