四十一話 W杯#3

「いよいよ決勝だ!気ぃ引き締めろよ!」

「おう!」


決勝の相手は、俺が所属するトルドムントのチームメイトが多数所属するドイツである。強固な守備や、強烈なカウンター、ポゼッション。全てにおいて抜きんでている、完全無欠なチームである。


 試合前のロッカールームで円陣を組み、ロッカールームを出た。すると、同じタイミングで出てきたルイスと目が合った。


「おう、拓斗。調子はどうだ?」

「絶好調だよ。そっちはどうだ?」

「俺らも、優勝に向けて、士気はばっちりだぜ!」

「そうか。お互い、いい試合にしよう」

「あぁ。よろしく」


かたい握手を交わし、列に加わった。


「チームメイトとの挨拶は済んだか?」

「はい。すみません」

「いや。試合になったら、俺達のために頼んだぞ?」

「勿論っす!任せといてください」


キャプテンに固い決意を述べ、最後尾に並んだ。


 審判の合図で入場が開始された。真っ暗な廊下には、グラウンドからの眩い光が差し込んできている。ピッチに近づくにつれ、観客の声援が大きくなっていく。心には、決勝戦ならではの緊張感と、いつも通りを保とうとする平常心、そして試合を楽しむための高揚感。様々な感情が入り混じっていた。光の当たる世界に解き放たれたとき、めまいを覚える程のひかりに驚く。


「いよいよ、決勝戦か……」


タッチラインでそんな言葉を零し、グラウンドに足を踏み入れる。この先、何度も経験することのできないこの舞台。先ほどまでの複雑な感情は全て吹き飛び、ただひたすらに『楽しみ』という感情だけが残った。

 相手選手たちと握手を交わし、自陣の中央に集まり、円を形成した。


「キックオフは、ドイツからだ」

「OKです」

「ついに来たな、決勝戦だ」

「知ってますよ」

「余計なことは言わん。てか、俺は何も言わん。拓斗、頼む」

「俺っすか?それじゃあ、一言だけ。この舞台を、思いっきり楽しみましょう!」

「おぉ!」


選手同士、タッチを交わし、各々のポジションにつく。向かいに立っているドイツの選手たち。普段なら舐めてかかってくるであろうドイツの選手たちからは、殺気と言っていいほどの狂気に満ちた圧力が伝わってくる。


「これは、厳しいな」


試合前、相手の雰囲気にのまれてしまった俺達は、ボロボロだった。全試合を通じて好調だった守備陣は、ラインをそろえられず、相手に簡単に得点を奪われてしまった。

 その後、前半のうちにもう1点奪われ、0対2で前半を折り返した。

 ハーフタイムのロッカールーム。いつもなら自分たちを高めるような声が飛び交うのだが、今回は、火花の散るような言い争いが行われていた。


「てめぇ、前線から守備行けよ!」

「んだと!中盤で刈れねぇのが悪ぃんだろ!」

「んだと?」


今にも手が出そうな喧嘩に、キャプテンは冷静な声色で言った。


「今回の失点は誰か1人のせいなんかじゃない。ましてや、ポジションのせいでもない。俺ら全員の責任だ。こんな所で言い争ってる場合じゃないだろ?」


その言葉に、ロッカールームが静まり返った。それを見て、キャプテンはさらに話を続けた。


「試合前、うちのエースがなんて言ったか覚えてるか?……この舞台を、思いっきり楽しもうって言ったんだ。どうだ?前半、楽しかったか?」

「…………」


返事は一切返ってこない。


「そうだろう。じゃあ、後半やることは分かってるな?」

「……」

「言ってやれ、拓斗」

「残り時間、思いっきり楽しむ。そんで、逆転して優勝する!」


生意気かもしれないが、それぐらいの気持ちで行こうと心で思っていた。それをちゃんと言葉にした。ロッカールームには重たい空気が流れていた。だが、


「最年少がここまで言ってんだ。負けらんねぇよな!」

「あぁ。逆転すんぞ!」

「っしゃ!後半、悔いの残らないように楽しもう!」


チームの士気が戻り、俺達はロッカールームを出た。心地いい緊張感を感じ、ピッチに戻った。スタンドからは、まだ諦めていない日本のサポーターのみんなからの熱い応援が飛ばされていた。


「負けれないっすね」

「あぁ」


キャプテンと小さく会話し、ポジションについた。


「ふぅ……」


空を見上げて一息吐く。


『倫也、美月、真佑。そして、陽夏。見ててくれよ』


目を瞑り、心の中でゆっくりそう言い放った。心がじんわりと温かくなった。全員がすぐそばにいてくれている、そんな気がした。


「っしゃ、楽しんでいきましょう!」

「「おう!」」


後半の開始を告げるホイッスルが吹かれた。

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