第36話

「で、そのハルという娘はどこにいる」

「分からんから聞いている。どうやら俺の配下の裴洋というのが連れまわしているらしいがな」

「じゃあ、そっちの責任じゃねーか」

「なんだ、協力してくれるんじゃないのか」

「分からんもんは分からん。大体なんだ、“嵐を操る”というのは」

「お前の国の文化だろ!」

「嵐を操る文化って、おっかなすぎるだろ!」

「知らん、俺は聞いただけだ」


 イサフシと何蛮のやり取りは、次第に子供の喧嘩のような態をなしてきた。

 シコメは相変わらず心ここにあらずという面持ち。

 新たにシコメ水軍を譲られた、賢あらため譲は、悩みに悩んでいた。


 ハルの居所を突き止める術を握っているのは、賢である。

 だがそれは命を削る。

 それをこのイサフシ、何蛮の荒くれ者二人に教えると、自分がどうなるか知れたものではない。

 かといって何もしないでいると、“ユズル水軍”は存在感を発揮できない。

「うーむ」

 さしもの賢も、良い案は浮かばないようだった。


 そこへ、

「誰か来たよぉ!」

 童が飛び込んできた。

 翁・媼の二人組だ。

「んとね、んとね、片っぽはクモミズって人の友達で」

「片っぽは、カバンの部下だって名乗ってる。んでもって、なんか白い布で顔を覆ってる」


「なんだ?」

「どういう組み合わせだ?」

 イサフシと何蛮は顔を見合わせるが、自分たちの今の状況を見れば、なにが起こるか分からない。

「通してくれ」


 シコメの居室に招じ入れられた二人は、たしかにクモミズと何蛮の関係者だった。

 なんでも偶然に海の上で出会い、危急の事態とかで、一時休戦したのだという。

「クモミズさんが敵の捕虜に」

「なんだと!」

 生死は不明。だが生きている可能性が高い。

 それがクモミズの仲間の伝えた情報だった。


 ついで、何蛮の配下が口を開く。

「何晩さま、あなたへの処刑命令が出ました。皇帝は西域への遠征を決定、琉球へは来ません。何蛮水軍も解体。“鳥籠作戦”は失敗です」

 白頭巾の下から、血涙を飲むようにうめく。

「お、おい、どうするんだ。前提条件が崩れたぞ」


 しばらく茫然自失としていた何蛮は、ようやく口を開く。

「すまぬ、我が策は破れた」

「冗談じゃねーぞ、結局振出しに戻るんじゃねーか」

「いや、埋め合わせはする。むしろお前たちにとっては、こちらの方がよかったのかもしれん」

 尋常ならざる決意を心に秘めたらしき何蛮に、

「何をするつもりだ」

「俺もかつては天下を望んだ人間だ。すべてが手に入らぬのなら、全てがなくなってしまえばいい」

「………」

 何蛮は白頭巾の男を近くに寄せると、

「頼まれてくれ。俺の、最後の、我が儘だ」


「何かやるつもりらしいな」

「あぁ、だがお前にできることは少ないぞ」

「………」

「ただ、時間が欲しい。俺が隋の旗艦に乗り込んだあと、なるべく長い時間だ」

「それならば簡単だろう。子龍というやつは、俺ら倭人にお前を殺させたがっているんだろ」

「ああ」

「ならまかせろ、俺も一緒に行けば、十中八九、俺はお前と戦わされるはずだ。こっちもちょうど、義弟を助けるために、乗り込みをかけなきゃならなかったところだ」

「恩にきる」


「ということになった」

 イサフシはシコメに向き合うと、

「こっちの策が当たるかどうか、わからん。一応倭国へ救援の件、頼みます」

 言って二人は、居室から出ていった。


 大人しくその二人を見送ったと思いきや、シコメはきらりと瞳を輝かせる。

「賢よ」

「いえ、譲です」

「シコメ水軍の出港準備じゃ」

「ユズル水軍に改名したはずでは……」

「えぇい、なにを世迷い言をもうしておる。はようシコメ水軍を招集せぬか。なんだかよくは分からぬが、子龍さまがハルを探しておるらしい。ワラワらが先に見つけ出し、手土産とするぞ!」

 ――ユズル水軍。短い夢だった。


             ☆  ☆  ☆


「前方から船が一隻接近中!」

「何蛮どのの船です!」

「自らやってきたか。愚かな」

「お気をつけください、なにを考えておるかわかりませぬ」


 だが、何蛮の座乗船に乗っているのは、目指す男ではなかった。

「倭人ではないのか?」

 風を切るように舳先に立つのは、確かに倭人の格好をしている。

 子龍が後ろ手を縛られたままのクモミズを呼び寄せ、問うと。

「イサフシさんだ」

「ほう、その男は強いのか?」

「俺より強い。南海一、倭国一の男だ」

「期待外れに終わるなよ」

 朱寛が嘲弄するように言う。

「しかしなぜそいつが、何蛮の船に」

「もしやすでに、奴は殺されておるとか」


 疑問の答えはやがて明らかになった。

 旗艦に横づけするように止まると、

「隋の者ども、交渉に来た! 受ける気はあるか!」

「話を聞こう」

「そのまえにクモミズの姿を確認させてくれ。ひとり、俺の仲間が捕まっているはずだ」

「安心しろ、無事だ」


 クモミズの姿を確認すると、イサフシが旗艦に乗り移ってくる。

「で、何の交渉だ」

「人質交換だ。お前たちの将の一人、何蛮という男を預かっている。それと、クモミズの、交換だ」

 朱寛は思わず吹き出しそうになる。

「バカなことを」

 処刑命令が下っている人間を人質とは笑わせるが、子龍のほうはいたって冷静である。


 ひそと声を落とすと、

「お待ちを。現在、奴の居所は知れぬのです。このまま逃げられる可能性もあった。ここは大人しく人質交換に応じると思わせておいた方が、吉かと」

「なるほど、そうか」

 子龍はイサフシに向き直ると、

「よかろう、案内してくれ」

「よし」


 イサフシはクモミズに目をやった。

 鼻の骨を折られたらしい形跡があるが、それ以外には特に目立った外傷もない。

 とりあえずは一安心だった。

 ――任せておけ。

 目顔でそう伝える。

 艦隊がイサフシのしめす海域へ回頭を始めた。

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