第6話

 取り敢えず俺が起動したのはスマフラだ。


 俺がうまいと思っている奴ら。それは大間違えだ。このゲームは妹が一緒にやってと言ってきたので買っただけで、未だに復帰もできない初心者だ。


 睦月が覗き込んでいることに緊張しながらCPUと1戦2戦と戦う内に睦月も俺のレベルが分かってきたようだ。


「霜月くん……。教えよっか?」


 ぐおおおおおおおおお……。一番言われたくないことを言われた。


 睦月が見てて分かりやすくて面白いゲームを選んで、教えようか? などと言われてはもう死するしかない。


 俺は意気消沈してソファーに倒れ込んだ。机においたゲーム機から俺のキャラがぶっ飛ばされる音が聞こえた。


「大丈夫?」


 ソファーの裏手から覗き込むように俺を見ていた睦月がソファーを回り込み俺のゲーム機を手にとった。


「ちょっとやっていい?」


「どうぞ」


「やった! ちょっとそこ退いて座るから」


 睦月がソファーに寝そべる俺の足を押し退けて隙間を作って座った。


 机の反対側にあるソファーに座ればいいのになんでこっちに座った?


 そんな俺の疑問には誰も答えることはなくスマフラに集中している睦月のゲーム音だけが部屋に響く。


 俺は上体を起こし睦月がプレイしている画面を覗き込んだ。その瞬間、敵が画面の中の敵が吹き飛んでいった。


「上手いな」


「でしょ~。仕事してる休み時間とかストレス発散にやってたんだ」


「仕事?」


「へ? あ、バイトね。バイト」


 睦月は慌てたように俺のゲーム機を手に持ったままわたわたと手を振った。


 おかしいな。ウチの学校は進学校だから基本的にバイトのたぐいは禁止のはずなんだが、年齢的にも中学生でバイトをしていたとは考えづらい。


「まぁいいか。と言うかヤバいんじゃないのか?」


「何が?」


 俺は自分のゲーム機を指差した。次の瞬間ズコーン!と言うゲーム音と共に睦月の敗北が確定した。


「ひゃあああああああ。やっちゃった。ど、どう? 教えてあげようか?」


「今の失態でよくそれを言えたな。ある意味感心するよ。でもそうだな。教えて貰おうかな。いい加減妹にボコボコにされるのも嫌だし」


「おっけーじゃあ。ディスコ教えて? やってる?」


 ディスコ、正式名所は他にあるがこのツールはゲームをプレイする人なら殆どの人が使っている通話チャットツールだ。ちなみに同じ立ち位置の通話チャットツールのRIMEとは連絡先の交換の意味合いが違うはずなので俺は勘違いはしないぞ?


 俺も妹とFPSをやる際に部屋跨ぎに声を張り上げてプレイする訳にもいかずディスコをダウンロードしたわけだが、妹以外に交換相手ができるとは思っていなかった。


「一応やってるけど。帰ってからやるのか?」


「うん。私は学校にゲームなんて持ってきてないし、家に帰ってからゆっくり教えるよ。ふへへ、これで人と一緒にゲームできる」


 何か睦月から心の声が漏れた気がするが無視してあげよう。可哀想だからな。


「で? 何時から通話する?」


「な、慣れてるね。そうだよね。通話する時間決めないとダメだよね。うん。じゃあ8時で」


「早くないか? 9時位でどうだ?」


「あ、うんそれで。じゃあ私早めに帰って寝るからばいばい!」


 フレンドコードを教えた後、睦月はスキップしながら帰っていった。早めに寝るって言ったか? あいつもしかして徹夜しようとしてないか? 一応俺も早めに帰って寝よう。

 □

 家に帰ると妹がテレビの前にあるソファーに寝転がってアイスを食べながら雑誌を読んでいた。


「あ、お兄ちゃんおかえり~今日も夜からCPEXやろ~」


 琴梨が俺の服をガシガシと掴み揺すぶってくる。昨日一緒に深夜まで付き合ってやったので味をしめたらしい。


 俺は学校があるから深夜まで付き合うと翌日に響く。何より今日は先約があるんだ。


「すまん。今日は知り合いと約束があるんだ」


「えっ」


 べちゃりと言う音が妹の方からした。よく見ると先程まで読んでいた雑誌にアイスクリームが落ちていた。


 なんだ? 何かやばいこと言ったか?


