二十一話 文化祭(委員会編)#1

 この日から、およそ1か月の月日が流れ、ついに文化祭の時期を迎えた。


「えぇ~と、ついに我が校伝統の文化祭の時期になってきました。それにあたってだが、実行委員を選出します。一応聞きますが、立候補はいますか?」


先ほどまで騒々しかった教室が先生の言葉が途切れた瞬間、一斉に静まり返った。


「いないみたいですね。では、先生の独断で決めさせてもらいます。じゃあ、清水君と早瀬さん。よろしく頼むわね?」

「一応聞きますけど。拒否権は?」

「残念ながらありません」

「ですよね」

「それじゃあ、2人は今日の放課後に音楽室に向かってください」

「はい」


力なく返事を返し、窓の外を見た。


 放課後、俺達は言われた通りに音楽室に向かった。


「1番のりだな」

「だね。とりあえず座ってようか」


俺達は、適当な席に腰を下ろし、全員が揃うのを待った。


「こんな時に聞くのもあれなんだけどさ。あれから、何かわかったか?」

「全然。その話しようとすると、話逸らされちゃって……」

「そっか……」


俺の不安心は大きくなるばかりであった。

 真佑と適当に会話をしていると、廊下の方からざわざわと声が聞こえてきた。


「あっれ、一番だと思ったんだけどな」


D組の日下が1人で音楽室に入ってきた。


「日下も実行委員なんだな」

「おう、拓斗もか?」

「まあな」


と話していると、D組のもう一人の実行委員が教室に入ってきた。


「……陽夏」

「陽夏!」

「真佑!真佑も実行委員になったの?」

「うん」

「もう1人は?」


真佑は、ゆっくりこちらに視線を向けてきた。陽夏の視線も、それに合わせてこちらに向けられ、ばっちり視線が交わった。陽夏はすぐに視線を逸らし、日下の隣の席に座った。

 その後、先輩方もぞろぞろと音楽室に入ってきて、実行委員会が始まった。


「…………というわけで、本校でも今年からミス・ミスターコンテストを開催することになりました。それにあたって、こちらの実行委員に数名移ってもらおうと思います。誰か、やってくれる人?」


俺は誰も手を上げないのを見て、控えめに手を上げた。


「やってくれるの?えっと、清水君と喜田さん。ありがとう」


俺達は、互いに視線を向けた。


「「じゃあ、私もやります」」


梅澤先輩、生田先輩も手を上げた。


「んじゃ、俺も」

「俺も」


とサッカー部の齊藤先輩と河合先輩も手を上げた。


「これぐらいで足りるかな。じゃあ、今決まった6人はこちらの話し合いではなく、ミスコンの方の話し合いをしてください。教室は3年A組。資料は、これね。じゃあ、よろしく」


