夏休み

十五話 勉強会?

 体育祭から1週間が経ち、俺達は終業式を迎えた。体育館の外では、灼熱の太陽の下で、蝉達が鬱陶しく喚き散らし、校長の長ったるい話をきれいに遮っていた。

 終業式が終わり、学校と言う名の牢獄から解放された俺は、急ぎ足で寮に戻り、夏季休暇の課題を進め始めた。課題のモチベーションはただ一つ。2週間後に控える夏祭りだ。


 課題は、思っていたよりもハイペースで進み、1週間ですべての課題を終えてしまった。


「終わっちったなぁ……」


俺は強い優越感と、これからの夏休みの予定の少なさに絶望しながら、ベッドに身体を預けた。しばらくベッドの上に寝転がり、海外サッカーのハイライトを見ていると、けたたましい音量のインターホンが鳴り響いた。


「はいは~い」


来た人も確認せず、玄関の扉を開けると、扉の前には美月るなと真佑が立っていた。


「それじゃあ、お邪魔しま~す」


悪びれた様子もなく家の中に上がってこようとした二人を食い止めた。


「ちょっと待て。急になんだよ、入るのは要件を聞いてから」

「え~、いいじゃん!」

「いいじゃん!」

「で、要件は?」

「勉強、教えてほしくて」

「んだよ、そんなことか。それなら、どうぞ」


俺は扉をしっかりと開け、2人を部屋に招き入れた。


「拓斗の部屋、中学の時から全然変わってな~い」


美月がベッドに腰を下ろしながら楽しそうにそう言った。


「そんな変わんねぇだろ。趣味も変わらんし、このままでいいからな」

「ふ~ん」

「で、どこがわからないんですかね?お2人さん」


俺は知っていた。2人とも頭がそんなに良くないことを。


「う~んと、こことここと……」

「私は……」


2人は難問と称される大問と、少し難しい小問をほとんど指さした。


「じゃあ、一個ずつ説明してくね?ここの大問は……」


1から7くらいまでしっかりと丁寧に指導した。残りの3割は自力で解かせ、確実に実力をつけてもらった。


「おぉ~、解けた解けた」

「じゃあ、次!」


次々と問題を解いていく二人を見ていると、手元にあったスマホが小さく振動した。


「悪い、ちょっとやってて?」


俺は一度部屋から出て、電話に応答した。


「もしもし?陽夏?どした?」

『お祭り、もう少しだなと思って連絡しちゃった』

「あと1週間だな。てか、俺もちょうど陽夏に連絡しようか迷ってた」

『ほんと?』

「うん」

『あのさ、今から拓斗のところ行ってもいい?』

「まあ、いいんだけど。美月と真佑が勉強してるよ?」

『いいよ、全然。じゃあさ、今から行くね?』

「おう。じゃあ、着いたら連絡して?迎えに行くから」

『うん。じゃあ、また後でね?』


俺は部屋に戻り、


「今からさ、陽夏来るけどいい?」

「うん!」

「いいよ。たくさんいたほうが楽しいし」

「俺も、勉強教えてやれる奴がもう一人いると楽でいいわ」

「ちょっとそれどういうこと?」

「陽夏ちゃんってそんなに頭良いの?」

「十傑に入るぐらいだからね?」

「そうなの?」


 十傑とは、言葉の通り期末に行われるテストでトップ10に入った生徒のことを指す我が校伝統の言葉である。


「ま、俺の主席の席は譲らないけどな」

「凄いよね。初等部で入ってきて以来、ずっとだもんね?」

「え!拓斗ってそんなに頭良いの?」

「まぁな。てか、早瀬さんいつの間にか俺のこと呼び捨てにしてるよね?」

「ダメだった?」

「いや。じゃあ、俺も真佑って呼ぶな?」

「うん」


と話していると、俺のスマホが再び震えた。


「お、陽夏着いたみたい。ちょっと連れてくるわ」

「「いってらっしゃい!」」


2人に見送られ、俺は自室を後にした。


「お待たせ。じゃ、行こうか」

「うん」


俺は入室の許可を寮母さんにとって、陽夏を部屋に連れて行った。


「お邪魔しま~す」


陽夏が控えめそうに家に上がる。


「陽夏!」


部屋の扉が勢いよく開かれ、真佑が陽夏に飛びついた。


「久しぶり、真佑」


久しぶりと言っても1週間の期間なのだが、その間の出来事を少し話した後、再びペンを動かし始めた。


「拓斗!ここわかんな~い!」

「はいはい。えっと、ここは……」

「陽夏ぁ。ここ解けな~い」

「ここはね……」


と、いつしか俺は美月、陽夏は真佑に教えるようにと自然と分担されていた。

 それから数分経ったとき、この問題集の中で一番難しい大問を解き終えた美月が、パタンと問題集を閉じて、大きく声を上げた。


「拓斗!お腹空いた!」

「私も!」

「私、も……」

「それで?」

「お菓子とかないの?」

「そんなもの、家にはない!」

「「「えぇ~」」」

「そんなに腹減ってんのか?」

「「「うん!」」」


3人の見事なシンクロと、お腹を空かせた子犬のようなキラキラした視線に耐えることが出来ず


「しゃーねーな。適当に作るから待ってろ」


仕方なく折れて、キッチンに立った。


「どんなんがいい?」

「脂っこくないもの」

「何でも」

「何でもいいよ?」

「んじゃまあ、適当に?」


俺は冷蔵庫にある適当な材料を使って、女子が好きそうな簡単なスイーツをパパっと作って教科書類がどけられた机の上に乗せた。


「ほら、食え。口に合うかはわからんけど」

「これ、拓斗が作ったの?」

「悪いかよ」

「なんか、イメージ違う」

「でも……」

「「「美味しそう」」」」

「はよ食え」

「「「いっただっきま~す」」」


3人は手を合わせて、いっぺんにフォークに手を伸ばした。


「「「うまっ!」」」


3人とも目を真ん丸にして口を閉じた。


「それはよかったですよ」

「拓斗、料理できるの?」

「そりゃ、中一から寮生活してればできるようにもなりますよ」

「美月ちゃんは出来るの?」

「それ、聞いちゃう?」

「ごめん、やめとく」

「賢明なご判断で。そうだ拓斗。今度晩御飯作ってよ」

「調子に乗らない。ちょっとぐらい自分でしなさい」

「ケチぃ~」

「はい。ふくれっ面してもダメ。食べ終わったら勉強再開するからな?」

「「は~い」」


雑談も交えながらおやつを後にした俺達は、再び勉強を再開した。

 ふと時計を見ると、時刻はもうすぐ19時を回ろうとしていた。


「こんな時間だし、今日はこの辺にしとくか」

「もうこんな時間」

「そうだね。もうお開きにしよっか」


3人はペンケースのファスナーを閉め、玄関の方に向かった。


「「「お邪魔しました~」」」


3人は声をそろえてそう言って、各々の家に帰って行った。


「ふぅ、やっと一息つける」


ドサッとベッドに身体を預けてしばらくしたら、自然と眠りについていた。

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