三十九話 W杯#1

 代表合宿に合流し、数回の交流試合を経て、俺達はW杯に臨んでいた。俺がつけた背番号は、10番。監督たちの期待が一心にこのユニフォームに託されていた。

 W杯。これまで日本の最高順位はベスト16。予選通過がやっとというところだった。


「みなさん、俺達が新しい歴史創りましょう!」

「おっ、いい意気込みだな。期待してるぞ」

「はい!」


キャプテンの吉井さんに肩を叩かれ、ロッカールームを出た。


 審判の合図を受けて、入場が始まった。会場は超満員。今までに見たことのない人たちがこの試合に注目している。そう思うと、緊張と共に高揚感が訪れてきた。


「陽夏。見ててくれよ……」


選手同士の握手を終え、ピッチに散らばった時、俺はぽつりとつぶやいた。


ピーッ!


会場の応援を断ち切るかのように審判の笛が吹かれ、試合が開始された。相手はコートジボワール。高い身体能力を活かして、攻守ともに安定しているチームである。

 前半は、相手のリーチの長さやヘディングやフィジカルの強さに翻弄されてしまっていた。そんな中、キャプテンの吉井さんは、落ち着いて相手のチャンスを潰し、確実に俺にボールを繋いでくれた。


「思いの詰まったボール」


俺は得意のドリブルを開始した。


「HEY!ガキは引っ込んでな!」


力任せなタックルを完璧に受け流し、軽々と一人かわした。その後も、ワンツーなどチームプレーも駆使して、キーパーと1対1。シュートコースが完璧にふさがれている。背後からはDFの足音。横からはチームメイトのボールを呼ぶ声。頭に一瞬、パスの選択肢がよぎった。だが、俺にはやらなきゃいけないことがあった。それをするには、得点が必要なのである。俺は、咄嗟に足にボールを挟んでヒールリフトをした。キーパーも意表を突かれ、焦った様子でゴールに飛び込んでいく。ボールは、キーパーの指先を少しかすめて、ゴールに吸い込まれた。

 前半30分。1対0。先制に成功した。俺は、走って、カメラの前に行き、俺が小さかった頃にやっていた仮面ライダーの決めポーズを真似した。


『陽夏。気づいてくれ』


心で強くそう念じて、俺はチーム名と共に自陣に戻って行った。


◇◆◇◆


 拓斗のA代表での活躍を見るため、私は食い入るようにテレビを見ていた。画面には、あんなに近くで見ていた拓斗の姿があった。


「相変わらず、かっこいいなぁ」


隠せぬ本音を一人零し、試合開始の笛を聞いた。

 試合開始から25分を過ぎたころ、拓斗がドリブルを始めた。高校時より全然変わらない拓斗のボールタッチに懐かしさを感じながら、テレビを見ていた。

 そして、前半30分、拓斗が代表初ゴールをたたき出した。興奮した様子の拓斗。全速力でカメラに寄ってきた。そして……


「今のって……」


拓斗は、私達が幼い頃に見ていた仮面ライダーの決めポーズを決めた。


「拓斗……」


私の頭に、あの日の。文化祭の時の記憶がよみがえってくる。


◇◆◇◆


「ごめん、どんなのだった?」


◇◆◇◆


「思い出したんだね」


『嬉しい』そんな単純な言葉じゃ表現できない程の歓びを、感じていた。


◇◆◇◆


その後、俺はもう1点を奪い、2対0というスコアでコートジボワールに勝利した。


 試合後のインタビュー。


「2得点取りましたが、そのあとのパフォーマンスも印象的でした。あれには何か意味があるんですか?」


目ざといなと心で思いながら、俺は弾んだ呼吸を整えながら答えた。


「意味、ですか。う~ん、合宿に参加する前、少年に仮面ライダーみたいと言われたんで、俺が大好きな仮面ライダーの決めポーズをしてみました」

「そうなんですね」

「俺、仮面ライダーみたいに見えましたかね?」


おどけて訊いてみると、アナウンサーの方はなんとも言えない表情を残して、


「ありがとうございました」


と言って強制的にインタビューを終わらせた。


『陽夏に伝わってるといいな』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る