九話 体育祭(一日目)後編

 その後、俺も倫也も、陽夏も美月るなも早瀬さんも勝ち進み、決勝戦が行われた。俺達の対戦相手は三年A組だった。美月たちは、前述通り美月と陽夏の一騎打ちだった。


 両チームの試合が開始され、グラウンドにも体育館にも大勢のギャラリーが集まっていた。

 サッカーの方は、下馬評通りに試合が進み、5対0で圧倒的勝利を収めた。そして、俺と倫也は大急ぎで体育館に向かった。


「すみません、すみません」


人混みを掻き分け、ギャラリーに上り、試合を観戦し始めた。


「今、どんな感じなんですか?」


隣にいた梅澤先輩に訊いてみた。


「えっとね、今はC組がD組に3ゴール差つけて勝ってるよ?」


分かりやすく説明してくれた。ちらりとタイマーを見ると、残り時間は五分もあった。普通に考えたら、自分のクラスを応援するのだろうが、相手チームには幼馴染の陽夏がいるとあって、いまいち声を出せずにいた。


「拓斗君だっけ?応援しなくていいの?」


不意に梅澤先輩に聞かれた。


「あ、いや。ちょっと……」


梅澤先輩はチラッとコートを見ると、何か納得したような表情を浮かべ、


「なるほどね。なら……」


耳元でアドバイスをくれた。


「その手があったか!」


俺は梅澤先輩に言われた通りに、


「陽夏!美月!早瀬さん!みんな頑張れ~!」


全員に向かって声を上げた。すると、陽夏と美月の動きが一段と鋭くなったような気がした。

 その後、陽夏たちは2Pを1本と3Pを1本決め、一点差で残り時間20秒を切っていた。C組は、D組のボールをカットして、カウンターを仕掛けた。と思いきや、相手コートでゆっくりとパスをつなぎだした。


「あの、梅澤先輩。今は何を?」

「時間を使ってるの。バスケは24秒以内にシュートをしなきゃいけないの。でも、残り時間がそれよりも少ないからパスを回して勝とうって作戦」

「なるほど……」


バスケの奥深さを知り、コートに視線を戻した瞬間に試合が大きく動いた。美月がパスを出した瞬間、読んでいたかのようにギアを上げた陽夏がボールをカットした。その勢いを保持したまま、ドリブルでゴール前まで突き進む。美月もボールを取り返そうと全力で陽夏の背中を追った。試合終了のブザーが鳴る瞬間、陽夏の手からボールがリリースされた。ボールは、美しい放物線を描き、リングに触れることなく、ゴールに吸い込まれていった。試合終了。17対18でD組が、この試合の勝利をつかみ取った。俺は、誰にも気づかれない程小さく、ガッツポーズをして、コートに視線を戻した。


 ギャラリーから降りて、C組のみんなのもとに向かうと美月の姿がなかった。


「あれ?美月は?」

「清水君。美月ね、試合終わったらすぐ走ってどっか行っちゃった」

「そっか、ありがとう」


早瀬さんに聞いた俺は、美月を探しに体育館を飛び出した。美月がいそうな場所の見当はついていた。


「美月……」


校舎裏で、うずくまっている女子を見かけた。


「美月、大丈夫か」


俺は、震える肩にそっと手を添え美月の隣に腰を下ろした。


「拓海?」

「あぁ。どうした?」


美月は、腕に顔を埋めたまま


「私のせいで負けちゃった……」


小さくそう言った。美月は、責任をすごく感じているようだった。


「美月のせい?そんなわけないよ。誰もそんなこと思っちゃいないよ」

「ううん。みんな……」


俺はそっと美月を抱きしめた。俺の胸の中で、美月は肩を震わせていた。


「みんながどうしたって?みんな、美月のせいだって思ってるって?」


腕の中で、美月の首が小さく縦に動いた。


「大丈夫だよ?ほら……」


ゆっくり美月から離れ、美月が顔を上げるように促した。美月が顔を上げると、そこには早瀬さん達が立っていた。


「みんな……ごめんね?私のせいで……」

「美月のせいじゃないよ。誰もそんなこと思ってない。だから、泣かないで?ね?明日もあるんだから、明日頑張ろ?」

「う、うん。みんなぁ」


美月は、早瀬さんの胸に飛び込んだ。


「早瀬さん、後は任せた」

「うん」


俺は早瀬さん達にその場を任せて、陽夏のもとに向かった。


「陽夏。お疲れ様」

「拓斗!お疲れ様」


陽夏は表情をパッと華やげてこちらに走ってきた。


「最後、良く決めたね?」

「うん。美月ちゃんのプレッシャーがすごくて、外しちゃったかと思ったよ」

「そーなのか。そんな迫力があるのか」

「明日は、拓海がバスケやるんでしょ?」

「うん」

「応援行くね?」

「おう!サンキューな。俺も陽夏の応援行くから。陽夏はサッカーするんだろ?」

「う、うん。あんまりやったことないけど……」

「大丈夫、簡単だよ。陽夏ならできる」

「ありがとう。拓斗に言われたら、なんだかできそうな気がしてきた」

「ま、頑張れよ?じゃあな」

「また」


俺は教室の前で陽夏と分かれた。教室内は、今日のサッカーとバレー優勝、バスケの準優勝があって、にぎやかな雰囲気だった。


「倫也。今日は自由下校だよな?」

「そうだな」

「んじゃ、俺帰るわ」

「そうか?じゃあ、また明日な?」

「おう、また明日」


俺はそそくさと荷物をまとめて、教室を後にした。

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