十六話 夏祭り 前編
それから1週間が経ち、ついに約束の日を迎えた。待ちに待ったこの日、俺はこの日のために購入した甚平を着て部屋を出た。
陽夏に会いたい気持ちが逸って、俺は約束の15分前に約束の場所に到着した。境内の外にある石垣に凭れかかり陽夏が来るのを待っていた。
数分後――――
「お待たせ。待った?」
陽夏の声が聞こえて顔を上げると、そこには真っ赤な生地に花火の柄が描かれた可愛くもあり、美麗でもある浴衣を身に纏っていた。
「う、ううん、待ってないよ。行こうか?」
「うん」
俺達は、人通りがまばらな境内に進んだ。
「拓斗、さっきからこっちじろじろ見てきて恥ずかしいんだけど……」
「ごめん……。陽夏があまりにも綺麗だったから」
「ちょ、ちょっとからかわないでよ」
「からかってないよ……」
と、本当の恋人になったかのような会話をしながら的屋かが立ち直る参道を歩いた。歩いていると、こちらをチラチラと見てくる男女がちらほら見受けられたが、そんなことは気にせず陽夏との大切な時間を楽しんでいた。
「拓斗、私あれ食べたい!」
陽夏が指さしたのは、ベビーカステラの屋台だった。
「分かった。行こ」
俺達は順番待ちの列の最後尾に並んだ。
あと少しで自分の番になると思い、財布を取り出していると、ガラの悪そうな男性が数組前に割り込んできていた。
「陽夏。俺、ちょっと注意してくる」
「拓斗、危ないよ」
陽夏は甚平の袖をクイッと引っ張って俺が行こうとするのを制止してくる。
「大丈夫だって。ちょっと待ってて?」
俺はそう言って陽夏の所から離れ、ガラ悪男性の所に向かった。
「あの、お兄さん方?」
落ち着いたトーンで声をかける。
「んだよ!」
「今、割り込まれましたよね?」
「あぁ?うっせぇんだよ。あっち行け、ガキ!」
肩を強く突き飛ばされる。
「いやぁ~ね?そう言われましても、みんな並んで買ってるんですよ?」
「黙れよ」
「あれ?お隣は彼女さんですか?彼女の前でそんな姿見せて、かっこ悪いっすね」
半笑いでバカにしたように言うと、
「あぁ?」
語気をさっきよりも強めてそう聞いてきた。
「ダサいって言ってんだよ。さっさと後ろ行けよ」
「てめぇ、舐めてっと痛い目見るぞ!」
男はそう言い、固く握った拳を突き上げた。その瞬間に俺は、一気に相手の懐に入り、拳を相手の眼前でピタリと止めた。
「なんか言いました?」
薄笑いを浮かべ、優しく問いかけると、
「い、いえ。なんでもないです」
男は尻尾を巻いてどこかに消えていった。
「拓斗、かっこよかったよ!」
「なんか、こういうの見過ごせないからさ……」
「お次のお客様」
俺が男を追い払っているうちに列が進んでいたのか、気づいたときには自分たちの番になっていた。
「ベビーカステラ、1つください」
「まいどっ!」
的屋の気前の良さそうな関西弁のお兄さんがカステラを袋に入れながら、
「よ~見たら、お客さんの彼女さん、えらいべっぴんさんだね?あんちゃん、ちゃんと守ってあげなあかんで?」
楽しそうな笑みを浮かべてそう言ってきた。
「そうですよね。我ながら、こんなに綺麗な彼女をもらえて誇らしい限りです。もちろん、大切にしますよ」
と、適当にお兄さんに話を合わせた。
「えらい良いカップルやったから、おまけ氏といたで。ほな、また来てな?」
「はい。ありがとうございます」
俺達はベビーカステラの入った袋を持ちながら、近くのベンチに座った。
「ほい、陽夏」
「あ、ありがと……」
陽夏は伏し目がちに袋を受け取り、そう言った。
「どうしたの。なんかよそよそしくない?」
「そ、そんなことないよ。あぁ~、ベビーカステラ美味し!」
陽夏のわざとらしい演技に、
「さっきのは悪かったって。でも、お兄さんに合わせないと……」
謝罪を口にすると、
「別に、怒ってはないよ。ただ……」
暗めなトーンで何かを言いかけた。
「ただ?」
「何でもない。拓斗も、何か食べな?」
「おう」
正直、ただ、の後が気にはなったが、俺は立ち上がり、再び陽夏と歩き始めた。
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