二学期

十九話 変化

 二学期最初の日。夏休みが終わったことも露知らず、俺は完全に寝坊した。この学校に入学してから初めての遅刻。時計を見ると、時刻は九時少し前。始業式がすでに始まっている時間帯。俺は、急いで支度をして、寮から飛び出した。学校まで徒歩5分の所を2分弱ほどで突っ走り閉じている校門をパルクールのように飛び越えた。そして、昇降口で上履きに履き替え、ローファーを下駄箱に叩き込んだ。勢いよく扉を閉め、体育館に走った。

 静かに扉を開き、先生の視線をかいくぐって自分たちの列にまぎれた。


「おま!」

「しーっ!遅刻は後で謝るから、今は穏便に」

「わかったよ」


ぎり閉会の言葉の前に間に合った俺は、3分ほどの始業式を終えた。


「いや~、危なかったぁ~」


教室で大きな欠伸をしながらそう言うと、


「何が危なかったって?」


背後から、低く怒ったような女性の声が聞こえてきた。


「せ、先生」

「清水、遅刻!今日中に反省文」

「1回目はないんじゃ……」

「態度が悪いから特例です」

「マジですか……」


俺は渋々先生から原稿用紙を受け取り、うわべだけの謝罪の言葉と次回は気をつけるという旨の文章をスラスラと書きならべ、数分で先生に提出した。


「次からは気をつけなさい」

「はい。すみませんでした」


謝罪の言葉を述べ、席に戻った。


「珍しいね、拓斗が遅刻だなんて」


隣の席に座る美月にそう言われる。


「初めてだからな。なんか、夏休み気分抜けなくて」

「分かる。私も危なかった」

「そうなんだ」


ホームルームの内容もサラッと聞き流し、下校の時間になった。


「んじゃ、先行ってるな?」

「うん」


俺は美月にそう告げて、教室を出た。そこで、偶然陽夏に遭遇した。


「陽夏」


と、陽夏に声をかけた。俺の声が聞こえなかったのか、陽夏は何事もなかったかのように歩いて行ってしまった。


「拓斗。先行ってたんじゃなかったの?」


後ろから美月に声をかけられた。


「あ、あぁ。ちょっとな……」

「ふ~ん。じゃあさ、気分転換に映画でも見に行こうよ」

「ま、たまにはいいか。で、何見んの?」

「まだ決めてない」

「なんだそれ。じゃ、とりあえず行くか」

「だね」


俺は美月と共に、学校を出て、電車に乗り込んだ。


「普段はどんなジャンルの見るの?」


美月が訊いてきた。


「そうだな。ドキュメンタリーとか、アニメの実写とかかな?」

「そうなんだぁ」

「美月は?」

「私は、無難に恋愛ものとかかな」

「じゃあ、今日もそっち系?」

「にしようかなと思ってた。そういうの嫌い?」

「全然?美月の見たいのでいいよ」

「あ、ありがと」


美月はどこか照れているようだ。


「拓斗、降りるよ」

「おう」


俺達はホームを後にした。

 駅から徒歩5分の所にある、少し古めの味のある映画館に到着した。


「何見よっかなぁ」

「この辺とかいいんじゃない?」

「いいね。これって、人気のアイドルが主演の映画だよね?」

「そうなの?ま、面白そうだし見よっか」


俺達は、館内のちょうど真ん中あたりの席に座って、上映されるのを待った。


「もう少し時間あるよね?」

「あるね」

「じゃあ、ポップコーンでも買ってくるわ。美月は?」

「大丈夫」

「OK」


俺は席を立って、ポップコーンを買いに向かった。


「お次のお客様」

「えっと、ポップコーン一つください」

「かしこまりました。って、拓斗?」

「真佑。バイト?」

「まあね」

「そっか、頑張れよ」

「ありがと。今日は誰と来てるの?もしかして、陽夏と?」

「う、ううん。美月と」

「そ、そーなんだ。楽しんでね?」

「ありがと」


俺はポップコーンを受け取って、席に戻った。


「おっと、もうすぐ始まる」

「遅いよ、拓斗」

「ごめん、ちょっと……」

「罰として、少し分けてよ」

「絶対そう言うと思って大きいの買ってきたよ」

「さっすが拓斗。分かってるね」

「ほら。もうすぐ始まるぞ」


予告が流れた後、おなじみのカメラ男と、警察のランプ男の注意喚起の映像が流れ、映画が始まった。俺はポップコーンに伸ばす手を無意識に動かしながらも、流れている映像と、音声に集中していた。

 

 映画も終盤に差し掛かり、主人公とヒロインの互いを想う気持ちが、絶妙に交錯しあうシーン。涙を目に溜めながら、ポップコーンに手を伸ばしたとき、美月の手とぶつかってしまった。


「ごめん」

「ううん、ごめん」


俺は美月にポップコーンを譲り、何事もなかったかのように映画に視線を戻した。

 上映後、シアタールームを出て、ポップコーンの容器を係員さんに手渡した。映画館を出た後、近くにあったお洒落なカフェに入り、映画の感想を言い合った。


「ヒロインの表情とか、切なくてなんか良かったよね」

「だね!でも、最後のオチとか、自分の書いた小説のタイトルに、映画のタイトルをつけるってのが良かったよね」

「ほんとにっ!良かったよね」


と、1時間近く映画の感想を述べあった後、2人分のドリンク代を支払って店を出た。


「ありがとね、払ってもらっちゃって」

「全然いいよ、これくらい」


俺達は下りの電車に乗りこんだ。

 ガタゴトという心地よい振動を体に感じながら窓の外を眺めていると、右肩に少し重みを感じた。ふと視線を向けると、美月が心地よさそうに寝息を立てていた。柔らかい笑顔を浮かべた美月の寝顔に、俺の心の奥の何かが動き出そうとしていた。


『次は桐櫻学園前駅~、桐櫻学園前駅~でございます。降り口は右側です』

「美月、起きて?降りるよ」

「ん?うん……」


美月は眠たそうに眼を開けた。俺は、椅子から立ち上がり電車から降りようとした。が、美月はまだうとうとと眠たそうに椅子の上に座っていた。


「美月、行くぞ」


俺は無理に美月の腕を引っ張り、電車から引き下ろした。その瞬間、電車の扉が閉められ、電車が動き出した。


「あっぶね~」


一人胸をなでおろしていると、


「危ない危ない~」


と、美月が赤ちゃんのようにへらへらして俺の言った言葉を繰り返していた。


「美月、どうしたんだよ。酔ってんのか?」


軽く身体を揺すってやると


「あ、拓斗……。私、寝ちゃった?」

「あぁ」


美月の可愛らしい寝顔。そして、先ほどの可愛らしい仕草がフラッシュバックしてくる。


「ごめん」

「いや、全然いいけど……。美月の寝起きってあんな感じなんだな」

「あんな感じって?」

「いや、なんでもない」


それにしても可愛かったなぁなんて、陽夏という心に決めた人がいる俺には死んでも口に出来なかった。


「じゃ、気をつけて戻れよ?」

「うん。また明日ね?」

「おう、じゃな」


俺は手を振って寮に入った。

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