四十二話 W杯#4
後半スタート直後は、前半のようにドイツにペースをにぎられていた。そのため、なかなか攻撃の糸口を見いだせずにいた。
「くっそ。このままじゃ埒が明かない」
俺はDFラインまで戻って守備に参加した。ボランチの選手がボールを蹴ろうとした瞬間、本気でスライディングをして、ボールを奪取した。こぼれたボールは、うちのボランチの酒井さんが拾い、マイボールにしてくれた。俺はすぐに立ち上がり、ボールを受け取った。そして、得意のドリブルを開始した。DFを3人ごぼう抜きし、ペナルティエリアの近くに辿り着いた。高いDFの壁。サイドも手厚く守備を固められ、パスコースもシュートコースも見えなかった。フランス戦のように股下を狙う余裕もないし、ヒールリフトで抜ける高さでもない。
「っしゃ、行くか」
俺は、巨漢相手に左右の揺さぶりをかけた。そして、俺はわざと体勢を崩した。その瞬間に相手DFの足が伸びてきた。それを見て、俺は身体を翻して、脚を刈られたようなふりをして倒れこんだ。俺の名演技に審判もしっかり笛を吹いてくれた。相手はノーファールだとアピールするが、残念ながら通らず、直接フリーキックを獲得した。
「よくやった、拓斗」
「キッカー、誰やりますか?」
「お前でいいよ。頼むぞ」
「わかりました。こぼれは頼みます」
「任せろ」
俺はボールをセットし、助走をとった。目の前には高い高い壁。その後ろには、近いようで遠い、大きいようで小さいゴールがある。
「ふぅ」
一息ついたときに審判の笛が鳴った。ゆっくりと助走を開始し、ボールを蹴りこんだ。ボールは壁の上を越え、ゴール右隅に吸い込まれていった。
「っしゃ!」
俺はお決まりのポーズを決め、すぐにピッチに戻った。
「あと2点!取り返しちゃいましょう!」
「おう!」
その後、少し膠着状態が続き、後半30分。中盤でカットしたボールがサイドに繋げられ、ゴールライン際際でクロスが上げられた。ヘディングで競り勝てるわけもなく、俺は無理にツッコまなかった。それが功を奏し、こぼれが俺の前に転がってきた。それをダイレクトで打ち込み、ボールはゴールネットを揺らした。
後半33分、2対2。同点にすることに成功した。
その得点を機に、相手の攻撃のレベルが数段上がった気がした。後半、アディショナルタイムを迎えるまでは、防戦一方の時間を過ごした。
後半45分。第4審により、アディショナルタイムが掲示された。アディショナルタイムは3分。延長戦を戦える体力も残っていない俺達は、何としてもここで決着をつけたかった。対してドイツは、延長戦に行けば確実に勝てると、守備を固めてきた。
残り時間は1分30秒。得点は2対2。ドイツ代表に守備を固められては、得点をするのは、とても難しかった。
「はぁ……はぁ……」
疲労もほぼ限界値に達し、集中力も若干途切れかけてきていた。
『負けるな!拓斗!』
どこか聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
「陽夏……?」
会場に陽夏の姿を探すが見つからない。空耳でも、その一言が俺に力を与えてくれた。
「ありがとな」
空を見上げ、一息ついたとき、先ほどまで聞こえていた声援や太鼓の音が一切聞こえてこなかった。さっきよりグラウンドが広く見えている気がする。足元に収まったボールの感触がいつもより鮮明に感じる。背後からの気配もより敏感に感じ、さらりと一人かわす。
そのままの勢いでドリブルを始める。さっきまで鉛のように重たかった足が、羽が生えたように軽く感じ、何もかもが思い通りに進む。1人、2人、3人。勢いのままかわしていき、あっという間にゴール前に辿り着いた。先ほど、ファールをもらうことしか考えられなかったDF相手も、はらりとかわし、キーパーと1対1。ドイツ代表のキーパーは世界1と謳われるのも分かるほど、スキは見つけられなかった。こういう時は決めている。俺は、思いのまま足を振り抜いた。体重の乗ったボールは、キーパーの右側を一直線にすり抜け、ネットを突き破らんとゴールに突き刺さった。
その瞬間、試合終了を告げる、長い長い笛が吹かれた。
「よっしゃぁ~!」
俺は感情を爆発させた。喜ぶと涙が溢れる。そう聞いたことあるが、本気で喜ぶと、涙も出てこないらしい。
試合後、健闘を称え、両チーム握手を交わし、インタビューが始まった。
監督は、涙を流し、震えた声でインタビューに答えていた。
「次、拓斗選手お願いします」
係の方に呼ばれ、俺は監督の立っていた場所に連れて行かれた。
「今日は、本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
「本日ハットトリックと、大活躍でした。また、その要因を教えていただけますか?」
「そうですね。得点を決めて、パフォーマンスがしたかったからですかね」
「そ、そうなんですね。今、日本ではそのパフォーマンスが話題になっていますね。どういった意図でやられているんでしょうか」
「前にも言ったんですが……」
前と同様のことを話した。
「今日の拓斗選手は、その仮面ライダーのような活躍でした。今後の活躍にも期待しています。本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
頭を下げて、その場を去った。
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