第10話:2人の姉妹
この王都セレスティアには様々な店が用意されている。
武器屋はもちろんのこと。ポーションなどがある雑貨店、酒場、本屋。さらには銭湯まである。
俺は貰った報酬で銭湯にきて風呂に入ってきたところだ。
これからのことを考えていたが、風呂に入ってからスッキリした。
溜まった物が色々落ちて頭が冷えた感じだ。
よくよく考えれば俺はまだ最低のFランクなんだ。
そんな奴がいきなり32匹も討伐したなんて怪しまれるのも無理はない。俺が初心者のころは1匹倒すのに時間が掛かっていたしな。
別に急いでいるわけじゃないんだから、ゆっくり楽しめばいいじゃないか。
そう思ったとき気が楽になった。
前向き思考大事。
というわけで、明日からはこの世界を楽しみながら冒険することにした。
次の日。
モンスターを狩るために街から離れたが今回は別のやつを狩ろうと思う。
今回の目標は『ホーンラビット』だ。俗にいう一角ウサギだな。
こいつはスライムより強く、ハンターウルフより弱い。
今の俺にとっては丁度いいかもしれない。
なので今日はホーンラビットをメインに狩っていこうと思う。
結果から言えば余裕だった。当然と言えば当然か。
10匹ほど狩って冒険者ギルドに持っていったところ、普通に査定してもらえた。
やはりというか、ハンターウルフよりは安値がついた。
この程度なら怪しまれないらしい。
というわけで、ランクがあがるまではホーンラビットを狩ってレベル上げとしつつ、金策を行うことにした。
次の日のことだ。
昨日と同じくホーンラビットを狩り終えた後、街に戻ろうとしたその帰り道の出来事である。
どこからか女の子の声が聞こえてきたのだ。
なんとなく気になって声のする方向へ歩いていくことにした。
「だ、大丈夫……?」
「へ、平気よ! こ、ここここのくらいなんともないわ!」
あ、居た。
少し離れた先には2人の女の子がスライムの前に対峙していた。
1人は髪の短い子で棍棒を持ったままスライムの前に立っている。
もう1人の方は髪が長い子で、近くで心配そうにその光景を見つめていた。
「私も手伝うよ……!」
「あ、危ないから下がってて! こいつはあたし1人でやるから!」
どうやらあのスライムと戦うみたいだ。
けど大丈夫なんだろうか。
あの子はなんというか、すごいへっぴり腰だ。見るからに腰が引けている。素人目で見ても危なそうだ。
もしかしたら戦った経験が無いのかもしれない。
「い、いくわよ!」
「が、がんばって!」
前にいる子が棍棒を振り上げる。
そして……
「やあっ!」
スライムに向けて振り下ろすが……カスヒット。
あれでは大したダメージは出ない。
「あ、あれ…………」
スライムは攻撃されたと判断してすぐに反撃の態勢に入る。
もちろんヘイト先は攻撃した子だ。
「あ、危ない!」
「え――」
スライムの渾身の体当たりが命中。
「かはっ……」
「!! お、お姉ちゃん!!」
攻撃を受けた女の子は衝撃で後ろに倒れてしまった。
…………おいおい。嘘だろ。
まさかスライム程度に負けるのかよ。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! しっかりして!」
スライムはさらに追撃をしようとして体勢を整える。
「ひっ……」
このままだとあいつらは……
………………
………………ああもう!
すぐに剣を握りダッシュ。
「おらっ!」
到着すると同時にスライムを瞬殺した。
「おい! 大丈夫か?」
「え、あ、その、た、助かりました」
「そっちの子はやばそうだけど平気なのか?」
「! そ、そうだ。お姉ちゃん! しっかりしてよ!」
地面に倒れた女の子はぐったりとしていた。
もう1人の子が必死に体を揺さぶる。
「ねぇ起きてよ! お姉ちゃん! 目を覚ましてよ!」
「…………」
「い、いや……死んだらやだよぅ……ねぇ……お願い……起きてよ……!」
まさかスライムの攻撃で瀕死になったのか……?
スライムは最弱のモンスターだぞ……?
しかも一撃で……?
