二十五話 文化祭(準備編)#3
次の日、俺は美月と、寮の門の前で待ち合わせをした。
「拓斗、お待たせ」
「いや、別に。待ってはないけど……」
と言って、スマホから視線を上げると、そこには、夏祭りで会った時の私服とは正反対の、光沢のある黒のスカートに純白のトップス、その上に淡いブラウンのカーディガンを羽織った、清楚な美月の姿があった。
「どうしたの、拓斗?そんなにじろじろ見て」
「いや、なんでもない」
「今日、ちょっとおしゃれしてきちゃった。どう?」
美月はかわいらしく、俺の目の前で一周した。ほのかに香ってきた柔軟剤の匂いが、鼻腔を幸せにさせた。
「普段とは違う感じでいいと思うよ?」
「ほんとに?やったぁ~!」
子供のように喜ぶ美月に、少しキュンとしてしまった。
「じゃ、行こ?」
美月に強引に手を引かれて、俺は電車に乗り込んだ。
「美月、今日はどんな服買うんだ?」
「そうだそうだ。分からなくならないようにメモしてきたんだった。はい、コレ」
「サンキュ」
そこには丁寧な文字で服のデザインやサイズについて事細かに記されていた。
「俺、服のこととかよくわからんから美月に任せるわ。俺はあくまで荷物持ちで」
「拓斗も選んでよぉ~。男子の意見とかも聞きたいし、あと試着とか」
「試着はする」
「もうすぐ着きそうだよ?」
「だな」
と言い、座席から立ち上がり、開く側の扉の前に立った。
電車が停車するとき、美月はその反動に負けて、後ろに大きくよろけた。
「危ない!」
俺は反射的に腕を伸ばし、美月の身体を支えた。
「気をつけろよ」
「ご、ごめん……」
近づいた美月の顔は、少し紅潮しているように見えた。電車の揺れでよろけているのを見られたときは、自分でもこういう反応になるだろうと納得した。
「行くぞ?」
「う、うん」
僕達は駅を出て、駅のほど近くにある少し大きなファッションビルにやってきた。
「これもいいなぁ。これも、こっちもいいなぁ」
美月はせっかく書いてきたメモを一度も確認することなく、次から次へと洋服を俺に渡してきた。
「で、どれにするの?てか、メモ見ないの?」
「う~ん。見ただけじゃわからないから、拓斗着てきてよ」
「はぁ……。分かったよ」
俺は試着室に入り、美月に渡された服を一着一着着て行った。
「で、どれ?」
「う~ん、これとこれと……」
「んじゃ会計してくるね」
「お願い」
計五着の服をレジに持って行き、代金を支払った。
「次は、レディースの方だね」
「うん。じゃあ、早速」
俺は美月に続いて、五階にあるレディースフロアに向かった。
「これとか可愛い。あ、これも」
と、美月はとても楽しそうに服を選んでいるが、俺としては周りの視線が痛いほど突き刺さる、肩身の狭い思いをしていた。
「美月、俺、ここ居づらいんだけど……」
「あ、そっか」
「てなわけで俺は下に……」
と言って、荷物を持ち下に降りようとすると、俺の腕に美月の腕が絡みついてきた。
「じゃあ、これで何とかなるでしょ」
「ちょ、やめろよ」
「なんで?これなら、他の人が変な目で見てくることないでしょ?」
「それは、そうなんだけど……」
「なに?」
「まあいいや。引き続き服を選んでください」
「は~い」
そう返事をして、再び服を選びだした美月は、先ほどよりも少し楽しんで服を選んでいるように見えた。そんな美月を見て、心の中では彼女みたいだなと、いたこともない彼女の妄想を膨らませていたのであった。
「拓斗。一回試着してくるから、男の子目線でどれがいいか選んでくれない?」
「いいけど。俺、センスないよ?」
「大丈夫。じゃ、よろしく」
「お、おう」
美月は軽くスキップをしながら、楽しそうに試着室に入って行った。
「かわいいな……」
ボソッと呟き、試着室の前の椅子に腰を下ろしていると、
「拓斗、一着目行くよ?」
と、カーテンの向こう側からかわいらしい声が聞こえてきた。
「おう」
返事をすると、すぐにカーテンが開き、可愛らしい服を身に纏った美月が姿を現した。
「どう?」
「可愛いと思うよ?」
「じゃあ、次!」
美月は次々と着替えを済ませて、テンポよく洋服を俺に見せてきた。
「それで、どれがよかった?」
私服に戻った美月が靴を履きながら訊いてきた。
「そうだなぁ。俺的には、四番目と六番目と七番目?が良かったと思うけど」
「OK。じゃあ、言ったやつにする」
「俺の意見なんかでいいのかよ」
「良いよ。拓斗、意外とおしゃれだし」
「そ、そうか?」
美月の真っすぐな言葉に、ついつい照れてしまっていると、
「何照れてんの?」
と、美月はからかうように俺の肩をツンツンとつついて、いたずらっ子のような可愛らしい笑顔を浮かべている。
「は?て、照れてなんかねーし」
「ふ~ん」
「お、俺会計してくる」
「うん」
顔が熱くなるのを感じて、俺は逃げるようにレジに向かった。
商品の入った籠をレジカウンターの上に置き、財布を取り出していると、
「あの子、貴方の彼女?」
と、綺麗な女性の店員さんがそう尋ねてきた。
「いや、そんなんじゃなくて……。友達です」
「あれ?そーなの?お似合いだと思ったんだけどなぁ」
「そ、そうですか」
「拓斗、終わった~?」
店員さんと話していると、美月がそう言ってこちらに近づいてきた。
「お後、380円になります。ありがとうございました」
店員さんは気を利かせてくれたのか、手短にそう言って、軽く一礼した。
「さっき、店員さんと話してなかった?」
「べ、別に話してないよ?」
「ほんと?」
「ほんと……」
俺はどうも店員さんのあの一言が、心のどこかに引っ掛かっているようだった。
「ならいいけど。それより、そろそろお昼だね。何か食べない?」
「いいね。何食べたい?」
「う~ん、あそこの喫茶店?良くない?」
「確かにいいかも。じゃあ、入ろうか」
「うん」
俺達は、ファッションビルのすぐそばにある年代の感じる喫茶店に入った。
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