第5話:添い寝

 ベビーボアを狩ってきた日の夜。

 俺は寝床で横になっていた。

 するとリーズが近寄ってきてすぐ隣に座った。


「ゼストくん……あのね……私も一緒に寝ていい……?」

「ん? いきなりどうしたんだ?」

「一緒に寝たほうが暖かいと思うし……だめ……?」

「いや別にいいけど」

「! じゃあ隣にいくね」


 リーズはすぐ横で寝転がり、俺に抱きついてきた。


「えへへ……」


 嬉しそうだな。

 初めて会った時から思っていたが、この子はやたら俺に懐いているようだ。

 食事をするときも俺の隣だったし、森から帰ってくるときも孤児院の前で待っていたしな。

 恐らくずっとゼストおれと一緒にこの孤児院で暮らしていたに違いない。


 それはそうとして……今後はどうするか考えよう。

 この世界は俺の知っているゲームの世界で間違いはない。VRの体験ではなく本物の世界だ。

 だがどうやって来れたんだろう?


 手掛かりはゲームの転生システムだ。転生システムを利用したから本物の異世界に転生することになった。

 なぜこうなったんだろうな。何か特別な操作をした覚えがない。

 ってことはシステムのバグか何かだろうか。

 それとも神様のイタズラか?

 ……考えてもわからん。手掛かりが少なすぎる。


 とりあえずどうやったら元の世界に帰れるか方法を探さないとな。

 転生してこれたんだから……うーん……


 …………


 ……あ。そうだ

 もう一回転生すればよくね?

 そうだよ。転生システムを使ったからこの異世界にやってきたんだ。

 ならこの世界で転生システムを使えば元の世界に戻れる……?


 ありえる。十分ありえる。というかそれしかない。

 よっし。目標は決まった。

 だが転生システムを利用するにはレベルをカンストしなければならない。

 今のままではどう足掻こうが不可能だ。だからまずレベルを上げよう。


 レベルを上げるには冒険者としてモンスターを討伐するしかない。

 冒険者になるにはまずこの孤児院を出なければならない。

 なら近いうちにここを出よう。そして冒険者になるんだ。


 いっそのこと明日にでも旅立つか?

 善は急げと言うし。そうするか。

 よし。なら明日から行動開始だ。


「……ねぇ。ゼストくん」

「ん? なんだ?」

「…………」

「…………?」


 なんだろう。元気が無さそうだ。


「どうしたんだ?」

「ゼストくんはさ……その……孤児院から出た後はどうするの……?」

「は……?」


 あれ……?

 俺がここから出ていくことは話したっけ?

 いやいや。そもそも決めたのはついさっきだ。リーズが知る由もない。

 まさか心が読めるのか……?

 そんな馬鹿な……


「ど、どうしてそんなこと聞くんだ?」

「だって……ゼストくんはもう居なくなっちゃうじゃない……」

「な、なんでそう思うんだ?」

「え……? 忘れたの……?」

「?」


 なんだなんだ。

 俺の知らない何かがあるのか?


「ゼストくんはもうすぐ13歳でしょ……?」

「えーと……まぁそうなのかな?」

「13歳になったら出ていく決まりになっているじゃない……!」

「……?」


 なんだろう。意味がわからない。

 13歳で出ていく決まり……?

 一体何を言ってるんだ……?


 …………


 あっ。まさか……


「それって……孤児院の決まり事なのか?」

「うん。忘れたの……?」

「あー……いや……そうだったな。うん。そういう決まりだったな」


 そうか。そういうことか。

 この孤児院ではある程度成長した時点で出ていく決まりになっていたんだ。

 そうだよな。そういうルールがあって当然だよな。


 孤児院では俺ら以外の子供もいるし、あまり多くの人を抱えきれない。

 それにまた新しい子供がやってくるだろうし、どんどん増えていく。

 だから13歳になった人から出ていかなきゃならないルールが決められたんだ。


 ……丁度いい。

 どうせ冒険者になるんだ。

 孤児院から出る言い訳を考える手間が省けた。

 ならばキリよく13歳で卒業しようじゃないか。


「そうだな。もうすぐ俺は居なくなるんだったな」

「…………」

「ここから出たら……冒険者になろうと思うんだ。色々とやりたいこともあるしな」

「でも……冒険者って……危なくないの……?」

「ま、仕方ないさ。どうせいつかはこうなる運命だったんだ。なるようになるさ」

「…………」


 俺には知識があるし、何よりゲームで集めた装備やアイテムも使えるしな。

 2周目をプレイするつもりで楽しむさ。


「ねぇ……」

「なんだ?」

「私も……私も連れてって……ほしいな」

「え……?」

「私も冒険者やるから……一緒に行こうよ……!」


 これは予想外だ。

 1人で出ていくつもりだったのに。まさか付いてくるとはな。


「危ないんじゃないのか? なんで付いて来ようとするんだ?」

「………………」

「リーズ?」

「――たくない」

「え?」

「ゼストくんと……離れたくないもん……」

「…………」


 そういうことか……


「ゼストくんはいつも優しくしてくれるし、一番頼りになるもん……」

「…………」

「こんな私でも……仲良くしてくれたし……。誰よりも私のことを気にしてくれたし……」

「…………」

「だから……これからも一緒にいようよ……! 離れるのは……イヤだよぅ……」


 薄っすらと涙を浮かべる。


「どこにも……行っちゃやだよぅ……」

「一つ聞きたい」

「ねぇ……いいよね? 私も一緒に付いて行っていいよね?」

「リーズはまだここに居られるんだろ? 出ていく必要ないんだろ?」

「…………」

「答えてくれ」


 しばらく黙っていたが、小声で喋り始めた。


「私はあと……1年か2年ぐらい居られるみたい……」

「だったら無理に付いてくる必要ないじゃないか。時期がくるまでここで過ごせるんだろ」

「でも……」

「さっきも言ってたじゃないか。冒険者は危険なんだ。いつ命を落としてもおかしくない。何もお前まで冒険者になる必要ないだろ」

「…………」


 リーズに向き、頭を優しく撫でる。


「安心しろよ。別に永遠に会えなくなるってわけじゃないんだ。またいつか会えるさ」

「…………」

「だから俺は一人で行く。リーズはまだここに居るべきだ。分かったな?」

「うん……」


 この世界のことは熟知してるつもりだが、所々で違いがある。

 この孤児院がその一つだ。

 ゲーム中では孤児院なんて無かったはずなんだ。だが現にこうして存在している。


 こういった不安要素がある以上、この先に何が起こるか分からない。それまでこの子を護れる自信はない。

 それに色々と調べたいこともあるしな。

 俺の我がままであちこち連れまわすわけにはいかない。

 だからリーズは残るべきだ。


「ところで俺はあと何日ぐらい居られるんだ?」

「たしか……10日ぐらい」

「そっか。じゃあそれまで一緒に居てやるから。泣くな」

「うん……」


 ギュッと抱きしめてくるリーズ。

 その後もずっと離れずに抱きしめられたまま眠ることになった。

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