十一話 体育祭(二日目)秘密の早朝練
午前5時30分。俺は、陽夏に早く会いたいという気持ちが前面に出過ぎて、ものすごく早くグラウンドに来てしまった。
「さすがに早く気過ぎたな……」
何をして時間を潰そうかと考えていると、校門を通る人影を見かけた。
「拓斗!」
「陽夏!」
陽夏は、大きく手を振って楽しそうにこちらに向かってきた。
「早いね?」
「なんか、目覚めちゃってな」
「私も」
そんな些細な一言に、陽夏も同じ気持ちでと、現実ではありえない妄想を頭の中で開始させてしまった。その妄想を、なんとか制止させ、
「じゃ、早速始めようか」
と寮から持ってきたボールを地面に落とし、ピタッとトラップした。
「まずは基本のパスから始めようか」
「うん」
俺はものすごくゆっくり陽夏のあsもとにボールを転がした。
「わっ、わわ。こ、これ、どうしたらいいの?」
おどおどと動揺している陽夏に胸をときめかせながらも、
「足の内側。インサイドで、止める」
「こ、こう?」
おぼつかない仕草でボールを止める。
「そう!いい感じ!」
俺が蹴ったボールを陽夏が足元にピタリと止めた。まあ、止めたというか、威力がなくて止まったというか。まあ、そんなのはどうでもいい。
「じゃあ、陽夏!パス!」
陽夏は内に込める全ての力を使って、つま先でボールを蹴った。
「痛ったぁ~」
俺は、陽夏の足から放たれたボールを胸で勢いを吸収させてから足元にピタリと止め、陽夏のもとに駆け寄った。
「大丈夫か?怪我してない?」
「う、うん」
「ボールは、さっき止めたところで蹴るといいよ」
「え?それって、難しくない?」
「難しいかもだけど、陽夏ならできる」
陽夏は、ぎこちない形で助走に入って、ぎこちないフォームでインサイドパスを出した。放たれたボールにさほど威力はなかったが、俺の足元に、ころころと綺麗に転がってきた。
「ナイスパス!ちゃんと足元にきた!」
「今ので大丈夫?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。シュートも今みたいな感じでやるといいかな」
「わかった」
「でも、シュートの時は、昨日言ったみたいに、遠くに飛べ!って思うと強く蹴れるから」
「わかった」
「じゃあ、パスはこれぐらいで。次は、ドリブルしようか」
「うん」
俺は、ボールを拾い陽夏のもとに戻り、陽夏の隣で見本を見せた。
「ドリブルはこんな感じで、ボールが膝の下に入ったら、足の外側で押し出すイメージで。じゃ、やってみ?」
ボールをトラップすると、見よう見まねでボールを蹴り始めた。
「こんな感じ?」
言った通りとまでは行かないが、形だけはしっかりドリブルの形になっていた。
「上手い上手い!ちょっと上半身に力入ってるみたいだから、抜けるともっと楽になるかな?出来たら、やってみ?」
「うん」
その後、小学生がやるような基礎を陽夏に指導し、最後の調整的な感じでショートパスの練習をしていた。
「陽夏、サッカーできそう?」
「うん。拓斗に教えてもらったし」
「陽夏の力になれたみたいで良かった。正直、C組とやるときはあんま声出せないけど、心の中では一番に応援してるから」
「う、うん」
陽夏の頬が、ほんのり桜色に染まった気がした。
「拓斗も頑張ってね?一試合目は応援行けると思うから」
「マジで?一試合目は頑張っちゃおうかな?」
「一試合目はって、全試合頑張ってよ?」
「分かってるよ、冗談冗談」
と陽夏と話していると、
「あれ~?拓斗?」
校門の方から、大分聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「
「ま、それはこっちも同じこと聞きたいんだけど、いいや」
「何しに来たんだ?}
「朝、たまたま早く目が覚めてね?で、窓の外見たら、拓斗がグラウンドに行くのが見えて。来ちゃった」
「来ちゃったって……」
「そうだ。私、今日ソフトボールだから教えてよ。打ち方とか」
「無理」
「なんで!」
「俺、サッカー一筋だし、野球とかそっち系したことない」
「あれ?そだっけ?」
「そう。てことで、独学でガンバ」
「そんなぁ。体育でやったことぐらいあるでしょ?教えてよ!」
「もぉ、うっさいな。わかった。教えるからちょっと待ってろ」
俺は、陽夏と美月のもとから離れ、スマホを取りだし、プロ野球選手のバッティングフォームやキャッチの仕方などをみた。
「おけ。美月、バッティングはこうやって……」
動画で見たとおりにバットを振る。軌道も、重心の移動までも完璧に再現できたと思う。
「こんな感じ」
美月にバットを手渡しながらそういうと、
「拓斗。野球とか初めてなんだよね?」
美月は驚いたような表情を浮かべていた。
「体育とかでやってたから初めてではないけど、ほぼ初心者かな?」
「すご~い。ほとんど初心者でこれって、完璧じゃん!」
「いや、バッティングとか基礎系は動画見れば大抵再現できるから」
「前から薄々思ってたけど……」
「拓斗って……」
「「天才?」」
そんなこんなで、バッティングもサッカーも二人にしっかり教え込み、俺達は教室に向かった。
「じゃ、今日も頑張ろうな?」
「うん。また後でね?」
俺達は、陽夏と分かれて教室に入った。
「拓斗?」
席に座ってすぐ、美月が淋しそうな表情を浮かべて俺に声をかけてきた。
「どしたの?」
「あのさ、どうして陽夏ちゃんにだけそんなことするの?」
「なんだよ、彼女でもないのに」
「それは、そうだけど……」
「そりゃ、敵に塩を送るようなことをしたのは悪いと思ってるけど、自分の好きなことを教えて?って言われたら、教えるだろ?普通」
「じゃあ、私が教えて?って言ったら、教えてくれる?」
美月は消え入りそうな声でそう尋ねてくる。
「当り前じゃんか。美月、大丈夫か?頭でも打ったか?」
「ううん」
と話していると、徐々に教室に人が集まり始め、美月は俺の席から離れて行った。
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