「ねぇ……ねぇったら! お姉ちゃん!」
「……どいてろ」
「え……?」
「回復するからどいてくれ」
「! お、お願いします! お姉ちゃんを助けてください!」
倒れている子に近づき膝をつく。
「《ヒール》」
ヒールは一般的な回復スキルだ。
たぶんこれでいけるはず。
「一応回復はした。もう大丈夫なはずだ」
「ほ、本当ですか!?」
「……う、う~ん」
「!! お姉ちゃん!?」
おおよかった。無事に目を覚ましたみたいだ。
「あ、あれ……すごく痛かったはずのにもう何とも――」
「お姉ちゃーん!!」
「わわっ」
泣き叫んでた子が勢いよく抱き着いた。
倒れていた子は状況がよく分かっていないようだ。
「もう! 死んじゃったのかと思ったよ……! すごく心配したんだから!」
「あ、あはは。ごめんなさい。心配かけちゃったわね」
「お願いだから無茶しないでよ……!」
「ご、ごめんってば。ところでスライムは?」
「あ! この人が倒してくれたの! お姉ちゃんを回復させてくれたのもこの人なんだよ!」
「そ、そうだったのね」
どうやら髪が短い方が姉。長い方が妹のようだ。
「その……助けてくれてありがとう……! 本当に感謝してるわ」
「ありがとうございます……! ありがとうございます……! 感謝してもしたりません!」
「あ、うん。これくらいなら大したことないさ」
しかし驚いたな。
まさかスライム程度にやられる奴がいるなんて。
……っていうかよく見たらこの子が使ってる武器は棍棒じゃねーわ。太めの木の枝だ。
あんなのどっから拾ってきたんだよ。
つーかあんなので倒そうとしたのかよ。
「あのさ。1つ聞くけど、なんでそんな物使ってるの? いくらスライム相手とはいえ厳しいんじゃないの?」
「だって……これしかないもの……」
「え……? もっといい武器は無いのか? 武器屋いけばもっとマシなのいくらでもあるっしょ」
「武器なんて買えるお金……ないもん」
「へ?」
武器すら買う金も無い……?
そんなまさか……
「あたし達は孤児院から出てきたばかりなのよ。だから武器なんて高い物を買う余裕なんて全然ないのよ……」
「そうだったのか……」
なるほどな。この子たちは俺と同じ孤児院育ちだったのか。
俺が居た所とは別の孤児院出身だろうな。
「じゃ、じゃあ普通の仕事を探したらどうだ? ある程度資金が溜まったら武器を買えばいいじゃないか。さすがに武器なしで冒険者は茨の道ってレベルじゃないぞ」
「……どこも雇ってくれなかったわ」
「え……」
「こんなあたし達を……どこが雇ってくれるというのよ……」
「…………」
「だから冒険者になって、モンスターを狩るしか方法がないのよ……」
「………………あっ」
そういうことか……
理解した。全てを理解した。理解してしまった。
そうだよな。
ぽっと出の孤児なんてどこも雇ってくれないよな。
だがこのままだと餓死するか犯罪に手を染めるしかない。どっちにしろロクな結末にならない。
だから結局、冒険者になって食い繋ぐしかないんだ。
孤児院から出た時点でほぼ未来は決まっていたわけか。
けど武器を買う金もないままモンスターを相手にすることになる。
やろうと思えばできなくはないだろうが、大半の子が返り討ちにあうだろう。
思い出した。
そういや初めて冒険者ギルドに登録した時、受付のレイミって人が俺を憐れむような目で見ていたっけ。
あれはこういうことだったんだな。
孤児院から出た子が冒険者ギルドに登録したのはいいが、その日を境に二度と姿を見せることが無かった……そういう経験を何度もしてきたに違いない。だからあんな態度だったのか。
スライムはこの世界では最弱クラスのモンスターだ。正直言って、負ける方が難しいレベルである。
だがモンスターはモンスター。攻撃されれば痛いし、死ぬことだってありえる。
この世界の住人にとってはどんなに弱くても脅威なのは変わらない。特に戦闘経験がない孤児なら尚更脅威に感じるだろう。
普通の孤児ならスライム1匹ですら苦戦するレベルなんだな。
これがこの世界の常識。
弱肉強食の世界。
自然の理。
…………
…………
…………
…………世知辛ぇ。なんつー世知辛い世の中なんだ……
こんなにハードな世界だったのか。
そんな中、ぽっと出の孤児がハンターウルフを32匹も狩ったなんて言われたら……そら疑われるわな。
今さらながら納得してしまった。
しかしどうしよう。この子達マジでどうしよう。
俺はどうすればいい……?
