三十八話 W杯へ#2

 代表に合流する前日。俺は、ジュニア世代の練習を見ていた。


「いいプレーだぞ、マテウス」

「うん!」


無邪気な笑顔に元気をもらえる。技術も稚拙で、サッカーなんて言えたもんじゃないが、でも楽しそうな目でボールを追っている少年たちを見ていると、自分の小さなころを思い出す。


「陽夏……元気してるかな」


 そんなことを考えていると、練習終わりの少年が一人こちらにやってきた。


「Guten Abend《こんばんは》」

「あの、拓斗」


いきなり日本語で話しかけられ、一瞬思考が停止してしまった。


「君は確か、優大ゆうだい

「ねぇ、拓斗。こないだの試合見たよ!かっこよかった!」

「そうか。ありがとう」

「あの試合、拓斗、かめんらいだーみたいだった!」

「仮面ライダー?」

「うん!僕、拓斗みたいな、かめんらいだーみたいなサッカー選手になる!」

「お、おう。頑張れよ」


ポンと頭に手を置き、少年を送り出した。


「仮面ライダー、か……」


◇◆◇◆


「たっくん、わたしおおきくなったら、たっくんのおよめさんになる!」

「じゃあ、ぼくは、かめんらいだーになって、はるちゃんをむかえにくるね?」

「うん、やくそく」

「やくそく」


◇◆◇◆


「そうか。陽夏があのとき言ってた約束って、この事だったのか……」


ずっと心の奥にしまっていた大切な約束。絶対に忘れてはいけない約束。


「ごめん、陽夏。ほんとうにごめん」


とめどなく涙が溢れてきた。


「拓斗、どうした!」


心配したチームメイトたちがこちらに駆け寄ってきた。


「いや、何でもないんだ。目にゴミが入っただけさ」

「おいおい。驚かせるなよ。明日、出発だろ?準備しろよ?」

「あぁ」


俺は顔に流れた涙を袖で拭い、自宅に戻った。


「陽夏……。思い出したよ」


もやがかかったように見えなかった記憶がよみがえってきた。このことを、どうやって陽夏に伝えようか。俺は必死に頭を働かせていた。


「そうだ!」


ベッドの上で天井を眺めていると、完璧な考えが頭に浮かんできた。


「これなら、陽夏だけに気づいてもらえる。よし!なら、なおさら頑張らないとな」


俺は、陽夏にこのことを伝えるために、W杯への想いをさらに高めていった。

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