第23話

 一転して、今度はクモミズの仲間たちが勝利を確信した。

「イサフシさんだ!」

「イサフシさんが来れば百人力だ!」

「クモミズさん一人にも手こずってたあいつらだ、もう負けるわけがねー!」

 となると置かれた状況は裴洋と大差ない。

 一応自分たちも戦っていたということにしなければ、拳骨のひとつは覚悟しなければならなくなる。


 5人は互いに顔を見合わせると、考えることは一致したようだ。

 そろりと動き出す。


 いち早く殺気を感じたのは、裴洋だった。

 見ると倭人らしき五人組がこちらに向かってきている。

「うげっ」

 自分の武器はというと、背中の弩だけだ。

 戦えるわけがない。

 茴那たちも、新たに現れた男のせいで、どうやら形勢不利に陥りそうである。

 とるべき道は一つ。

「逃げるぞ!」

 裴洋はハルの手を引いて駆けだす。


 それを見て驚いたのは、コイチだ。

「あっ、逃げてく!」

 状況はさっぱり分からないが、もう居ても立ってもいられなかった。

「待て、コイチ!」

 裴洋とハルは、少しでも逃げやすいと思ったのか、鬱蒼とした森の中に入っていき、まずクモミズの仲間がそれを追い、次いでコイチが、最後にイザヤが追っていく。


              ☆  ☆  ☆


「ほらよ」

 とイサフシはクモミズに船の櫂を投げてよこす。

「お前の武器だ」

 クモミズはようやく相棒と再会できたとばかりに、櫂をなでさする。

 使い込まれ、すっかり黒ずんでいる木製の櫂である。

「これでなきゃ、力の半分も出せねー」

「いい加減、鉄の剣とか、矛とか、持ったらどうだ。得意武器が櫂って、もう、ちょっと変態の匂いがしてきた」

「あんただって、銛と錨が武器でしょうが」

「これは、あれだ。お気に入りだ」

 似た者同士の義兄弟ということなのか、敵を目の前にのんびりとした会話を交わす。


「二対二で再戦ってことか?」

 茴那が言う。

「お前らがここら辺を荒らしまわっている隋兵か? 二人だけってずいぶん少ないな。一艦隊が攻めてきたって聞いたぞ」

「イサフシさんは、そこで見ててください」

「なんだ、苦戦してただろ」

「武器が違ったからです」


 櫂を手にしたクモミズが、あらためて茴那と猪利祖のまえに立ちふさがる。

「懲りねーやつだな」

 茴那があきれたように言う。

「鉄剣から木製の櫂って、劣化しまくってんじゃねーか、島夷が」

「これを見てから言うんだな」


砂瀑さばく……」

 クモミズは静かに告げると、櫂の一端を砂地に突き刺した。

 次いでそれを跳ね上げると、砂の幕が眼前に広がった。

 間髪入れず、櫂の反対側をまた砂地に差し込み、砂を跳ね上げる。


「―――!」

 クモミズはその動作を繰り返す。

 気付くと、球状の砂の塊がクモミズを覆い隠すまでになっていた。

「こいつ!」

 クモミズはすかさず次の段階に移る。

 宙に舞う砂を、今度は敵に叩きつけるのだ。


 数千という砂が、茴那たちに襲い掛かった。

 ビビビビッと、微細な礫が露出した肌を襲う。

 何よりも、眼を開けていられなくなる。


 視界を奪われ、口を開けることもままならぬまま、茴那と猪利祖は至近の距離にあって、得意の連携攻撃を封じられた。

 それでも、二人隣り合っていては不利だと判断し、左右に分かれようとする。

 そこへ、挟み込むように櫂の打撃が襲い掛かってきた。

 離れかけていた二人は、またひと塊になる。

 もつれ合ったところへ、今度は上から、下から、正面から、櫂が飛んでくる。

 逃げ道はもはや背後しかなかった。


 波打ち際まで追いつめたところで、ようやくクモミズは攻撃をやめた。

 茴那たちは殴られ放題に殴られ、半死半生といった様子だ。

「誰が“櫂だけ”が俺の武器だといった」

 勝ち誇ったようにクモミズが口を開く。

「俺の武器は、ここにある無限の砂だ」


「あぁ、そして“ここ”にもう砂はないがな」

 茴那たちが追い詰められたのは波打ち際である。

 潮水に洗われ、その砂は“湿っている”。

 湿った砂はもはや、砂瀑さばくには使えないだろう。

「うむ」

 あっさり頷くクモミズだった。


「うむ、じゃねぇ!」

 すっとんできて義弟の頭を殴りつけるイサフシ。

「その技はいわば初見殺しだ! 対応されると弱い! 出すなら出すで、きっちりと倒すまでやれと、あれほど言っておいたろう。調子に乗ってるからこんなことになるんだ!」

「出来の悪い弟を持つと、お互い苦労するらしいな」

「あぁ、全くその通りだ。だがな、手ごわい相手を、足場の悪い波打ち際に追い込むくらいのことは、やってくれるぜ、うちの義弟はよ」


 イサフシに指摘され、茴那は青ざめる。

 自分たちは足首まで海に浸かっている。

 一瞬の動作の遅れが命取りとなる戦いで、それは致命的といえた。

「どうする、こっからは二対二だ。悪いが、負ける気がしねーぜ」

「ぐっ」


 判断は双子だけに早かった。

 茴那と猪利祖はバッと身をひるがえすや、沖に向かって泳ぎだす。

 もとは人買い商人、敵前逃亡も恥とは思わない。

 逃がすまじとイサフシが鎖のついた錨を投擲しようとした時、絶句する。


 水平線を艦隊の姿が埋め尽くしていた。

 一艘一艘が倭国では見たこともないような巨大な戦艦。

 それが20隻はある。

 乗っている兵士となると、どれほどの数になるのか。

 朱寛率いる隋水軍の本隊の威容だった。

「ま、まずいよな」

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