俺達6人は教室を出て、指定された教室に入った。


「で、誰が仕切るんすか?」


割と知っている先輩方しかいないので、タメ口で聞いた。すると、齊藤先輩が1番に口を開いて、


「それは、お前でいいんじゃね?」


そう言った。


「へ?」

「異議なし」


この教室にいる全員が、一番後輩である俺に責任を押し付けてきた。


「マジっすか?」

「おん」

「分かりましたよぉ。じゃあ、俺が務めさせてもらいます」

「は~い」


だらけきった返事が返ってきて、話し合いが開始された。俺は、資料に書かれてある通りに話し合いを進行し始めた。


「じゃあ、まず初めに。このミス・ミスターコンテストの存在をみんなに広めるためにポスターを制作したいと思います。この中で、絵とかそういうのに自信あるよって人?」


すると、陽夏が恐る恐る手を上げた。


「陽夏。得意なのか?」


俺の記憶にあるのは、二頭身の人間を描いていたあの時の陽夏なので、にわかには信じがたかった。


「うん。得意、かな?」


余所余所しい返事が返ってきた。


「じゃあ、私達もやろうかな」


梅澤先輩の腕を掴んだ生田先輩が声を上げた。


「生田。お前はやめとけよ」


齊藤先輩が半笑いを浮かべて、そう言った。


「何でぇ?」


甘えたような声で、生田先輩が訊き返す。


「じゃあさ、自転車の絵。描いてみ?」


齊藤先輩が言うと、生田先輩は


「簡単だよ」


と言って、一心不乱にペンを走らせた。


「出来たっ!ほら。上手でしょ?」


生田先輩が、自信満々に掲げたのは、自転車とは程遠い、見たことのない乗り物だった。


「生田先輩、これは?」

「自転車」

「じゃあ、この丸いのは何ですか?」

「タイヤ」

「じゃあ、これは?」

「タイヤ」

「これとこれは?」

「どっちもタイヤ」

「…………」


教室に短い沈黙の時間が訪れた。


「タイヤ、4つ描いたんですか?」

「うん……」


真っすぐな視線を俺に向け、そう答えた。


「う~ん。生田先輩は、やめておきましょうか」

「なんでよぉ」


駄々をこねる幼稚園児のように足をばたつかせた。


「ま、理由は言うまでもないよな」

「そう、ですね。じゃあ、ポスターの方は、梅澤先輩と陽夏に任せます」

「はい」

「うん……」

「で、残った俺達は、応募用紙の作成と、当日の最終選考の審査委員の依頼ですかね。あとは応募の締め切りが来たら、選考するって感じで」

「OK。んじゃ、サクッと始めちゃおうか」

「「おぉ~!」」


穏やかな雰囲気で、各班の仕事が始まった。


「顔写真と、名前、生年月日、特技……。あと、なんかある?」

「志望動機と自己PRですかね」

「なるほど……」


そういうのが得意な河合先輩に、用紙の作成の方を完全に委託した。


「で~きた。これでいいですかね?委員長」


からかうようにパソコンをこちらに向けてきた。


「いんじゃないですかね。じゃあ、印刷お願いしますね」

「ほ~い」


そう言って、3人は教室を出て行った。


「はる……。梅澤先輩。ポスターの方はどんな感じですかね?」


なんとなく陽夏に声をかけずらくて、梅澤先輩に声をかけた。


「今、大体のデザインを考えてるんだけど、全然浮かばなくて」

「そうですか」


俺は意を決して、陽夏に声をかけた。


「は、陽夏の方は?」

「わ、私も梅澤先輩と同じ」

「そっか。でも、何個かできてるじゃん。見せてよ」


俺は陽夏の手元にあった、小さな紙を何枚か見た。陽夏の描いた紙の上には、アニメチックな男女のイラストや、背景を描いたようなデザインチックなものが綺麗に描かれていた。


「いいじゃん。これとか、これとか。ね?梅澤先輩」

「そうだね。これとこれ合わせてみたら可愛いかも」

「ですね。そうします」

「じゃあ、絵の方は陽夏ちゃんに任せるから。私は文字の配置とレタリングの方やるね?」

「わかりました。お願いします」

「それじゃあ、この調子で頑張ってくださいね」


俺はそう言って、教壇の上に腰を下ろした。


「拓斗、お待たせ」

「うっす」

「用紙は100枚でいいだろ?」

「十分です」


俺は先輩方から受け取った用紙を、20枚ずつの束に分けた。


「梅澤先輩、進捗は?」

「こんな感じかな?」


A4サイズの紙に描かれた原案を俺に差し出してきた。


「いいですね!それじゃあ、これで進めてください」

「OK!陽夏ちゃん、頑張ろ!」

「はい!」


陽夏のはじけんばかりの笑顔に、胸がはち切れそうになった。


「ミスコン実行委員、今日はこれまで」


文化祭実行委員長さんが教室に入ってきた。


「進捗は?」

「ポスターの原案が上がって、応募用紙を作り終わりました」

「どれどれ」


俺は先ほど受け取ったA4の紙を委員長に差し出した。


「いいね!キャラのデザインとか可愛いしかっこいいし。2人のくっつきそうでくっつかない絶妙な距離感とか。背景もスタイリッシュな感じだし、文字の配置とかフォントとか完璧。これで進めるんだろ?」

「もちろんですよ」

「で、委員長は誰が?」

「俺が……」

「そっか、頑張ってね?それでなんだけど、委員長にはミスコンの審査委員長もしてもらいたいんだけど、いいかな?」

「良いんですけど。クラスの出し物が決まってからでいいですかね?」

「OK。でも、その辺上手く調整してもらえるとありがたいかな」

「分かりました。検討してみます」

「サンキュ。じゃあ今日はこれで。お疲れ~」

「お疲れっす」


委員長の背中を見送り、片付けを始めた。


「ポスター。委員長べた褒めでしたね」

「だね」

「陽夏。梅澤先輩。明日も頑張ってください」

「うん」

「……」


陽夏は何も言わずに、首を小さく縦に動かした。


「じゃあ、みなさん。お疲れさんでした~」

「おつかれ」


俺は先輩方に手を振った後、陽夏に声をかけた。


「陽夏」

「……どうしたの?」

「最近、俺のこと避けてない?」

「……別に?」

「さっきからよそよそしいよ?」

「……そんなことないよ」

「まあ、深くは聞かないけど。1人で抱え込むなよ?悩んでるなら、真佑とかもいるし……」

「うん、ありがとう。じゃあね」

「じゃあ、な……」


俺は、遠ざかって行く陽夏の背中に小さく呟いた。

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