四十四話 再会

 約束の日。俺は、真佑に言われた場所にやってきていた。


「久しぶりに来たな。桐櫻学園」


懐かしい校舎に、楽しい思い出が蘇ってくる。それと同時に、あの日の光景も……。


「拓……斗…………?」


背後から、懐かしい声がした。何度も思い返した声。ずっとずっと聞きたかった、優しくて、柔らかい声。俺は、零れ落ちそうな涙をこらえ、振り返った。


「陽夏……」


そこには、最後に見た時より、少し大人になった陽夏の姿があった。


「浴衣、似合ってる」

「ありがと……」


陽夏は水色の生地に色とりどりの大小様々な花を散りばめたような、可愛らしい浴衣を着ていた。あの時は、赤い浴衣だった。そういう意味でも、時間の流れを感じた。


「と、倫也たち遅いな……」

「う、うん。そうだね」


一言、二言で終わる会話を繰り返していると、陽夏のスマホと、俺のスマホがほぼ同時に鳴った。


『悪い、今日行けなくなった』

『ごめん、今日行けない』


倫也と美月からのLINKだった。


「今日、倫也と美月、来れないって……」

「えっ?」

「どうした?」

「真佑も、来れないって……」

「え?」

「てことは……」

「2人だけ、になるのか……」


俺は、陽夏の表情を伺った。陽夏は俯きがちに、気まずそうな表情をしていた。


「じゃあ、また今度にすっか……」


思ってもいないことを口にしてしまった。


「えっ……」

「全員で集まれたほうがいい、だろ?」


心の中では、絶対に離れたくないそう思っているのに、言葉が止まらなかった。


「じゃあ、また今度。な?」


踵を返し、日本の自宅に帰ろうとすると、服の袖をクイッと引っ張られた。


「陽夏?」

「2人でもいいよ?」


俯きがちに言ってくる彼女の表情に、懐かしい感情が心の中に生まれた。


「じゃ、じゃあ行くか」

「うん」


俺は変な距離感を保ちながら、お祭りの会場に向かった。

 他人の視線が気になる。俺も有名になったもんだ。なんて、変なことを考えないとやってられない程、緊張をしていた。


「は、陽夏。なんか、食うか?」

「う、うん」

「何食べる?あ、ベビーカステラあるぞ。陽夏、好きだったよな」

「え?うん」


俺達は、ベビーカステラの屋台に並んだ。その間、一言の会話もなかった。無言のまま、自分の番を待っていると、少し前で割り込みをしている男子を見かけた。

 昔から、こういうのを見逃せる性分ではないため、俺は陽夏を残して、男子たちの所に向かった。


「ちょっと、君たちさ。割り込みはだめなんじゃない?」

「なんだよ、ちょっとぐらい良いだろ?」

「それでいやな思いをする人もいるんだよ。ほら、一番後ろはあそこ。分かるかな?」

「舐めてんのか?」


男子は、俺に手を出してきた。


「暴力はいけないよ」


俺ははらりとかわし、腕を力強くつかんだ。


「痛っ!離せよ」

「おっと、ごめん。離すから、後ろに言ってくれるかな?」

「わ、わかったよ」


俺は男子たちを撃退し、陽夏の隣に戻った。


「拓斗、変わってないね?」

「え?」

「前も、こんな事あった気がして……」

「確かに、あったな……」


気まずい空気が流れている中、俺達の番になった。


「あれ?あんちゃん達。おっきくなったなぁ」


どこか聞き覚えのあるおっちゃんの声が聞こえてきた。


「あ、あの時の」

「やっぱ、いつみてもお似合いやな。今回も、おまけしたるわ」

「あ、ありがとうございます」

「ほな、お幸せにな!」


能天気なおっちゃんの声を背中に聞いて、俺達は近くのベンチに腰を下ろした。


「ほら、食べな?」

「あ、ありがと」


陽夏は、ベビーカステラを一つ、口に放り込んだ。


「美味しい……」

「よかった」

「拓斗は、何か食べないの?」

「う~ん。じゃ、あそこの焼きそば買ってくる。ちょっと待ってて」

「うん」


俺は塩焼きそばを買って、陽夏のもとに戻った。


「た、ただいま」

「おかえり?」


俺は陽夏の隣でパパっと塩焼きそばを平らげ、ゴミ箱にプラスチックの容器を捨て、再び歩き始めた。


「あっ……」

「どうした?」

「金魚すくい……」

「そうだ。あの時の金魚、元気か?」

「うん。元気だよ?」

「そっか」


水色のトレーに入った金魚を見て、あの時の思い出を思い返した。


「初めて、ここの夏祭り来た時も、こんなだったよな?」

「そうかもね」

「だったら、ここで……」


ふり返ると、背後には齊藤先輩の姿があった。


「齊藤先輩。お久しぶりです」

「おう、拓斗か。お前、すごいな!W杯優勝なんて!」

「あざっす」

「お、隣は彼女か?」

「あ、まぁ」

「そっか。んじゃ、これからも頑張れよ」

「はい。齊藤先輩も」

「おう。じゃあな」


齊藤先輩と分かれ、俺と陽夏の視線が交わった。お互い、すぐに目を逸らした。そして、声を出して笑った。


「なんか、デジャブだな」

「だね」


こうして、二人で笑ったのは何年ぶりだろう。ひどく懐かしい記憶のように感じる。


「悪い、俺トイレ行ってくる」

「え?うん」


俺は用をたして、トイレのすぐ近くにあった的屋であるものを購入して陽夏のもとに戻った。

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