第44話

「どうする、連携攻撃が売りだったんだろ。降参するか?」

 クモミズが挑発すると、猪利祖は無言のまま丸盾を拾った。

 双子の兄の血でべっとりと濡れている。

 それをしっかりと握ると、

「確かに油断していたようだ。もうお前を舐めたりはしない。つまりは、お前は死ぬということだ」


「ふん」

 クモミズは剣を捨てる。

 背中に手をやり、本来の武器である櫂を両手にする。

 前後に敵をかかえていたため使えなかった必殺の技、“砂瀑”。

 サシでの勝負なら存分に威力を発揮するだろう。


 それを察したか、させじと猪利祖がいきなり襲い掛かってくる。

 相手も一応海の男ということか、足場の悪さなどみじんも感じさせない、すさまじいまでの突進力。

 片手剣ごと突っ込んできた猪利祖を、クモミズは体を開いてかわす。

 猪利祖の左半身が無防備にさらされる。

 と、思った次の瞬間、猪利祖はステップを踏んで、左腕を肩口にたたむと、盾を武器にしてそのまま体当たりをぶちかましてきた。


 櫂を振りかぶりかけていたクモミズは、カウンターをもらう格好で吹っ飛ぶ。

「うーむ」

 腕組みしてうなるのは護である。

「素晴らしい盾の使い方じゃ。まさに攻防一体。コイチよ、あの隋人の盾さばきを目をかっぽじって見ておけ」

「いや、そんな場合じゃないぞ」

 武人の血が騒いでいるらしい護に、イザヤが冷静に突っ込む。

「それに、目をかっぽじったらまずいだろ。普通、耳だ、それは」

 イサフシもついでに突っ込む。

「ハイ。師匠」

「全然聞いてねーな、この二人」


 吹き飛ばされたクモミズは、櫂を杖に立ち上がろうとして、そのまま砂をはねあげる。

 猪利祖としても十分に予想しえた反撃だ。

 盾をかざして顔面を守る。

 さらにもうひと掬い砂のかたまりを見舞うと、クモミズは攻撃に移る。

 

 猪利祖は宙を舞う砂を盾でひと払いすると、櫂による打撃を剣で受け止める。

 2メートル以上の櫂と30センチほどの片手剣、リーチの差は言わずもがなだが、それを補って余りある技量の差があった。

 クモミズがあえて双頭の櫂を武器にするのは、その手数の多さにあった。

 鉄よりも格段に軽く、打撃力も十分な櫂なら、並の鉄剣よりも威力を発揮しただろう。

 だが小型の盾と剣を両手に装備する兵装を、クモミズは今まで見たことがなかった。

 倭国では主に“隼人の盾”に象徴されるような、大型の置き盾が使われている。


「砂瀑!」

 クモミズは砂の煙幕を張り、なんとか攻め手を見出そうとする。

 繰り返し砂を巻き上げ、かく乱するが、猪利祖は冷静に盾の後ろに隠れるのみだ。

「いい加減に学習しろ。俺に目つぶしは効かん。初回こそ戸惑ったが、もう同じ手は通用せんぞ」

「―――」

「俺のこの盾技は、西域のさらに向こうの砂漠の国々で生み出されたものらしい。隋でも使い手は俺くらいしかない。運が悪かったな。俺の盾と、お前の砂。もっとも相性が悪い組み合わせだ」


「諦めの悪いのが、俺の取り柄だ。――砂瀑‼」

 クモミズは電光石火の早業で櫂を繰り出した。

 一重、二重、三重、――何重にも砂の幕が張られる。

 互いの視認すら困難になった。

 無限の微細な礫が猪利祖を襲う。

 だが――


 砂の幕を割って飛んできたのは、盾だった。

 半球状になった砂のドームの内側からは、外側からと同様、視界が利きにくくなっている。

 猪利祖が投擲した丸盾を、クモミズは寸前まで気づけなかった。

 鼻を直撃する。


 猪利祖は、クモミズに当たって跳ね返ってきた盾をパシッと左手で受け止め、そのまま砂の幕ごと斬りつける。

 手ごたえがあった。

 供給を失った砂の幕が、袈裟の軌跡で血に濡れつつ、徐々に薄れていく。

「勝負あったな」


 砂が晴れると、上半身に傷をうけ、血にまみれたクモミズが立っていた。

 猪利祖は勝ち誇る。

「“砂瀑”――、こちらへの目つぶしのつもりが、あせって自分の方からも見えないくらいに、濃くしてしまったようだな」

 クモミズは血笑を浮かべる。


「お前は俺の兄者を殺した。どうあっても死んでもらう」

 完全なる勝利を確信した猪利祖は、剣を持ち直す。

 クモミズは目の前ですでに半死半生である。

「待て」

「……命乞いか?」

「ちげーよ。一応教えとこうと思ってな」

「――?」

「確かに、俺はやりすぎて、砂で互いの姿が見えないくらいになっていた。だがな、見えなかったのはそれだけじゃねーぜ」

「どういう――」


「―――!」

 言いかけた次の瞬間、猪利祖はすでに死んでいた。

 意識が遠のく寸前、たしかに己が“蛇”に襲われるのを視覚した。

 ふいに足元から蛇が躍り上がり、喉に食らいついたのだ。

 ――海岸に蛇だと?

 混乱は解消されぬまま、クモミズが何かを言っているのを聞きながら、猪利祖は絶命した。

「お前の相方の槍だ――」


「倒しおったぞ、あの若造」

 護が信じられないものを見たといった感じで瞠目する。

 それほどにクモミズの劣勢はあきらかだった。

「まったく、策士なんだか、抜けてんだが、よくわかんねーな、あいつ」

 イサフシはかぶりを振るが、その表情はうれしそうだ。

「あの“砂瀑”とかいう技を、槍を砂で隠すための囮につかったか」


 クモミズが散々に繰り返した“砂瀑”で、茴那の槍は完全に砂に埋もれてしまっていた。

 そこまでの下準備をすると、クモミズは最適な位置に猪利祖を誘導し、足指で槍の柄をはさむと、あとは喉を突き刺すだけだった。

 視界の真下から、ふいに跳ね上がってくる槍の穂先など、避けられるはずもなかった。

「あぁ、クソッ!」

 クモミズは出血多量によろけながらも毒づく。

「いまのやつのカッコイイ技名が思いつかねー。砂……、埋……、臥龍……ブツブツ」


「や、やられてしまったではないか!」

 勝利に沸き立つ琉球側とうってかわって、朱寛は怒り心頭に発している。

「所詮は捨て駒。時間は十分に稼ぎました」

「しかしだな……」

 と、朱寛は王震の存在を思い出す。

 隋帝国最強の剣士だ。

「そ、そうだった。次はお前か。よもや負けるまい。頼んだぞ!」

「お任せを」

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