このまま見捨てるのは簡単だが……しかしなぁ……
う~ん……
「…………あなた。強いのね」
「え? ま、まぁな。このくらいならどうってことないさ」
「…………」
さすがにこの付近にいるモンスターには負けない。
「…………」
「……?」
姉の方が黙りはじめ何かを考えるような表情をした。
「ど、どうした?」
「ねぇ。お願いがあるの」
「なんだ?」
「あたしを……強くしてほしいの」
「強く? それって……」
「せめて冒険者としてやってけるように……1人前の冒険者としてやっていけるように鍛えてほしいの! お願い!」
そう言って頭を下げた。
これは予想外だ。
まさか向こうからそんな提案をしてくるとは……
「このまま冒険者としてやっていく自信があるのか?」
「だって……それしかないもん。他に方法はないもん」
「…………」
「あたしはどうなってもいい。だからせめてこの子が……妹が立派に成長するまであたしが稼いで支えてあげたいの!」
「お姉ちゃん……」
なるほどなぁ。
ここまで必死になるのは妹のためだったのか。
そういやスライムと戦うのも姉のほうだったな。
「お願い! せめて1人前でやっていけるぐらいに強くなりたいの! なんでもするから! だから……お願い……!」
「…………」
妹を支えるために自ら体を張って稼ぐ。なかなか出来るもんじゃない。いい子じゃないか。
この姉妹は本当に仲がいいんだろうな。
こんないい子をここで失わせるわけにはいかない。
ならやってやろうじゃんか。
俺がこの子を鍛えて見せようじゃないか。
「分かった。俺でいいのなら鍛えてやるよ」
「!! ほ、本当!? あ、ありがとう!」
一変して嬉しそうに喜んだな。
初めて笑顔を見たかもしれない。
「その代わりビシバシいくからな? 覚悟しとけよ?」
「うん! 分かったわ! どーんと来てちょうだい!」
「あ、あの……ちょっといいですか?」
妹の方からおずおずと話しかけてきた。
「わ、私も一緒に鍛えてくれませんか……?」
「!? な、何言ってるの!? 危ないわよ! フィーネは何もしてなくてもいいのよ! あたしが頑張るから!」
「――ないよ」
「え? な、なに?」
「もう……お姉ちゃんがあんな目に遭うのは見たくないよ……!」
「……!」
「もう少しで死んじゃうところだったんだよ!? お姉ちゃんにあんな危ない目に遭わせたくないよ! あんなの見たらジッとしてられないよ! 私だって何か手伝わせてよ! お姉ちゃん1人で何もかも背負いすぎだよ……!」
「フィーネ……」
妹からしたら姉は唯一の家族だもんな。
そんな姉を目の前で失うかもしれない場面を目撃したんだ。トラウマもんだろう。
「私だって心配なんだよ? だから何か手伝わせてよ……!」
「…………そうね。あたしだけで何もかも全部解決しようとしてたわ。フィーネも何かしたいわよね」
「! それじゃあ!」
「ええ。じゃあ一緒にがんばりましょ?」
「う、うん!」
本当に仲がいい姉妹だな。
「えっと、というわけだから……その……」
「いいぞ。その子もまとめて面倒みてやるよ。1人増えたところで大して手間にならん」
「! あ、ありがとう!」
「ありがとうございます!」
2人は立ち上がって正面に立った。
「そういえば名前言ってなかったわね。あたしはラピスよ!」
「私はフィーネっていいます」
「俺はゼストだ。ま、よろしくな」
こうして姉のラピスと妹のフィーネの姉妹が仲間に加わることになった。
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近況ノートにてイラスト公開しています。
ラピス
https://kakuyomu.jp/users/kunugi_0/news/16817330656490431530
フィーネ
https://kakuyomu.jp/users/kunugi_0/news/16817330656490492512
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