「お、お兄ちゃん。友達できたんだ。私には出来ないのに」


 いきなり暗いオーラを漂わせて俺を見てきた。


「いや、お前は学校に行って友達を作る努力をしろ。しかも友達じゃない。女の子だ」


「か、彼女が出来たんすか。お兄様」


「落ち着け。話し方がバグってるぞ」


 琴梨は『そ、そうでね』と言って深呼吸を初めた。そんなに慌てることだろうか? 確かに俺に友達は居ないが……。


「ふぅ。落ち着いた。それでその女の子って誰?」


「な、なんでそんな事言わないといけないんだ?」


「だって気になるじゃん。私のお姉さんになるかも知れない人だよ?」


 ねーよ。どんなミラクルが起きたらあんな美人さんと結婚することになるんだよ。夜にゲームを教えてもらうだけで何処まで妄想をふくらませるんだこいつ。


「それで誰? なんて名前?」


「なんでそんなに気になるんだよ。えっと……睦月真白っていう名前だけど言ってもわからないだろ」


「知ってるよ! 有名人じゃん!」


「ああ、そうか。学校内で一番有名だからお前が知っててもおかしくなかったのか。俺は外部入学だから知らなかったけど、もしかして睦月は内部進学だったのか?」


 俺は公立中学校から外部入学で竜宮院高校に入学したが琴梨は竜宮院中学の生徒だ。


 だから睦月が竜宮院中学の生徒でそのまま内部進学したのであればあいつの1年で生徒会長に選ばれるというミラクルがありえないものでは無くなる。


「それもあるけど、そうじゃなくて睦月先輩は学校外でも有名人だよ!」


 有名人。有名な人。世間に名を知られている人。


 イマイチしっくり来ない。話したのは今日が初めてだが全くその様には感じなかったが有名人にも色々あるだろう。


「なんで有名だったんだ?」


「女優さんだよ! 嘘でしょ。知らないの? 朝ドラとかにも出てて人気だったんだよ! 高校に進学するからって言って辞めちゃったんだけどね」


 テレビなんてニュースしか見ないから知らなかった。


 有名人に随分フランクに接していたんだな俺。まぁ先に有名人と知っていたらもっと違う接し方になっていたかも知れないけど、俺が出会って挨拶をしたのは元有名人の一般人だ。接し方を変える必要もないだろう。


「へ~お兄ちゃん睦月真白さんと知り合ったんだーすごいねぇ。サイン貰ってきてよ」


「断る。自分で貰え」


「えーまぁいいや。じゃあそう言う事なら今日は一人寂しくゲームしてるよ」


 琴梨は拗ねて唇を尖らせて自室に戻って行った。


 おい。落としたアイスクリーム片せよ……。俺が片すのか?


 俺は琴梨が落としたアイスクリームを片付け、アイスクリームでベトベトになった雑誌をゴミ箱に入れてそのまま部屋に戻った。


「よし寝るか。7時半に起きてピザでも頼めばいいだろ」


 起きた後の計画を軽く立てて、俺は布団に潜り込み夜に備えて寝た。


 そしてぐっすり寝ていると目覚ましが鳴り俺は目を覚ました。


 その日は俺の予想通り徹夜をすることになった。あと睦月にスマフラでボコボコにされ多少上手くなった。気がする。


 翌日訓練の成果を確認するために琴梨にゲーム内で戦闘を仕掛けたが無様に負けた。

__________________

※二人のゲームの描写はオマケストーリーとして近い内に書きます。

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